2013年6月30日日曜日

父混乱する

昨日は、今回日本に来て初めて父のホームに行かなかった。激動の毎日だったが父はかなり落ち着いているように見えたので、姉に任せたのだ。姉が夕方行ったら父は新しいお医者さん、リハビリの先生、園長さんと次々に訪問があったあとだったので、少し混乱していたようだ。でも、全く普通に明るく話していたらしい。

今日は夕方4時半頃行ってみた。父が好きな鰻重を伊勢丹で買っていたので、夕食に食べさせてあげよう、と持って行ったのだ。行くとスタッフが来て、父がどうも午後のおやつの時間頃からちょっと混乱した様子だ、ということだった。午前中は普通に話していたらしい。

午後2階の佐野さんの所に行きたいが、エレベーターに乗るのは怖いので、階段を使うと言ったらしい。それは危険なので、スタッフが2人付き添って連れて行ってくれたらしい。急いで2階に行ってみるとリビングルームに座っていたが、どうも目つきがどんよりとしている。佐野さんが父に「甘えるな』と声をかけた。これは佐野さんの口癖だ。いつもは「何を言うかぁ』と笑ってすませる父が、今日は不機嫌そうに「お前に言われる筋合いはない。」と言い返している。どうも変だ。

暑い日なのに薄手の麻シャツの上にパジャマとフリースのベストを着ている。暑いでしょう、脱いだら?と言うと強く抵抗する。暑いことはない、ここの人たちが自分をだますようなことを言う、とムッとした顔をしている。とにかく不機嫌そうに色々と文句を言っているのだ。

3階に連れて帰って父の部屋に一緒に入った。すると私の顔を見て『自分の娘に見えるが、やっぱりマスクをかぶっているように見える。この前もそうやってだまされた。明日は絶対に森先生の所に行かない。行くと帰って来れない。絶対に行かない。また怖いことをされる。』というようなことを延々と口にしている。目つきもどうもどんよりしているし、普通ではない。

姉がどうして来ないのか、と不審そうな顔をする。今日はスーパーに買い物に行ったりで忙しいので来ない、と言うと電話をしてみろと言う。姉に電話をしたら、父は自分が話してみると言う。どうも何かを疑っているのだ。まるで電話では私が姉と話しているふりをしているけれど、本当は姉とではないのだろう、自分をだまそうとして誰かと打ち合わせをしているのだろう、と言わんばかりだ。

姉がしばらくして来た。それでも父はどうも不審そうな顔をしている。とにかく鰻重を食
べようか、と蓋を目の前で開けてタレをかけてあげようとしたら、タレはいらん!と強く言う。すぐかけるのをやめたが、最初に少しかかった部分をお箸で取り除く。そしてあんたらに何かあったらもうワシは生きることはできん、でもこうして疑っていることを許してほしい、と言う。



10日前の幻覚症状が出ている時とは様子が違う。幻覚を見ているというよりは、怖さ、不信感、不安が交錯している様子だ。10日前に、父を無理矢理車に載せて森先生の所に連れて行った看護師が入って来る。父が少し恐怖心をもっているようなので、廊下に出て話した。今晩もし父が以前のように飛び降りる、などと言うような状況になったらマンツーマンで一人スタッフがつきます。そして明日の朝森先生の所に連れて行くということにしましょう、ということだ。部屋の窓は全て外から鍵がかかるようにしてあります、とも言う。

明日の朝森先生の所に連れて行くというのはとてもできないだろう。そうでなくとも、森先生の所にはもう絶対行かないと言い続けているのだ。行かなくてもいい、元気が出て行きたいと思った時点で行けばいい、と何度言い諭しても同じ事を繰り返す。

とにかく父が興味のあることを色々と話しているうちに落ち着いて来た。明日は長男が東京から京都に移動する。富士山が見えるといいなあという話を父にした。そして父に富士山は東京から何分の時点で見える?と聞いた。50分と父が言うので、そうそう、それでも最近は新幹線の速度が少し増したので45分で見えるかなあ、と二人で笑い合った。父は『その話を覚えているということは、やっぱりあんたか、誰かが変装しているわけではないな』安心した、と言う。東京から京都に向かって50分の時点で富士山が見える、というのは我が家で繰り返し繰り返し、語り継がれた富士山の話題なのだ。

最初は今晩の薬は飲まない、と言い募っていた父が、そろそろ夕食を食べようか、それから薬を飲まんとな、と言う。夕食に鰻重を食べたことを忘れているのだ。こういう物忘れは初めてだ。食事をすませたあとで『まだ食べてない』と言うことは今までにはなかったことだ。薬に何が入っているかわからないからという気持ちからだろう、今日は飲まないと言っていた父がやっと飲むと言うのだから、かなり安心したのだろう。薬は安定剤と抑肝散という漢方なので、今晩ゆったりとした気分で寝るためにも飲んでほしい。

1年前父は今より足腰がしっかりしていた
父はリビングルームに行って食べる、と杖をついて部屋を出た。穏やかに食べ始めた。さっき食べたところだから、お腹いっぱいなら余り食べなくてもいいよ、と声をかけると『そういえばさっき食べたな。』と思い出した。半分でやめて薬を全部飲む。そして隣にいた101歳の入居者とスタッフを通じて会話のようなものをする。101歳の女性と89歳の父はもしかして干支が同じではないか、という会話だ。以前能を踊っていたと101歳の女性から聞いて、そうですか、足腰が強いのでそのせいですね、と言いながら和やかな顔をする。

父が落ち着いたのでスタッフにあとのことを頼んで、7時半頃ホームを出た。明日の朝は早めに行ってみようと思う。幻覚を見ているというよりも、色々な恐怖心や幻覚を思い出して、強い不安感を持っているように見える。余りの激動の毎日のあと、たくさんのイメージが押し寄せて来ていて、どうしたらいいのかわからないという状態になっているようだ。

やっと元に戻った父を見て安心していたのに、また少し混乱している父を見て、まだまだ安心はできないんだな、と思う。この前までの不安がよみがえって来た。

また、これ