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2025年5月24日土曜日

京都の実家(1/2)

突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる。


去年読んだ本


5月9日に日本から帰国したばかりなのに、6月にまた日本に飛ぶことになった。


その間にコロラド1往復。



また巨大なデンバー空港に戻ってきた


今年は推定26回飛行機に乗ることになる。


そんなに乗っても航空会社は何かご褒美をくれるわけでなく、ひたすら来週はどこにいるのだ?と考えている。


なぜ日本から帰って来たばかりなのに、また日本にUターンするのか。


実は実家の整理をして売りに出すことにしたからだ。


2023年の11月、売りに出る直前に次男が京都の家がほしい、と言った。


が、その後日本に来たのはたった一度。


京都の家に滞在したのはたった3夜。


コロラドでビジネスを始める準備を着々としていたが、2025年1月に大怪我。


1月末から仕事を始め、2月に京都に来る予定だった次男のスケジュールは、全て変わってしまった。


当分日本に来る予定は立たない。


顎骨折で顔の下半分にズレがあったが、今回見てほぼ治ったなと思った。


やはり若いからいずれ完治するのだろう。


まあ、何はともあれ再来週コロラドからサンノゼに帰ったら、その1週間後に日本に向かう。


京都に1週間滞在し、家に泊まり込んで片付けをする。


こういう感じで、まだまだ家具も残っている
床はアプ(犬)のためにコルクタイルを敷いている


今まで家のメンテは隣人に頼んでいた。


庭の手入れは都度3万円、空気の入れ替えや水道などのチェック1万円、とお金もかかる。


が、隣のご夫婦が始終目を光らせてくださり、それは本当にラッキーだった。


次男は京都の家が大好きで、いずれマリーと子どもたちを連れて日本で休暇をとることを楽しみにしていた。


とはいえ、殆ど来ない上、メンテが大変過ぎる。


なので、もう姉が管理するのも限界、家は日に日に古くなり売りにくくなる。


あなたたちがキープしたいなら、自分たちで管理してほしい、と伝えると次男は「わかった、売ってもいいよ」と即答。


意外とアッサリした返事だったなと思ったが、あとで聞いてみると心の中では本当に辛かったようだ。


が、今自分には収入がない。


そんな自分が家をキープしてほしい、なんてことはとても言えないと落胆していたらしい。


そこにマリーが来て、私が家のことを話すとものすごく怒った。


あの家に今後家族で滞在するのが夢だったのに、なんで売るの!と。


「姉はあの家の維持に大変な思いをしている。庭のメンテ、崖に建った家のメンテ、例えば屋根の瓦が台風で飛んで誰かを傷つけたら誰が責任持つ?誰が保証金を払える?」と色々諭したが、通じない。


タイミング悪く、そこで夫登場。


空気の読めない夫だけには、この場に来てほしくなかった・・・と思ったが後の祭り。


突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる

2025年2月3日月曜日

満州からの帰還 2/4

終戦から4ヶ月後、12月26日に妹が亡くなった。


妹は奉天でもよく入院していた。


昔から病気ばかりしていた、身体の弱い妹だった。


薬もなく、医者を見つけるのも大変な世の中だったのだ。


その悲しみのせいもあったのだろう、母が翌年1月18日早朝眠るようにして亡くなった。


寒いからお母ちゃんのへり(そば)に寄って寝なさい、と私に言ったのが最後の母の言葉だった。


母が死んだのは悲しかったが、周りは親を失った子も多く、皆で暮らす楽しさもあった。


中の一人の笑い方がおもしろいので、その子が笑うと伝染したように周りが笑うのだ。


朝鮮の年配の男性が、約100人の日本人たちに家や学校を確保してくれていた。



皆でそうやって暮らしているうちに、1947年になった。


私は日本に帰りたかったが、朝鮮を出る手段がない。


が、ある日その年配男性の計らいで船を雇い、夜中にこっそり沖に出ることになった。


家を出る前に、同じグループの皆で家を掃除した。


どこからともなく、「松XX之」という名前と住所を書いたクシャクシャになった紙が出てきた。


母の弟、つまり私の叔父の名前である。


私はとっさにその紙を自分のポケットに入れた。



航海中、私は隠れながらも時々デッキに出た。


1週間ほどたった頃だったろうか、小さな漁船が来た。


漁師が魚を買ってくれないか、と言っている。


誰かがお金を出した。


が、漁師は「ここは韓国だから朝鮮のお金は使えないよ。」と言った。


(朝鮮が北朝鮮と韓国に分割されたのは1948年なので、この時点ではどういう通貨が使われていたかは定かではない。)


