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2022年5月6日金曜日

霰粒腫(さんりゅうしゅ)2/2

よほど深刻な状況と思われたのか、眼科に電話すると2時間後の予約が取れた。


ここで眼科というのはophthalmologyであり、optometryではない。


前者は眼科医、後者は検眼士であって、アメリカで毎年目の検査を受けるのは検眼士のところでであり、何か問題があって初めて眼科医に会うことができる。


高速道路を運転するのは怖いので、幹線道路を20分強運転し眼科に行くと、10人以上の患者が待合室に座っている。


皆一緒にガンバロー


そして、その人たちは全員70代80代に見える。


年を取るとやはり眼の病気も増えるのだなあ、とアメリカでの老後生活を考え暗澹たる気分になる。


さて、結論。


ここにたどり着くまでに、5人の看護師さんに状態を説明した。


そのうちの一人が、私の症状を既往症である飛蚊症に関連付けて入力したらしく、その上ハローがあり、劇的に視力が落ちた、という症状から網膜剥離などの深刻な状態を疑われたらしい。


眼科医Dr. ホーが診察室に入ってきて、症状の情報に間違いがあり、瞳孔を開くという不必要な措置をしてしまったようです、とおっしゃる。でも、(瞳孔が)開いているついでに眼底検査をしましょう、と診察が始まった。


うん、軽い白内障はあるけど、瞼の粒はものもらい、それもかなり大きなサイズ、そしてこれが眼球を圧迫しているのでひどい乱視になっている、だからhalo(ヘイローと発音する)が見える上、視力が落ちている、という説明。


大きな矢印が霰粒腫、小さな矢印がタピオカ


1ヶ月間一日4回温めてみて、それでも小さくならないようなら切りましょう、という結論。


帰宅して調べてみた。


Chalazion Surgery

If a chalazion persists for more than one to two months, a surgical incision and drainage may be necessary. Surgery to treat a chalazion is an office procedure that takes about 15 to 20 minutes to perform.

The doctor injects a numbing agent into the eyelid and makes a small incision in the bump. The doctor then drains the fluid and removes the material collected within the nodule. Typically, no stitches are required. The eyelid may feel sore for a few days after the procedure.

Chalazion surgery is commonly performed from underneath the eyelid, so there is typically no scar. If a chalazion needs to be removed from the outside of the eyelid, you may have a small scar.

「訳」霰粒腫の手術。霰粒腫が1,2ヶ月経ってもなくならない場合、手術による切開が必要であるが、これは診察室で15分から20分の手術となる。


医者は瞼に麻酔を注射し、(霰粒腫の)突起部を小さく切開し、排水、腫瘍切除をする。ほとんどの場合縫合は不必要だが、瞼に数日間痛みを感じることもある。


霰粒腫の手術は瞼の内側から切開することが多いので、傷跡は残らないが、外側から手術する場合小さな傷跡が残ることもある。



切除処置の詳細を読むと、なんだか怖くなってしまった。


瞼を切る!!(奇しくも1年前の今日日本で眉下切開手術を受けたが・・・)



深刻な状態ではないことがわかりホッとしたが、やはり切るとしたら保険でカバーされるアメリカがいいだろう。


つまり、6月いっぱい日本にいるとしたら、こんなもんをつけたまま2ヶ月過ごさないといけないのか、とがっかりする。


そして、切るのは帰国後の7月?


それまでこのうっとうしいものを瞼につけておくわけ?


せっかく日本にいる時も、コリコリとご飯を食べ、コリコリと観光するわけ?(意味がようわからんが)



よし、どうにか自分で治してみようではないか。


まずは、アマゾンであずきのチカラを見つけて注文する。


日本では800円ぐらいのものが、こちらでは$15。

一昨日注文して、今日もう届いた


しかし、これを毎日使って瞼を温めることでコリコリがなくなるのだろうか。



コリコリを指でつまんで揉んでみることにした(良い子は絶対真似してはいけません)。


しばらく揉むとなんだか小さくなったような気がする。


気のせいか、乱視も治ってよく見えだしたぞ。


写真を撮って比べてみる。


おお!明らかに小さく、そして薄くなっているではないか!


