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2026年9月21日月曜日

パンとお手拭き

9月16日の夕方、日本から帰国した。


いきなり、だが、日本で一番好きだったパンはロブションのチーズ入り硬目のパン。


私と一緒にこのパンを初めてトライしたSえさんは、主人共々このパンのご大ファンになってしまったとか。


池袋にはIT TOWERというビルができ、そこから徒歩3分のホテルに滞在していた私には利便性が更に上がった。


日本にいても、有効に時間を使ってあれこれするわけではない。


東京では基本一人で過ごし、友人が遊んでくれる時は出かけていく。


友人から声がかからなかった日は一日もなかったのに、体調を崩してずっとベッドで過ごした日もあった。



とはいえ、一人でいても楽しいのが東京である。

K子さんと南砂町ラ・オハナでハワイアンランチ

なにしろルノアール、タリーズ、ドトール、にパソコンを持ち込んでぼーっとしているだけでワクワクする。


が、具合が悪くては楽しくない。


そんな日は、iPadでずっとネトフリを寝転んで見る。


そのせいか、最近物忘れが更に激しく加速したような気がする。


毎日何か一つは達成するようにしたいが、生来怠け者なのでグダグダ過ごしてしまう。


東京での13日間は、1日晴れただけであとは全て雨という梅雨のような日々だった。

滞在後もずっとこういうお天気らしい


自分が湿度に弱いのか?と思ったが、それだけではないと感じる。


帰国したあと、Mよさん(長男義母)と電話で2時間話した。


12月にMよさん姪の結婚式に参列するために、長男家族とハワイに行くそうだ。


良いことである。


長男もウキウキしているらしい。


仕事と子育ての毎日の中で、良い息抜きになるだろう。


そんな話をしながら、近いうちに長男家族がMよさんの家に引っ越すことになった、というニュースを聞いた。


一人娘の学校区のための引っ越しである。


これも、良いことである。


私が訪問するには、今までの車で30分から1時間の距離になるが、小さなアパートの家賃$3K/月という出費が少しは減るだろう。


1ヶ月後に76歳になるMよさんも心強い、と声が弾んでいる。


とはいえ、Mよさんは私よりずっとずっと健康である。


私より身長は20㌢低いけど、体重は私とそう変わらず羨ましい限り。


年を取ると太めがいいのだ。


痩せると体力がなくなる。


その上、顔にも身体にも皺が大量にできる。


せっかくの東京で、何度も体調を崩してあまり食べられなかった私は、つくづくそう感じた。

友人と新宿高島屋のブレッツカフェでクレープ
これは軽いので完食できた


多分晴れた日が一日しかなかったのも、体調不良の一因だと思う。


でも、エサが与えられるとしっかり働くのが私である。


偉大な日本のパン。


はい、26個持ち帰りました


はい、大好きなお手拭きも

2026年8月9日日曜日

眼帯

久しぶりにコロラドに来た。


孫ズが好きなマスカルポーネサンドイッチを作るために、アンデルセンから薄切りパン持参。


レシピの5分の1の砂糖で作る


コロラドに着いた夜は、マリーが絶品のフォーを作ってくれた。


血糖値は164まで上がったが、悪くない数値?