漁師の言葉で、ここは南だ!とどよめいた。


遂に韓国に着いたのだ。


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つくづく思う。


なんでいがみ合うのだろう。


なんで戦争するのだろう。


なんで殺し合うのだろう。


ここで縄張り争いをしているのは、アイドルだけ

2024年9月20日金曜日

トレジョのミニトートバッグ

トレジョ(トレーダー・ジョーズ)のトートバッグはアメリカでも日本でも人気がある。


左が大きいトートバッグで、以前はどこのトレジョにもあったが、今はあまり見ない。


小さいトートバッグは大人気の限定販売品で、プレミアムがついてヤフオクやメルカリでも販売されている。


小さなトートバッグは、年に2度ほどお店で販売される。


ちょうどパソコンが入る大きさ

両面に外ポケット付き
日本の買い物バッグと比べると2周りほど小さい


その限定販売が9月18日の朝8時から、という情報を得たので7時45分に夫と行ったら、もう行列ができていた。



しばらくすると、店員さんがお店から出てきて、お一人様5つまでです、皆さんに行き渡るだけの数が充分あるので、大丈夫ですよ、と説明がある。


このバッグは、アメリカでも日本でも場合によっては高額で転売されるらしい。


私はこの大型版トートバッグが好きなので、小型があると聞いて以来ずっとほしかった。


家族連れで来た人たちも含め、どの人(子供)も腕に5つ抱えてお店を出てくる。


夫と私で10個買った。


その後姑を東京ベーカリーに連れて行く約束をしていたので、50キロほど運転して姑が住む義妹のを家でピックアップ。

東京ベーカリー前の道


そこからまた20キロほど離れたところにあるベーカリーに、まず姑を連れて行く。

持ち帰り用のパンやサンドイッチとコーヒー
(はっきり言って日本で食べるパンとはかなり違う)


食後買い物に行きたいという姑を、朝行ったトレジョとはまた違う姑の家の近所にあるトレジョに連れて行く。


そこにはまだトートバッグが残っていた。

1つ$2.99


コロラドで家族に、そして日本の友人へのお土産が買えたと思うと、大きな達成感がある。


なにしろ、毎日毎日食事作り、片付け、孫と遊び本を読んであげて寝かしつける、という単調な日々。

右は先日7歳になった孫の靴、左が私の靴24㌢

夜は私のベッド横で、7歳と4歳の孫ズが寝る
4歳の方は寝たあと、子供部屋に移す


トートバッグ三昧の一日の終わりに、孫1のために注文していた、ゴーグルと革手袋がアマゾンから届く。


ゴーグルはこんな感じで7歳児の目をちゃんとカバーする
革手袋もピッタリ


が、トリクシーがこの革手袋を気に入ってしまって、数分後には裏庭に持って行き、クチャクチャになっていた。


次男はトリクシーがかわいくてたまらないので、ヤレヤレという顔はするものの、トリクシーを裏庭に連れて行きシャワータイム。

ぬるま湯でシャンプーしている間、大人しく立っているトリクシー


私はその間、孫1のバックパックから宿題を出して、一緒に終わらせる。


バックパックから、黄色いポストイットが出てきた。


女子クラスメイト・ハナちゃんから孫1への、「Your (You're)  funny」というメッセージである。


幼少時、おもろい男がモテるのは万国共通である

2024年8月9日金曜日

最近起きている事

さてさて、ネトフリ沼にハマってた時(今もだが)にも、当然だが普通に時間が流れていた。


7月・8月初旬に起きたこと/考えたことを書いておこう。



1️⃣ 7ヶ月ぶりに血液検査を受けた。


結果、総コレステロール値は300!!



