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2023年10月21日土曜日

新しい門出

息子夫婦が引っ越すことを決めた。


地域は決めたが、家はまだ決まっていない。


この1週間、新しい門出に興奮している息子と、朝に昼に夜に話している(チャット)。


探している地域の写真を見て、私自身も地域に興味が出たので調べて、、、と眼精疲労が激しい。


我が家近辺の景色も秋の空になってきたこの頃
夕方6時半でこの薄暗さ


詳しいことは後ほど(場合によっては数カ月後)。


引越し先は、この雲の下の地域

2023年6月25日日曜日

長男夫婦と同居 ・・・? 同居5ヶ月

姉から今朝メールが来て、「かんこブログ」のかんこさんが家族の顔が思い出せない、という記事を最後に更新がない、心配だ、ということ。


私は今まで拝読していなかったのだが、驚いた。


突然家族の顔が思い出せなくなる、ということがあるのか。


その前の記事は、吉祥寺とナポリタンのこと、また、ご自分が子離れしてないのかと悩んでらっしゃるところにも、なんだか親近感を持ってしまった。


私の同年代のかんこさんが深刻な病気ではなく、無事ブログにまた復帰されるよう応援したい。



次男の家では、ジャックさんに仕上げ工事費前払いしたのが、5月11日。


ジャックさんは工事費を仕事に着工する前に請求し、終わると次の工事の費用を請求、とほぼ3週間毎に請求書が来る。


が、最後の工事費前払い後、ジャックさんは次男の家に全く姿を見せず。


8月に大きなイベントがあるから工事をすませてほしい、と次男が毎日メッセージを送ると、月曜日から行きます、と返事がある週もある。



それが数週間続いたが、遂に返事が全くなくなった。


今週末はジャックさんの家に直接行くことにした、住所わかる?と聞いてきた次男。


ジャックさんは病気なのか。


それとも相変わらずのコミュニケーションが苦手な性格?


こうして、息子たちが近所にいると彼らのストレスも耳に入る。



さて、長男が我が家にいることで恩恵を受けている部分も大いにある。


数十年ぶりに家で、自分が揚げてない天ぷらを食べることができた。

天ぷら油の温度を確認しながら天ぷらを揚げる長男

正に子離れしてない、そのことは否定しない。


が、会話のなかった家の中、息子は頼りになる存在だ。


最近ユナイテッド航空の特典旅行必要マイル数が激増(2〜6倍)して予約が困難になったこと、IT系の疑問、家庭菜園のことなどなど、全て長男に相談する。


長男が小学生の頃、近所の図書館が古くなった百科事典を$5とかそんな安い値段で売っていた。


それを家に持ち帰った日が、長男の最良の日だった、と言う。


いや、人生最良の日は結婚した日だった、と言うべきでしょ?と私が言い、サキが笑う。


それを聞いて、(学校の勉強は全くしなかったが)知識を得ることの喜びを充分あげることができたんだ、と嬉しかった。


Mよさんが、S(長男)はあんなに多趣味だから、子供がほしくないのかもしれない、と考えてらっしゃるようだ。


が、私は長男もサキも、何かを決めるということに時間がかかるのだろう、と思う。


とはいえ、二人はもう30代後半。

長男とサキはヒロやアキとよく遊んでくれる


多分このまま子供は作らないだろう。


Mよさんは、孫がほしかったけど諦めた、ということ。



我が家にもこのまま数年住むのだろうか、と思ったがやはり二人だけで住む場所がほしいと言う。


特にサキは、長男が職場に行った日(ハイブリッドと言われる形態で、週2、3日出勤)は、部屋からほとんど出てこない。


気を使うのだろう、二人だけの城がほしいのはわかる。



そしてついに見つけた!


1LDK、80㎡の古いアパート。


1年契約で7月から入居する。


「弟と僕の間では、僕が兄弟のうちのオモロイ方だよな。」とダンスをする長男。


そんな長男が家にいるだけで、家の中が明るく笑うことの多かった5ヶ月(!!)


空の巣症候群に陥りそうだが、色々なことが目に入らなくなるのだから、私のストレスも減るだろう。


寂しいけど、楽になるんだから、と自分に言い聞かせる。

7月1日はカラダ🥗記念日

2020年4月21日火曜日

いつもと同じが幸せなのだ!