米粉麺とキャベツ半々のフォー


最近はもう血糖値のことを、あまり考えないようにしている。


高齢者に、血糖値制限は難しい。


5月6月の、日本行きキャンセルや救急通いは二度としたくない。


コロラドは連日35℃前後まで上がる猛暑。


相変わらずアバウトなアメリカのデパート
10時からだが、9時43分に開店した



湿度は26%なのでただ高温だなと感じるだけ。



孫1はダートバイク命の毎日
裏庭にトラックを作った


今日は次男と二人でダートバイクレース参加


実はマリーはコロラドではアパレルメーカーで勤めていたのだが、人員削減で周りがどんどん解雇され始めた。


かわいがってくれた自分の上司が先月解雇されたので、マリーも転職を決めた。


新しい会社は他の州にあるが、100%リモートで働く。

マリーのリクエストで寿司$130‼️
何が何かわからん巻物ばかり


次男の方は、なかなかビジネスが軌道に乗らないようだ。


いいことが起きていれば、自分からどんどん話すだろう。


心配だが、こちらからは何も聞かないことにしている。



私はこのところ左目だけが痛くて痛くて、今も片目を閉じたままでこれを書いている(入力している)。


日本から買ってきた眼帯を、コロラドに持ってくれば良かったと後悔しながら、アマゾンで注文。


注文後数時間で届くのだから、やはりアマゾン様々だなと思う。


だが、日本のような白いガーゼの眼帯ではない。


顔は老婆のものに替えて
想像してください

2026年6月27日土曜日

息子たちの不和

もうすぐ70代突入なのに、まだ息子たちのことを心配している。


しかもその心配で、今週はかなり心が弱ってしまった。


炭水化物、血糖値のことをあまり気にしない食生活に戻し、やっとこのところ体調が回復したのに。


昨日は孫ズを連れてニジヤという日本の食品マーケットに行った。


孫ズはお寿司とサンドイッチが食べたいということで、色々買った。

孫ズが一番気に入ったのはイチゴサンド


本題に戻ろう。


私の心を悩ませているのは、30代後半の息子たちの関係。


以前は仲良くハイキングに行ったり、家族で集まると一緒にビールを飲んだりしていた。


サンフランシスコなどの近場にも2カップルで行き、小旅行を楽しんでいた彼ら。


が、このところ彼らの不和が目につく。


いや、もう親の出る幕ではないのもわかっている。


でも何歳になっても、子供たちには仲良くしてほしいのが親の願い。


不和は特に兄弟の方が姉妹よりも多いらしい。


姉妹はよくおしゃべりして、喧嘩もして、でも会話が弾む。


その分お互いをわかり合う機会も多いのかもしれない。


兄弟というのもは競争心があるのだろうか。

暑い日(27℃)が続き、
孫ズ兄弟はウォーターバルーンで遊ぶ


もちろん仲良し兄弟も多いと思うが、中年になる頃から問題も出てきそうだ。


そこにそれぞれの奥さんが加わる。


奥さんが、義兄あるいは義弟の悪口を言うことがあったりすると、夫婦で怒りがどんどん膨れ上がりそうだ。


夫の兄が私や息子たちに対して理不尽な態度を取っていた時は、夫と義兄の間柄は冷え込んだ。


私は今でも義兄と仲良くしたいとは思わない。


執念深いのか?


それもあるかもしれないが、少しでもイライラの原因になるものに関わりたくないのが本音。


孫ズも8歳と5歳で、もう既に兄弟間のライバル意識がある。



いつもは私に冷たい孫#2も、親がいない時は
#1と共に私にくっついてくる


なので多くの兄弟にとって、一生続く問題なのかもしれない。


が、親である私には同じようにいつまでもかわいい息子たち。


子離れして私がするべきことは、これかも。


孫ズの水泳レッスンの隣で開催されている
シニアウォーターエクササイズ

2026年4月9日木曜日

ホントに低糖質?