いや〜〜、冗談冗談。



本当は、295だった。


変わらんがな❗




思えば日本滞在中は、朝に昼にとトランスファットだらけの甘いパン。


ベーカリー沢村のクリームパン、DONQのコーンパン、The City Bakeryの全粒粉クロワッサン、などなど悪行の限りを尽くした。


ジャガイモ嫌いな私も、銀座ライオンのジャーマンポテトだけは好きである


今回ドハマリした西京漬け弁当(飯田橋改札内の弁当屋さんで見つけた)には、巨大な卵焼き、天ぷらも入っていた。

コレステロールたっぷり弁当


これがLDL180という結果を作った。


当然の報いだろう。

タイタン(猫)も私の腹の上に乗るのを好む


高コレステロールにはアトルバスタチンという薬を飲み始めた。


アメリカでは一番少ない10㎎。


なので、今後も脂っこいものを食べても良いのだろうか、と凝りもせず考えているところ。


一昨年まで、服用していた薬は甲状腺の薬(チラージン)のみだったのに、今は喘息の吸入薬とコレステロールの薬が増えた。


今後、薬がもっと必要になり、病院にももっともっと行かないといけなくなるとしたら、アメリカに住むのは辛い。


改めて日本で、近所のクリニックに歩いて行けることの便利さを思うようになった。



2️⃣ サンノゼとコロラドを6月8月9月と往復して(今はコロラド)忙しいのだが、日本に行く(かもしれない)計画を立て始めた。


ZIP AIRが運航し始めてからは、サンノゼから成田に飛ぶことができるし、運賃もかなり安いのでホッとしていたのだが、大幅に値上げされた。


しかも、秋はサンノゼ便がない(10月第4週目以降12月まで運休)。


なので、ユナイテッド航空のマイルを使って行く(かもしれない)。



ユナイテッド航空マイレージプラスプログラムでは、新しくマイルプーリングというプログラムができた。


誰かがこのプールのリーダーになり、最大4名をのマイレージプラス会員を招待できる。


つまり最大5人が1つの紐づけられたアカウントでマイルを共有できる、というプログラムだ。


私がリーダーになり、長男夫婦を招待しプールを作った。


彼らは50万マイル持っていたので、全部共有プールに入れ、私がそれを使って日本往復の便を予約した(キャンセル無料)。



3️⃣ 次男のビジネスでは、ポジティブなこととネガティブなことが起きている。


お金が儲かるようになるまでには、3年、あるいは5年ぐらいかかるのかもしれない。


儲かるようになるとして、だ。


次男はさぞかし大きな不安を抱えていることだろう。


私もかなり心配している。


心の中では、全てがポシャってしまったら・・・という大きな不安がある。


なにしろもう1年近く収入がない。


引っ越した家では、暖房とエアコンのシステムが壊れていて、これを直すには大金がかかる。

勿論孫ズは何の心配もせず、トランポリンで遊ぶ


その上、配水のシステムも壊れていることがわかり、これを直すにはもっともっと大金がかかる。


配管工さんに修理を依頼するのは、とてもとても高い。


スーパーカーに乗っているのは、配管工さんだと言われるぐらい高い。


冷蔵庫=冷凍庫状態。


芝生に散水するスプリンクラーは機能しない。

初めて見たシェルターから引き取って来た猫
私が近づいたら、全速力で逃げた

トリクシーは皆に可愛がられているが、兎や鳥を捕獲してしまう


マリーもコロラドで働き始めたが、収入はカリフォルニアでのものと比べると半分だ。


私はネガティブなことは一切言わず、大成功する将来が見える、絶対大丈夫❗と励ますことに徹している。


母親が信じてあげなくて、誰が信じてくれると言うのか。



4️⃣ みきみぃというハンドルネームは、大好きな映画「オースティン・パワーズ」に出てくるミニ・ミー(Mini-me)をもじったものである。


なんで今更?

2024年7月1日月曜日

犬と猫

 今年の前半181日のうち、65日しか自宅にいないと気がついた。


つまり、2024年の最初の半年は116日をコロラドか日本で過ごし、65日はサンノゼにいるということだ。

デンバー空港名物の屋根はテント張りである


とにかく空港は巨大で歩く歩く


コロラドでは、現在全てにおいて過渡期の次男夫婦を助けたい気持ちがあり、2ヶ月に1度の頻度で飛ぶ。


起業の準備に半年以上費やし、6月17日にやっと第一歩を踏み出したところ。


昼も夜も、次男は弁護士、会計士、Webデザイナー、その他カウンティー(郡)の係員、一緒に会社を始めた仲間たち、そしてクライエントと夜中に電話で話している。


その合間に、6歳の子どもの世話をし、日中仮眠を取る。


そして、犬トリクシーの散歩をする。

トリクシーはまだ推定1歳なので、
プラスチックを噛みちぎってしまう

私はモールか裏庭を散歩するが、トリクシーが必ずついてくる
この方角は甲子園球場(裏庭)における一塁側


Working Catsと呼ばれる、シェルターから引き取った3匹の猫は、裏庭の離れで飼っているのだが、次男たちも引き取って来て以来一度も姿を見たことがないそうだ。