ババアのチカラ

2022年5月5日木曜日

霰粒腫(さんりゅうしゅ)1/2

自分が年寄りになるとは思ってなかった。


いや、年を取るのは当たり前のことで、知ってはいたが具体的にどんなことが起きるのか、が想像できていなかった。

雲が初夏っぽくなってきた


白髪、シワが増えて、顔も体も肉が下に〜下に〜と移動が加速しているのに、食欲が減退するわけでもなく、頭の中は40年前と大して違わない。


が、ふとまつげの生え際を見ると、白いタピオカがいくつもできている。


そればかりか、1週間前から左瞼が腫れて赤くなり、瞼の下で何かがコリコリするし、痛い。


当直の内科医(アメリカでは専門医にすぐ会うのは無理)にビデオ診察をしてもらい、これはStye(スタイ)、つまり「ものもらい」霰粒腫と呼ばれるものだと言われた。


ホットタオルで温めること、それでも痛いようならかかりつけ医に連絡するように、ということ。


アメリカでかかりつけ医(ファミリードクターと呼ばれる内科医)に連絡したって、実際に眼科医と会えるのは早くて1ヶ月先。


しかも、スタイはホットタオルで温めることによって症状が緩和される、と言われるだけだろう。


去年眼精疲労のことをブログに書いた時、真理子さんにコメントでアイマスクこのこと教えていただいたのに、ここ半年間はサボっていた(10月からジャックさんたちが出入りし始めるようになってから)。


コリコリは一日4回のアイマスクでも全く小さくならない。


そうか、年を取るということは、あらゆる不調で医者通いが始まるかもしれない、ということなのかもしれない。



やはり老後は日本しかないのか?とつくづく考えてしまう。


今はプランターで育てている野菜が日々の楽しみ
(ブロッコリーがすごいことになりつつある)


とりあえず、日本で形成外科医にこの直径5ミリの瞼のコリコリを切ってもらいたい。


検索するうちに、3月に泊まっていた池袋のホテルから歩いて行けるところに、良さそうな形成外科医を見つけた。


そこは美容整形外科としても診察をしているようだ。


美容整形外科で治してほしいところは100箇所ほどあるが、まあそれは60代半ばの人間には当たり前に起きる衰えなので、受け入れることにする。


が、そんな医師なら手先も器用で、瞼を切ってコリコリを摘出するという、繊細な手術も上手だろう。



ウクライナの状況、そして世界中でお腹をすかせている子供たちのことを考えると、自分はなんと小さなことで悩んでいるのか、と呆れる。


瞼のコリコリからの不快感は気になるが、もうそんなことで悩むのはやめて、年を取ることで目の上にこんなものがいくつできても大事でもなんでもないんだ、と受け入れよう。


そう考えながら久しぶりに出かけて買い物でもしてくるか、と車を運転してびっくり。


左目の視力が劇的に低下している上、信号、前の車のブレーキライト、光るもの何もかもにハローが見える。


また病院に電話して相談すると、途中から看護師さんの声音が変わる。


「xxxの番号にすぐ電話して、速やかに眼科医に会うようにしなさい!グッドラック!」

ヤバい・・・

2021年9月10日金曜日

高齢者が必要なもの

2週間前の木曜日。


バスタブを掃除した。


そして、タブから出る際ツルッと滑って大音響と共に転倒してしまった。


打ったのは尾てい骨と手の平だけだったが、今までの人生最悪の転倒だった。


頭は打ってないと思う。



実は、大学時代の友人が洗車中転んで大腿骨骨折をした、とその前日に聞いたところだった。


そして、私も転んで骨折しないように気をつけよう、と思ったところだったのだ。



転倒のあと左だけ耳鳴りがするようになった。


頭は打ってないと思ったのは間違いで、実は脳震盪を起こした?