3月21日に、サンノゼに帰る予定だった。


が、理由があって搭乗2時間前にキャンセルし、3月末に帰宅した。


3週間のコロラドでかなり疲れが残った。


そのことには関係ないが、次男は転職することになった。


会社設立を援助してくれる投資家Wさんとの仕事は、自分がしたい仕事ではないと気づき、近いうちに辞める。


しかも、通勤に往復2時間以上かかるのは、小さな子どもを持つ者には大変だ。


とりあえず、1年半で会社を赤字から黒字に変えることができて(色々なことが起きた)、自信もついたのだと思う。


そして、新たな会社を設立することになった。


日本の製品が関わる仕事である。


良いことだと思う。


アメリカでは(多分日本でも)、今後財を築くのは水道管などを直すplumberや大工さんだと言われている。


つまり技能職(手作業・現場)に就いている人の方が、技術職(頭脳・オフィス)で働く人より求められるようになるということだ。


財を築くのが究極の目的ではなく、自分がしたい仕事をすることができる、これは幸せにつながるのかもしれない。


私もまた、通訳として日本に行くことになるかもしれない。


ヤフーニュースにもこんな記事が出ていた。



まあ、この記事がどこまで信頼できるのかわからないが、今後AIに仕事を奪われる職種は多くなるだろう。


なので今まで技術職に就いていた次男が、現場で多くの人と関わる会社を始めるのは良いことだと信じたい。


さて、私自身は現在血糖値と体重の狭間で疲れている。


血糖値を下げようとすると、体重が減る。


朝食から必死で食べているが、ベーグル半分とプロテインドリンク(糖質1㌘)3分の1でも血糖値は上がった。

血糖値が176まで上がった


実は去年までは122㍀(55㌔)だった体重が、117㍀足らず(52㌔)まで下がってしまったのだ。


昔なら喜んだ体重だが、今はとんでもない数字だと感じる。


身長が167㌢なので、これは痩せ過ぎで、近いうちに骨と皮のおばあちゃんになってしまいそう。


元々顔はシワシワで、ちりめん風呂敷みたいなのに。


今つけている血糖値モニターの期限は、あと3日で切れる。


その後はもう血糖値のことをあまり考えずに、甘いものを抑えることだけを考えようと思う。


私が言うことはどうも影響力があるようで、例えば私が好きな洋服のブランドを何人かの友人たちが着始めたりする。


私は自分がいいと思ったものをうるさく、しつこく、人に勧めるからである。


デパートの店員に向いていると友人からよく言われた。

この友人は上から下まで私と同じ格好をしたがる
私のブログプロフィール写真とほぼ同じ😅


なので、ブログでもあまり何かを強く主張してはいけない、と常々思っている。


2月に京都でThe City Bakeryにほとんど毎日通っていた時も、一度だけ血糖値の話を店員さんにした。


ここのパンを食べたあと血糖値があまり上がらなかったんですよ、的な。


その後姉がお店に行くと、色々な説明になんと「低糖質」という言葉が出ていたそうだ(ちゃんと調べなくて大丈夫か?)。


そこで、いつものパンを買って帰った姉。


330円なんてまだ値上げされてないし、良心的だなとホクホクしながら袋を開けると・・・

サイズ激減‼️
(だから低糖?)