それでも餌や飲料水は毎日なくなり、トイレも使われているので、生きていることがわかるだけ。


以前から飼っているアイドルとタイタンは、夜だけその姿を見ることができるようになった。


トリクシーが来て以来、猫ズは階下に夜まで降りて来ない。


日中2階の次男たちの寝室にいるので、私はまず彼らを目にすることがなくなってしまった。


トリクシーが夜ケージ(こちらではクレートと呼ばれる)に入ると、2分後に猫ズが1階に降りて来る。


このケージには自分からも入っていくことが多い
くつろぐ場所なのかも


なんで犬がケージに入ったことが、猫には確信できるのか。


それが不思議で不思議で仕方ない。


つくづく犬の単純(時々アホ)、猫の「全てお見通し」という性格の違いを感じる。

いうなれば「犬は男、猫は女」ね

2024年5月6日月曜日

息子の家に犬が来た

東京の青もみじを愛でる毎日である。


小石川植物園


そんなある日、突然次男からメッセージが来た。


北の丸公園


「シェルターに行って成犬を引き取って来た、家や家族を守る犬が必要だから。」


11月にそのための仔犬をブリーダーから買う予約をした、という話は聞いていた。


11月に迎える予定の超大型犬は、
家族を守るために作られた犬種らしい


自分のビジネスを始めます、と宣言し無収入になって7ヶ月目(と今書いてびっくり)。


息子のビジネスは成功するだろう、と確信している(ようにしている)。


とはいえ、現在健康保険だけでも毎月$2800を支払っている次男一家。


その今、犬のトレーニング費用だけでも出費が多いだろうに・・・とまずネガティブに考えてしまった。


が、迎え入れた雑種犬のこの顔。


この表情を見て、ちょっとやられてしまった。


いい顔してるではないか!

3歳ぐらいらしい


なんでも、シェルターにはたくさんの犬がいるが、この犬は子供に対して一番優しい犬だ、というお墨付きをもらったらしい。


そりゃ甲子園球場サイズの裏庭では、番犬は必要だろう。


もう30代の息子の心配をするより、自分の心配をしなければならない時だ。


最近何かを咀嚼する時、下唇の内側を噛むようになった。


毎日こういうお弁当を食っとります


これは、咀嚼機能の低下によるものらしい。


つまり、喉に何かを詰まらせないように気をつけなくなってきたわけだ。


身体もかゆい。


腕なんか掻き傷だらけである。

こういう掻き傷が増えて来た


新しい洋服やハンドバッグにも興味がなくなってしまったが、これは老化で物欲が減ったせいだろう。


それはいいことなのか、悪いことなのか考えものだな、と思い始めた。


物欲はあるうちが華なのだ。


食欲も、ね

2024年3月29日金曜日

京都に自分の墓を買った 1/2

姉からLINEメッセージが来た。


「今◯◯◯。(◯部分は次回ブログに書きます)


ここに両親のお墓を買おうかな、どう思う?」



母が死んで14年、父、8年。


粉骨にしてもらったあと、実家に置き朝晩両親に挨拶してお供えをしていた。


まごころ粉骨さんのすばらしい対応に感謝


この中に両親は入っている


そろそろ自分がいつ死ぬかわからない年齢になったのだから、息子たちに祖父母の遺灰を遺しても困るだろう。


お墓の用意をすることにした。


京都府で樹木葬をしてくれるところはこのサイトによれば31ヶ所ある。


私達は京都市内に限って探し、最終的にはある場所に決めた。


両親の遺灰を埋葬する場所、その隣にもう一つ空きがある。


隣同士の場所はここが最後。


それぞれ1人か2人ずつで入れる。


その場合金額は違うが、そう大した差ではない。

日本で両親と姉と4人家族としての墓も良いか


不思議だ。


私は5月に京都に滞在する時、まだ行ったことのないここに行ってみようと思っていたのだ。


両親が導いていたのかもしれない。


あんたらも、もうええ加減トシやで、早うお墓を考えたら?