それとも音響障害?


というのは転倒の1時間前コーヒーを作っていた時、コーヒーメーカーのコーヒー入りました〜音が左耳のすぐ横でピーピー鳴ったのだ。


かなりの高音でハッとした。


その後貧血も頻発するようになった。


脳震盪なのか、音響障害なのか。


まず、もう一度コーヒーを作って、iPhoneでデシベル数を測ってみることにした。

79.4デシベルだった


ふむ、80デシベルの音を耳のすぐそばで長く聞くと音響障害が起こりうるらしいが、たかが数秒では耳鳴りの原因にはならないのではないか?


かかりつけ医にメールしたら、2ヶ月後に診察できますよ、ということ。


いや、今すぐ診察してほしいし〜、どのカイザー病院にでも出向くし〜、だからもっと早く診察してもらえへんやろか?と聞いた。


奇跡的にその4日後、耳鼻科は無理だが聴覚検査の予約がとれますよ、と言われたので、行ってきた。


カイザーのAudiology(耳鼻科の一領域で聴覚に関する科)の
待合室には患者ゼロ


病院の駐車場にはPCR検査テントがまた張られ
多くの車が行列を作っていた


検査結果は、やはり左耳に少し懸念材料があった。



人の会話は540から4Kヘルツの周波数域で話されていることがほとんどで、20Kヘルツぐらいまでは聞こえる域らしい。聴力検査は大体8Kヘルツまでが普通。


ちなみに1)高齢者には高い声よりも、低い声の方が聞こえるとよく言われるのは、高い声はヘルツ数が高いせい。父も男性の声の方が聞こえやすいとよく言っていた。


ちなみに2)父には私の声は比較的聞こえたようだった。


ちなみに3)私は20代の頃から行かず後家の喋り方と言われていた(80年代、アルバイト先の上司から。この時代こういう偏見に満ちた言葉がまかり通っていた)。



とにかく、私の左耳はこの検査時点で3Kヘルツ以上の音に関してちょっとだけ問題あり、という診断。


3ヶ月後にもう一度検査、もしその時も聞こえないようなら今後の方針(補聴器か?!)を話しましょう、ということ。


それにしても下のグラフを見ると、80代になるとどんどん聴力が落ちていくのだなあ、と思う。家族と話していて、はあ?としょっちゅう大声で聞き返す自分を想像していやになる。