2025年11月27日木曜日

感謝する日

明日はサンクスギビング。


今年からサンクスギビングとクリスマスはコロラドに行かず、長男のところで過ごすことにした。


コロラドでは20人以上集まりカード(ギャンブル)で遊ぶので、私は完全に蚊帳の外。


ギャンブルの嫌いな私は楽しめない。



木曜日の夜から、左目が痛くなった。


どうもなんらかの細菌感染らしいが、近所の眼科に飛び込むなんてことはありえないアメリカ。

日本で買った抗菌目薬をさしたが治らず


まず急患で診察してもらおうと(金曜日だが)、休日診療所のオンライン予約をした。


その直後、もしかしてかかりつけ医に空きがあるかも、と思いかかりつけ医のサイトをチェック。


Nurse Practionerという看護師さんと医者の間の資格を持つスタッフの予約に、奇跡的に空きがあった。


休日診療所のサイトに戻るが、キャンセルはオンラインでできない。


電話して、事情を説明してキャンセルを頼む。


5分後、10分後とチェックしても、予約は入ったまま。


もう一度電話すると、他の受付の女性が私の予約は入ったままだ、と教えてくれる。


心の中で舌打ちしながらキャンセルを頼み、オンラインで確認するとやっと予約はキャンセルされていた。


休日診療所とかかりつけ医の予約2つで$400ずつ取られたのでは、$800になってしまうと気持ちが焦る。


どうにかかかりつけ医のサイトで、ナース・プラクティショナーの予約を入れることができた。


この軟膏は保険でカバーされるので、$4ですんだ


診察後(病院までは高速を使って25分)薬局に眼軟膏を受け取りに行く。


午前中だけで、疲労困憊である。


胃カメラのポリープ生検結果もまだ出ていないし、年取ってアメリカで暮らすことへの不安がまた再燃する。



サンクスギビングは、今年も健康で暮らせたことに感謝する日である。


七面鳥などのメインは料理好きの長男が全て作る。


私が作るのはインゲンのキャセロールと、七面鳥に詰めるスタッフィングだけである。

スタッフィングとインゲンのキャセロールの
下ごしらえはすんだ


{サンクスギビングの夜追記:これが当日皆で囲んだ食事。}



上の列ターキーとスタッフィング、ベイクドポテト、ビスケット

2列目左から、ブロッコリーとカリフラワー、インゲン、マカロニチーズ

3列目インゲンのマッシュルームソース和え、牡蠣のスタッフィング、コーンブレッド(これはMよさんがトレーダー・ジョーズのミックスを焼いたもの)



韓国ベーカリーTous les Joursの美味パン
1個600円+チップ

巨大なCostcoのパンプキンパイは$6‼️

スタッフィングも簡単なレシピで、レシピと呼ぶことさえおこがましい。


ナショナルのフードプロセッサーで野菜をみじん切りにして、混ぜるだけだ。


とりあえず明日は家族で集まって、美味しいものを食べられることに感謝しよう。


25年前日本で買った、いつまでも壊れない
フードプロセッサーに感謝を捧げる

2025年11月20日木曜日

胃カメラ8日後

11月11日に受けた「胃カメラ検査、その後」を、記録しておきたい。


検査を受けたのは11月11日の朝8時。


その日は元気いっぱいで、検査が無事終わったことの安堵感で高揚していた。


病院のすぐそばに住む長男一家のところに、近所のスーパーで買ったランチを持って立ち寄る。


12日は朝から体調が悪く、寝たきり。


まあ、ポリープ6個切除すると日本では1週間入院するのだから、と安静にする。

この1週間、曇天が多かったのも、
体調に響いたような気がする

13日は前日と同じく体調が悪かったが、夕方から突然アドレナリンでも投与されたかのように元気が出る。


これでもう治った‼️と思った。


が、14日、15日は同じパターン、つまり起きた時から体調が悪いが、夕方から元気。


姉に状態を話したら、それはおかしい、医師に連絡すべきと言う。


この日(15日)は夜中の3時頃目覚め、体調の悪さで眠れない。


不安になり夜中に吉田昌生マインドフルネス・ボディスキャンという瞑想をする。


16日朝はまだ体調が改善しないので、10時に休日診療所で診察してもらうようオンライン予約。


この診察所は、私の主治医や消化器内科医が属するEl Camino Healthというネットワークに入っているので、診察は保険でカバーされる。


診療所に車で向かっている9時40分に、診療所から電話がある。


私の症状は胃カメラ手術後に起きたものなので、診察はできない、手術を行ったS医師に連絡するように、ということ。


緊急ならば救急病院に行ってください。


が、S医師にすぐ診察してもらえると思うんかい、と言いたかった。(が、もちろん言わない)