いや、両親は、自分たちの墓はいらない、ゴールデンゲートブリッジの下にでも散骨してくれればいい、そう言っていた。


ゴールデンゲートブリッジじゃなくてもどこでてもいい、死んだあとのことなんか気にしない、と。

昭和61年、1日中編み物をしていた母と、
インテリアデザインを考えるのが大好きだったた父


今や姉や私も墓のことを考える年齢になってしまった。


私の遺灰は、半分はアメリカに遺してもいいし、それについては家族が決めてくれればいい(夫は墓は一切いらない、と言っている)。



姉は、両親の遺灰を収める場所の隣に、自分のも買うことにした。


4人のうちの最後の一人がそこに入る33年後に、4人は敷地内の合同墓地に移る。


樹木葬、望むところだ。


墓は自分のためのものではなく、残された家族のものだ。


息子たちがいつか、私と話したいと思った時、何らかの「親がいる場所」があるのもいいかもしれない。


墓じまいはさせたくないし、私も自分の墓は要らないと思っていたが、銀杏の木の下の、墓石もない墓ぐらいならいいだろう。


アメリカのお墓は高価すぎる、だから、「遺灰をその辺に置いてたら、どこかに行ってしもた〜」と息子が言っている姿が目に見えるほど、彼らはあてにならない。


そのうち、灰に猫がオシッコを引っ掛けるかもしれない。


とりあえず京都に一つ、私が土に還る場所をゲットしておこうではないか。

2022年8月29日月曜日

老後はどこ?議論再燃 11 御所南

ちょっとちょっと奥さん、最近何もかも凄まじく高くない!?


とその辺にいる皆に声をかけたくなるほど、何もかもが高い。


家族が好きなコロッケを作ろうと材料を買ってきた。


するとじゃがいもがなんとこれだけで$10!


今日はオーガニックがなく、普通のじゃがいもなのに高過ぎ!

これで1400円近く?


アメリカのじゃがいもは、袋にぎょうさん入って$5というイメージしかなかったけど?


日本ならオリジンのカニクリームコロッケが、この値段で家族分買えるのになあ、と思う。

自分は一個も食べないのに、手がかかるコロッケ


年金も毎年少しずつ上がるが、この最近加速したインフレには全く追いつかない。


日本のマンションもここ数年手が届かないような金額になっているが、まだ外国に比べるとコスパがいいので、外国人に大人気らしい。


姉から御所南のこのマンションに短期間でいいから住みたい、というメールが来た。



70歳の姉なら、自宅⇒サ高住⇒老人ホームというルートなのではないか、と思ったが、70歳はまだ若いとも言える。


例えば2年だけ住むとしたらいくらかかるか計算しよう、ということになった。


京都では、岡崎、御所南、出町柳、北大路など人気の地域はいくつかあるが、私は御所南が一番好きだ。


だから、京都に行くと御所南地域のホテルに、このところ何度か泊まった(コロナ禍で安かった)。


御所南とは、北は丸太町通、南が三条通、東が鴨川、西が堀川通に囲まれた地域と言ってもいいだろう。


古いマンションだが、一応中はきれいだし管理費0円、敷金礼金が各1ヶ月分だし、ペット不可が多い中、ペットOK。


姉が最近通い始めた水彩画教室にも近い。


しかも、なんと保証人不要。


良さげ〜。

姉が「散歩」と言うと、隠れるアプ


しかし2年だけ住んでみるなら・・・と夢がふくらむ。


老後預金は減るが、介護と仕事の両立で長年大変な思いをした姉が、思い切って2年間は楽しい生活をしてみるのもいいのでは?と思う。


自分が好きな地域に住めば、日々近所に出かけるだけで楽しいし、カフェもたくさんある。


足腰にもいいではないか。


私がこの地域(御所南)に滞在する時は、御所は勿論、祇園、二条城、鴨川、京都駅前にある東本願寺、などまでよく散歩する。


しかし、姉にとって自分の家を維持しながら、賃貸に住むのは結構大変ではないか。


実家には小さいながらも庭があり、そのメンテナンス、そして外壁塗装もそろそろしなければならない。


と色々悩みながらも、姉は現地に行き部屋を見せてもらったらしい。



段差は多いし、洗面所、お風呂、トイレは狭いが、ちょっと住んでみたいと思うようないい部屋だった。


不動産屋さんは、問い合わせが多いです、今日中に決めてください、と言いながら最初にかかる費用明細書を姉に渡す。


その紙には初期費用が次々と並んでいる。


ご破算で願いましては〜


(犬がいるので毎月の家賃は5、000円増しの128,000円)

故に敷金は128,000円

礼金は、犬がいるので2倍の256,000円

1ヶ月分家賃128,000円

火災保険24ヶ月分で18,000円

保証会社128,000円

トラブルサポート16,500円

駐車場200円

害虫駆除費33,440円

簡易消火剤2個9,900円

鍵交換代22,000円

ハウスクリーニング代22,000円

仲介手数料70,400円



合計832,440円!


そこに23ヶ月分の家賃を足すと・・・


さんびゃくななじゅうななまん、ろくせんよんひゃくよんじゅう円!!


チ〜ン


ご破産や〜