作家の佐野洋子さんのエッセイで「年を取るということは、一つ一つ増える障害と共に生きるということ」というような文があったのが忘れられない。


最近は朝起きると指がこわばっている日もある。


ドライアイでしじゅう涙が出る。眼瞼下垂が理由かも、と眼科医に言われ眉下切開手術も受けたが、改善していない(手術4ヶ月後のアップデートを近いうちにします)。


が、年をとって一番辛いのは、頻尿である。


バスルームのリフォームをする時、夜中のトイレはどこに行けばいいのか。


他にもトイレはあるが、夜中に慣れていないバスルームまで歩くのはそれこそ転倒しそうで怖い。



息子たちは近いうちにヨセミテにキャンプに行くそうで、一緒にREIというアウトドアのお店に行ったり、その計画に夢中だ。



キャンプ。


それは私の人生の中で一番縁のない言葉だ。


なにしろトイレが日本のようにいつも綺麗、という状態ではないのだ。


が、息子たち家族(長男夫婦+次男家族)は喜々として次々と何かを買ってきて、支度に余念がない。


長男の家にも次男の家にもキャンプ用品が次々と増えていく。

4歳用、幼児用、大人用、と
どんどんキャンプ用の椅子が増えて行く


30年ほど前一度だけ行ったキャンプ、あの頃こんな便利グッズはなかったなあと思いながら見る。

トラック荷台用テント?も届いた


ま、今後も一生キャンプ用品には縁がないし、と思ったら・・・


あ、あるかも・・・

2021年8月25日水曜日

眼科医とアメリカ医療

 10日間、目の不具合が続いた。


最終的には結膜炎と診断されたが、私はすさまじい目のかゆみが引き起こしたこの不具合から、結膜浮腫ではないかと思っている。


結局最後まで眼科医にも内科医にも会うこともできず(ビデオ診療のみ)、はっきりと見えない状態での診察だったからだ。



アメリカの医療制度がつくづく恨めしくなった。


発端は、眼精疲労だったのかもしれない。


Costcoで外付けSSD1TBがセールで$120になり、今までのHDDよりも故障が少ないそうなので、安全にデータを保存するために買った。


左から文庫本、今までのHDD、新しく買ったSSD


ついでにファイルを整理して保存しよう、と思ったのだが、今までちゃんと整理していなかったので、目を酷使しながら細かくファイルを作った。


それが原因だったのかどうか、その後8月12日から目が赤くなり開けているのも辛くなる。

瞼が腫れ、白目はゼリー状になった


その週末ヒロの誕生日パーティだったのだが、私の目は真っ赤。


パーティに来た長男たちも私がコロナでは?と思ったようで(以前コロナ感染した時結膜炎になった)、彼らの目の前で家庭PCR検査キットで検査した。


結果、陰性。


iPhoneに接続して使う検査器具
(本体以外の矢印部分2つは使い捨て)
結果判明まで7分ぐらいドキドキした


翌日かかりつけの病院の看護師相談係に電話し話すものの、アメリカでは眼科にすぐ行って診察を受けることはできない。


眼科は専門医なので、いくつかの段階を踏んでやっと診察を受けることができる。この段階では内科医のビデオ診療を受けることが精一杯。


つくづく日本に住んでいたら眼科にすぐ行けたのになあ、と日本移住をまた考えてしまう。


特に一番困るのは、症状を英語で説明すること。


このゼリー状の赤い部分、英語ではjello like(ゼリーのよう)、blister(やけど)というように説明したが、日本語で説明できるならぴったりの言葉があるのになあ、と思った。


煮こごり


2019年10月25日金曜日

脳の刺激

驚愕の診断で今すぐ眼瞼下垂手術を受けないとアルツハイマーになる、と震撼としたあの日。



あの日からもう半年以上たった。



自分の性格を省みる必要もない。



私はとにかく喉元過ぎれば熱さを忘れる人なのだ。




なにしろ瞼を切るんですよ。そして瞼の筋肉(眼瞼挙筋)をくっつけるんですよ。胃カメラですら全身麻酔で受けるアメリカ医療になれた私に、部分麻酔で瞼を切る手術なんてアルツハイマーという言葉よりも怖い。



と、手術を延ばし延ばしにしていたが、やはり来春受けることにした。



というのは、姉が先週同じM先生の診断を受けて、1月に眼瞼下垂手術を受けることが決まったからだ。

診察が長引き浜松駅周辺の鰻屋さんは全て閉まっていたので、
浜松駅構内であまりに残念な味の鰻定食(2000円)を食べた姉



姉はここ数年閃輝暗転に苦しんでいて、最近ではより頻発するようになったらしい。



M先生の診断では、閃輝暗転のある人は脳梗塞のリスクが50%高まる、手術で閃輝暗転は98%治るということ。(この辺りのことは姉から詳しく聞いていないが、色々なサイトで調べてみると閃輝暗転後、頭痛がない方が問題があるように私は解釈している。姉の場合閃輝暗転のあと頭痛がない。)上瞼も下瞼も手術しましょう、ということになり、最短で1月末の手術が決まったというわけだ。




私には閃輝暗転は今のところないが、右眼瞼下垂はますますひどくなってきている。右目は瞬きした際ちゃんと閉じてないということだし、酸素も脳に供給されていない、だからそれがアルツハイマーにつながる可能性を指摘されている。




そうか。まず自分の酸素マスクのことを考えないと。認知症の進行を少しでも防ぐ対策を練らないといけない。毎日同じことを繰り返すのではなく新しいことにチャレンジすることが必要だ。そういう生活の変化にちゃんと適応できること、これが脳の刺激になるのだから。



最近は近所のピーツカフェではなく、他のピーツにも行くようにしているが、これも脳の刺激になっているはず。(でもない?)