S医師は消化器内科のスペシャリスト、つまり専門医なのでオンラインで予約しようとしても、半年先まで予約枠は埋まっている。


ムッとした瞬間、アドレナリンのおかげか体調が奇跡的に回復する。


急遽方向転換し、クリニック傍の東京セントラルという日本スーパーに行き、柔らかいパンとさつまいもを買って帰る。

毎日さつまいもしか胃が受け付けなかった


その途端体調は80%回復。


翌日2㌔落ちていた体重も1㌔戻る。


長男から、家族3人(夫婦と赤ちゃん)ともノロウィルスに感染したので動けない、「飲む点滴」などを買ってきてほしい、という連絡が来る。



これが今こちらでは大流行
夫が買って長男宅に配達した


私はその4日前感染源になった長男友人夫婦と一瞬会ったが、感染しなくて良かった。


胃カメラ後の不調+ノロウィルス感染では生きた心地もしないだろうと思う。


その後17日も午前中はものすごくだるくなったりしたが、午後から回復。


近所を2㌔ほど歩いた


そして、昨日18日から90%回復した、と感じる。


切除したポリープは、今日(19日)までには病理検査がすんでいることを期待する。


そして、今までに医師から何も連絡がなかったということは、少なくとも緊急事態ではないのかも、と安堵。


とはいえ、今後のことが心配になる。


やはりなにかあった時に、気軽に医院に行ける日本の方が老後は安心なのではないか。


まあ、明日考えよう。


今日はとりあえず、ビフォー胃カメラの体調に戻ることだけに専念する。


ということで、腹の上に昼食を置いて
食っとります

2025年11月1日土曜日

空の巣

そろそろサンノゼに帰る日が近づいて来た。


マリーが4日前、ラスベガスでのバケーション後帰宅した時のフライトは、5時間遅延した。


さてさて、私が帰る日はどんな様子なんだろうか。


コロラドにいる間、孫ズは私の部屋の私のベッド脇に薄いマットレスを敷いて寝る。

モールに行く途中見える山々も冠雪した


毎晩私は、そのマットレスで孫ズ二人に囲まれ、24ページのクラシック物語を両横にいる彼らに読む。


三銃士、トム・ソーヤーの冒険、ガリバー旅行記、などなど。


その後、灯りを消して彼らは眠りにつく。


二人とも私の腕に自分の手を絡ませて、黙って聞いている。



思い出した。


この光景は昔あった。


二人の男の子たちが私の両脇で黙って物語を聴いている。


私は毎晩彼らに、「今晩読みたい本を選びなさい」と二人に1冊ずつ選ばせる。


その2冊が長い長い物語だと、心の中でため息をついたものだ。


が、それが短いものだとあっという間に終わる。


子どもたちはなんとなく腑に落ちないような表情だが、大人しく寝る。


あの毎晩の「オハナシ」の日々はいつ終わったのだろう。


突然終わった「日」があったはずだ。


その日はなんとも言えず、嬉しいような寂しいような気持ちになったに違いない。


子供たちが、大人になり始めた日だったのだろうと思う。



孫ズも、8歳の方はそろそろ一人で寝ると言い始めそうな様子。


昨夜も、自分の部屋で寝るか、私のベッドの隣に敷いているマットレスで寝るか逡巡していた。


うるさい孫ズでも、「もう本は読んでくれなくてもいい」と言い、私の部屋で寝なくなったら?


私は空の巣症候群を味わうのだろうか。

「一人で寝るね」と君が言ったから、
11月1日は空ダ記念日とか?(古ッ‼️)

2025年5月30日金曜日

京都の実家(2/2)

