8日間の東銀座での生活が終わり、京都に移動した。
四条烏丸のホテルに泊まり、毎日近所の大丸と八百一で食料を買う。
今回の旅はLINGO血糖値モニターが道連れである。
京都に移動した13日は、新横浜で35年来の友人Rえさんと会い、ラ・オハナでランチ。
Rえさんもご主人も色々と健康不安はあるが、エクササイズ量も半端なく元気である。
Rえさんとは新横浜ラ・オハナに行った。
17時間の向こう側に待っているのは
8日間の東銀座での生活が終わり、京都に移動した。
四条烏丸のホテルに泊まり、毎日近所の大丸と八百一で食料を買う。
今回の旅はLINGO血糖値モニターが道連れである。
京都に移動した13日は、新横浜で35年来の友人Rえさんと会い、ラ・オハナでランチ。
Rえさんもご主人も色々と健康不安はあるが、エクササイズ量も半端なく元気である。
Rえさんとは新横浜ラ・オハナに行った。
日本に来て、自分は今後どう生きるべきなのか、と毎日考えている。
ほぼ毎日友人に会っているが、ホテルにいる間はもちろん一人ぼっちで会話がない。
とはいえ、フロント女子と仲良くなり、この女子が私を見るとカウンター内から出てきておしゃべりしたがる。
女子は、フィリピン人。
チェックインの時、彼女が理解できない日本語があり、英語で説明してあげたことから私に懐いてしまった。
土日は私仕事休みだからまた月曜日にね〜、とまるで友達のようだ。
なんでも週末は基地にいるボーイフレンドに会う、いずれ白人と結婚してハーフのかわいい子を産みたいということ。
フムフム、しっかりした目的を持っていることは良いことだ、と言ってあげたいが・・・
ホテルではこの子が現在たった一人の話し相手。
以前は感じなかった孤独を感じるのはなぜなのか。
晩年の寂しさなのかなあ、と思ったりする。
友人が送ってくれた拓郎の「神田川」のYouTubeを見て、もっと寂しくなる。
それにしても拓郎は偉大ですな。
さて、先日Hえさんと、Sえさんと上野のこの料亭に行った。
ランチ予約は大人気で取れなかったので、行列に並ぶのだが、入れるかどうか。
美しく美味しいランチだったが、和食の甘さを改めて確認することになった。
翌日、ウェルシア薬局に行き血液検査を受けた。
今日本の薬局では自分で指を突いて血液を採取、その血液でお店の薬剤師さんが色々な検査をしてくれるサービスがある。
もちろん私が受けたのはA1cテスト。
20分後に結果が出た。
ナント・・・
2月4日20時過ぎに成田空港到着。
飛行機はガラガラ。
サンフランシスコを出た時は、暑いほどの気温。
上空から街が良く見えた。
→黄色はゴールデンゲートブリッジ、赤がSFジャイアンツのホームスタジアムであるAT&Tパーク、青が以前私たちが住んだマンション(ボートハウスの前)。
あの頃のことを懐かしく思い出していると、時の流れをとても寂しく感じた。
さて、夜の日本到着便はなかなか良い。
いつもは長蛇の列に並ばないといけない入国審査の列もガラガラで、あっという間にすむ。
深夜東京に移動するのも大変なので、昨夜は成田空港そばのホテルに泊まった。
1階にローソンがあるのだが、血糖値モニターをつけている身としては、なかなか食べられるものが見つからない。
いやあ、それにしても何もかも値上がりしていて驚く。
しかも、健康的な食事の選択肢がほぼない。
朝ごはんに長いこと食べてない、白い食パンで作られたサンドイッチを買った。
サンドイッチはハムと卵。
これがなんともセコい作りで驚く。
でも、原材料の高騰で仕方ないのだろうと思う。
それにしても高い‼️
もちろんアメリカの物価を考えるとまだまだ安いが、急激な値上がりである。
翌日銀座に移動し、食事は三越やコンビニやThe City Bakeryなどで買った。
血糖値が瀑上がりするものばかりである。
キッチンがないので、料理もできず、毎日血糖値スパイクを気にしながら暮らしている。
義兄と姑が我が家に来ることになった。
2週間の滞在である。
私が日本に出発する前々日に来るんだそうだ。
スケジュールがユナイテッド航空から夫に届き、夫からそれが私に転送されてきた。
義兄からはよろしく、とも、迎えに来てほしいとも何もメールは来ない。
もちろん頼まなくても、弟夫婦が迎えに来るのは当たり前のことだから。
我が家からはサンノゼ空港の方が、サンフランシスコ空港より比較にならないほど近いが、サンフランシスコ便が半額以下なのでサンフランシスコにに到着する。
私は急遽、日本に発つ日を2日早めて飛ぶことにした。
ホテルも全て取り直し。
そこまでは良い。
問題はそこからだ。
姑が長男教で、義兄を下手に褒めそやして育てたせいで、義兄はいつも威張っている(と姑が言う)。
その義兄は、我が家に来たら全ての部屋を見たい、と言うのがわかっている。
つまり、私の部屋も。
私の部屋は夫と別室だが、彼らが滞在中は夫が私の部屋を使い、彼らは夫の部屋と誰も使っていない部屋を使う。
部屋の中を何もかも細かく調べ、そして写真まで撮るであろう(そしてそれを周囲の人たちに見せる)R(義兄)を絶対私の部屋に入れないようにしてくれ、と夫に頼んだ。
が、夫は義兄に逆らえない。
夫が言うには、「Rは全室見たいだろうし、見たいと思ったら絶対見る。彼を止めることは誰にもできない。」
となると、ドアの外から鍵をかけて、夫が鍵を24時間管理するしかない。
そこまですると、今度は義妹たちは、私がおかしい、と言い始めるのも見えている。
ある意味それは正しいのかもしれない。
が、Who cares?である。
つまり「だから?」と言えるようにならないと、彼らに抵抗することは一生できない。
とにかく、今は一刻も早く日本に行きたい。
最近老後はアメリカと決心したことに、もう迷いが出てきている。
本当の幸せがアメリカにあるとは思えなくなってきた。
コロラドでは、いつも人の親切にふれることがカリフォルニアでより圧倒的に多いと感じる。
それでも、雪には慣れることができないし、運転もできない。
カリフォルニアには友人もいるし、長男家族もいる。
が、本当にどこが自分の最終の地なのか、また考えるようになった。
とにかく雪がまだ積もっていないうちにモールに行き歩く。
同じことを考える人が多いのだろう、朝のモールは歩きに来た人が多い。