まずおしゃれな高齢者が客層の(推定)70%を占めるLos Gatos。午前10時が狙い目。




El Camino通りにあるMountain View店。午前8時台が狙い目。



サンフランシスコSOMA、マンションから歩いて行けるピーツ。テック勤務らしき若い人ばかり。



サンフランシスコVan Ness通りにあるピーツ。近所にWhole Foodsもあるが、あまり混んでいない穴場。



San Jose。正午から午後2時までが一番すいている。



CampbellのPruneyardにあるピーツ。客の年齢層は少し高め。




しかし、ピーツで飲食するのは・・・




Los Gatos、紅茶とピーチベリースコーン。



Mountain View、紅茶とピーチベリースコーン。


San Francisco SOMA、紅茶とピーチベリースコーン。



San Francisco Van Ness、紅茶とピーチベリースコーン。



San Jose、紅茶とピーチベリースコーン。



Campbell、アイスティーとピーチベリースコーン。

ちょっと変化をつけてみました

2019年3月21日木曜日

前向きでありたい

今朝突然気がついた。



母はとんでもなく幸せな人だったのではないか。

いつもいつも笑っていた母

38歳の時にキノホルムという薬で失明、下半身不随になったにもかかわらず一生自分はラッキーだったと思えるその性格。



明るく話好きでヘルパーさんからも好かれた母。



一時は足の激痛が続き泣き叫ぶ日々もあったが、それも痛みブロックの注射で劇的に治り解放された。



その後脳梗塞により手が動かなくなり、話すこともできなくなったが最期まで明るい人だった。



母の人生は幸せなものだったのではないか。



今回の浜松のM先生の診断以来、これからのことが不安になってきた。



眼瞼下垂の手術は受けるのをやめようか、と思ってはアルツハイマーの可能性を考えてやはり受けるべきか、と迷う。


視線を下に向けた時、右瞼の下垂は顕著になる


まだ時間はあるので、もう少し考えようと思ったりする。



アルツハイマーを防ぐには他の方法もあるのではないか。



が、突然不安に思い始めたのがSUNCTという病気の可能性のことだ。



M先生に言われた私の流涙の原因はSUNCTではないか。



この病気については日本のサイトにはあまり出ていないが、アメリカのサイトに詳しく出ていた。



この稀な病気の一番の特徴は、頭痛、それも1日に200回起きる可能性のある頭痛。



5秒から1分おきに起きる激痛。



1から10の段階で言えば9のレベルの痛み。発症は35歳から65歳の間で、今のところ痛み止めを処方するだけで治癒方法はまだない。



症状には流涙や鼻水、そして眼瞼下垂を含む。



これが3つ当てはまる私はやはりSUNCTという病気にかかっているのだろうか。




今まで病気への不安というものを持ったことがなかった私が、初めて病気への不安を持ってしまった。



これから頭痛が始まるのだろうか。



普通の生活ができなくなるほどの激痛が始まるのだろうか。



生活習慣などに関係なく突然かかるこの病気。



こういう病気への不安を持つことのなかった母。



一生家族がそばにいてくれた母。



いつも明るくいられる前向きだった母。




母のように前向きでありたい。




が、生活習慣病に関しては不安になるべきなのに、決してならない私であった。



昨日もKITTEビルに行きアボカド海鮮丼を14分で食べ終えてしまったあと、この早食いを憂うべき?と自分に 問う。


海鮮丼、ひじき、茶碗蒸し、ブロッコリーの和え物、
赤だし、お漬物のセットで1550円


14分後

あるいは自分に問うべきは1時間後にパンを食べに行くことの是非か。


ま、いいか。


いつまでも前向きでありたい