京都の家を売りに出す日が決まった。


不動産屋さん曰く、壁やドアなど全体的にきれい、魅力がある家なので、買いたい人はいると思う。


そうならいいが。



ちょうど10年前に、床下補強工事を含む
大々的なリフォームをした

売りに出す前に、地中埋設物があるかどうか確認が必要。


隣の家との間に杭があるはずだが、見つからない場合新たに打つのに20万円。


などから始まって、今後しなければならないことは多い。


私が京都に到着するのは、成田空港到着の3日後。


行きのフライトはかなり混んでいるようで、6月上旬の1席をやっと確保することができた。


東京に3泊、その後京都に移動、1週間滞在し姉と片付ける。

新幹線のチケットも予約済み
でも、いつもギリギリまで変更を重ねる


シニアヘルパーさんやお隣の御夫婦の助けを借りながら、不用品を処分する。


その後東京に数日滞在して骨休め。


関空、成田、羽田のどこでもいいからユナイテッド航空の特典旅行で座席の取れる日か、ZIP AIRで帰国、という予定。


この家を片付ける作業に、私の夫の助けを借りれば大きなヘルプになる。


コロラドでも、夫は朝昼晩の食事の時だけダイニングルームに来る以外は、朝9時から夜の8時まで馬車馬のように黙々と働く。


サンノゼの家にいる時は、「しなければいけないこと」がないので、良いことだ。

雨の日も多く芝刈りに数日かかった
孫#1と友人+トリクシーと友犬


夫のスタミナには誰もが舌を巻くほどだ。


が、周りの雰囲気を察するとか、人の気持を推し量ることには長けていない。


「ここでそれ言う?」というようなところがある。


多々ある。


めちゃくちゃある。


とんでもなく、頻繁にある。


そんな時私は目の前が真っ暗になるほど腹が立つ。


なので、私がマリーになぜ今実家を売るべきなのかという話をしている時に、「あの家はいい家だ、すばらしい家だ、何も問題はない。あと百年は簡単に保つ」などと言い始める。


それまでにも、夫には詳しく状況を説明していたのだ。


もう姉がメンテナンスを続けるのは無理、今売らないと家はどんどん古くなり、売りにくくなる。


なので、今しかない、と。


夫もそれで納得していた。


なのに、マリーが、あの家ほしい!と言い始めるとそっちに同調する夫。


私が「専門家でもないのに、ちょっと黙ってて‼️」と夫に対して気色ばむ。


夫は「え?専門家だけど?」と言い、マリーはもっと勢いづく。


私もあの家は好きだし、できるならキープしたい、でも姉が一人で維持していくにはもう限界が来ている。それでも売るなというなら、自分たちが100%責任を持って、毎週家に風を通す、水を流す、庭の雑草を抜く、などのメンテを手配する、と約束してほしい、と話すとマリーは管理人を探す、とまで言い始める。


それなら1ヶ月以内に探すと約束してほしい、そしてその費用はあなたたちが全て負担するべきだ、と言うと諦めた。


息子たちがそんなにも思い入れのある家を売るのは辛い。


が、その時は来た。


手放す日は来たのだ。


夫を?


いや、、、

今回はとりあえず京都の実家を

2025年5月24日土曜日

京都の実家(1/2)

突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる。


去年読んだ本


5月9日に日本から帰国したばかりなのに、6月にまた日本に飛ぶことになった。


その間にコロラド1往復。



また巨大なデンバー空港に戻ってきた


今年は推定26回飛行機に乗ることになる。


そんなに乗っても航空会社は何かご褒美をくれるわけでなく、ひたすら来週はどこにいるのだ?と考えている。


なぜ日本から帰って来たばかりなのに、また日本にUターンするのか。


実は実家の整理をして売りに出すことにしたからだ。


2023年の11月、売りに出る直前に次男が京都の家がほしい、と言った。


が、その後日本に来たのはたった一度。


京都の家に滞在したのはたった3夜。


コロラドでビジネスを始める準備を着々としていたが、2025年1月に大怪我。


1月末から仕事を始め、2月に京都に来る予定だった次男のスケジュールは、全て変わってしまった。


当分日本に来る予定は立たない。


顎骨折で顔の下半分にズレがあったが、今回見てほぼ治ったなと思った。


やはり若いからいずれ完治するのだろう。


まあ、何はともあれ再来週コロラドからサンノゼに帰ったら、その1週間後に日本に向かう。


京都に1週間滞在し、家に泊まり込んで片付けをする。


こういう感じで、まだまだ家具も残っている
床はアプ(犬)のためにコルクタイルを敷いている


今まで家のメンテは隣人に頼んでいた。


庭の手入れは都度3万円、空気の入れ替えや水道などのチェック1万円、とお金もかかる。


が、隣のご夫婦が始終目を光らせてくださり、それは本当にラッキーだった。


次男は京都の家が大好きで、いずれマリーと子どもたちを連れて日本で休暇をとることを楽しみにしていた。


とはいえ、殆ど来ない上、メンテが大変過ぎる。


なので、もう姉が管理するのも限界、家は日に日に古くなり売りにくくなる。


あなたたちがキープしたいなら、自分たちで管理してほしい、と伝えると次男は「わかった、売ってもいいよ」と即答。


意外とアッサリした返事だったなと思ったが、あとで聞いてみると心の中では本当に辛かったようだ。


が、今自分には収入がない。


そんな自分が家をキープしてほしい、なんてことはとても言えないと落胆していたらしい。


そこにマリーが来て、私が家のことを話すとものすごく怒った。


あの家に今後家族で滞在するのが夢だったのに、なんで売るの!と。


「姉はあの家の維持に大変な思いをしている。庭のメンテ、崖に建った家のメンテ、例えば屋根の瓦が台風で飛んで誰かを傷つけたら誰が責任持つ?誰が保証金を払える?」と色々諭したが、通じない。


タイミング悪く、そこで夫登場。


空気の読めない夫だけには、この場に来てほしくなかった・・・と思ったが後の祭り。


突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる

2025年2月15日土曜日

睡眠時間

もうホトホトいやになった。


冷蔵庫がサンクスギビング前日(11月27日、購入13ヶ月後)に壊れ、まだ直っていない。


Bosch(ボッシュ)というドイツのメーカーのものなのだが、1ヶ月後の12月23日に修理班がまず来た。

3つのネジ?の1つが足りないからまた来ます、と2つだけ新しいものに交換し、$280ボッタクって帰った。


1月3日に戻って来るはずがドタキャン。


1月24日ドタキャン。


2月7日ドタキャン。


いずれもその日は予定を入れずに準備していたのに、朝ドタキャンメールが来る。


2月12日にやっと来てくれたらしい(私はコロラドにいた)が、5つのパーツを新しいものに変えた。


が、直らない。


冷蔵庫はキッチンの中で存在感のあるものだ。


なのに機能していない。


こんな時、アメリカが嫌になる。


日本ではまずこんなことはありえない。


とはいえ、今後日本でも働き手の不足で起きる可能性はある。


サンクスギビングの前日壊れたのだから、もうすぐ3ヶ月になる。


いつか将来直る日があるのだろうか、という気持ちである。



さて、昨日コロラドから帰宅した。

コロラド明日からの気温


サンノゼ気温


次男の転倒による後遺症は色々とまだまだ問題が残っていて、そのことに関して少しずつ書きたい。

次男も孫1とキャッチボールができるほど回復しつつあるが・・・


コロラドにいる間は孫ズが私につきまとう。


7歳孫1はとにかくアクティブ。

ポゴというバネのついたスティックで
1000回以上ジャンプするほどの体力


4歳孫2は1日中お絵かき。

来る日も来る日もゴーストバスターズの絵を
描き続けている


夜は二人とも私の部屋で寝たがる。

私のベッドの横にマットレスを敷いて寝る二人


私が昨日サンノゼに帰ってしまった、と孫1が昨夜大泣きしたらしい。


私が孫のレベルで遊んだり話したりするので、楽しかったのだろう。


まあ、長くてあと2,3年のことだ。


私も祖母が我が家に遊びに来て、帰ってしまった日は大泣きしていたものだ。


が、私が夜あまり寝ていないのは、i-phoneの睡眠の質を見ると明白である。



このグラフは上が自宅にいる時の、下は次男宅で孫ズと寝ている時の覚醒時間を表している。



昨夜久しぶりに安眠



ばーちゃん寝させてくれや〜〜‼️