サンノゼ市のあるサンタクララカウンティ(郡)、このサンタクララカウンティの新型コロナ肺炎感染者数は、4月18日付のStanford Dailyによれば、公式発表数の50倍から85倍だろうということだ。日本語の記事はこちら。

4月1日までの推定感染者数は4万5千人から8万1千人ということ。私のような軽症者は多かったと思うし、検査を受けることもできなかったのだろうから、この推定感染者数は納得できる。このまま経済活動が停滞したままなのも困るが、ロックダウンを解除することによって、感染者数はまた増えるだろうから、しばらくは家から出られない状況が続くはずだ。

最近朝目が覚めると身体がど〜んと重い。楽しいことが何もなく、家から出るのは散歩に出る時だけ。

次男とマリーは我が家の近所(半径7キロぐらいまで)で家探しをしているが、
次男はヒロと毎日地域を散歩することで良さそうな通りを探している

夫がCostcoに行って5人分の食べ物を買ってくると、まず車庫で全てをブリーチ消毒し、冷蔵庫と冷凍庫に詰める。このまま秋になると今度は火事による空気汚染で家から出られなくなり、2、3日の停電は日常茶飯事になるのだろう。今年こそ停電に備えて対策を練っておかないといけない。停電で5人分の食材を全て廃棄するしかなくなる羽目に陥るのは避けたい。

日曜日Costcoの入り口にあった看板には、
品切れの物と在庫の物のリストがあった

今年こそ発電機を買おうと夫がリサーチしている。

5人分の食材で冷凍庫はいっぱい
車庫内にある予備の冷凍庫も満タン(ベーグルが多いが・・・)

とにかく、去年の今頃、いや、2月の下旬には想像もしていなかった生活が続いている。実際今頃は日本にいるはずだった。日本で眼瞼下垂のセカンドオピニオンを聞くために、2軒の形成外科医の診察も予約していたのだった。

なのに、出国できないばかりか(いや、できなくはないが)家からほとんど出ることもなく、ヒロの育児手伝いと家事に加えて、食料品の消毒や整理にも時間がかかる生活。夜ホッとする時間になると刺繍を始めることにした。クリスマスストッキングはマリーとサキにも作りたい。が、刺繍糸が足りない。普段$1もしないDMCの糸が今はAmazonで$10する。

もう無理はせず、シンプルなストッキングに徹することにした


だから刺繍も中断し、夜はコロナに関する記事ばかり読んでしまう。新しいウイルスなので、日々新しい情報が更新され、以前の情報が訂正され、と不安が煽られるので読まないようにするのに、それでも気になる。

とにかく、いつもと変わらない生活を送れるということはどんなにすばらしいことか、ということがしみじみと感じられる。食べ物があり、家族が健康で一緒に笑うことができる毎日は幸せなのだ。

今年も雨季が終わり暑い日々が始まった

庭のパラソルを開けると今年もいた〜

塀の上部分にコウモリ(去年と同じ?)が見えますか?
今年も同じコウモリに会えて、幸せ〜〜😑

2019年10月8日火曜日

住宅事情 7 古い記憶

不動産業者によると今の時期、つまりサンクスギビングとクリスマスが近い秋深まった時期に家を売りに出す人は、『今売らないといけない』人たちが殆どなのだそうだ。



家を売りやすい時期は、3月から6月あたり。



その頃家を買って、新学期が始まる8月までに引っ越したいという買主が多いのだとか。

週末見に行ったオープンハウスは築54年で$1.7M
全く手の届かない金額だが、
現在売りに出ている家は少ないので何でも見ておきたい


だから、サンフランシスコのマンションは2月に市場に出すことを目標にする。



それから次男とマリーはヒロと3人で我が家に完全同居し、少しでも頭金の足しになるように貯金を続ける。



現時点ではあまり家が市場に出ていない。



だから、希望地域に出るとオープンハウスを見に行くことにしている。



手が届かない家を見に行くのはつらいものだが、家を数多く見ることで、家族が住むためには何が最低限必要か、どの部分をしっかり見ておく必要があるか、など学習できる。



だから、近所で家が売りに出ると、見ておくことをこれからも続ける。

上の家の見取り図
右上のファミリールームと裁縫室と趣味室は増築部分


一つ訂正しておきたい。



家を売った場合、その売値が買値より上がっていたとして(Capital Gain)、その利益に40%近い税金がかかる。



利益は500Kまで控除できるが、それ(控除という減税措置)は生涯一度しか使えない。



ということなので、サンフランシスコのマンションを売る時には使いたくない、と書いた。



ここで微妙な間違いがある。



控除に関しては間違いではないが、付け加えておかないといけないことがある。



なぜならこの控除が使えるのはprimary residenceつまり居住している住居を売った時のみ。



つまり私と夫にとってサンフランシスコのマンションはセカンドハウスということで、控除は適用されない、ということを忘れていた。



老人ホームに入るとしたら、サンノゼの家は売るかもしれない。



このまま住み続けたら、死後長男に遺すことになるかもしれない。



将来のことはわからないが、多分ここしばらくはこの家に住む確率が高いと思う。



夫はもう一度引っ越してもいいと考えているようだが、私はやはり住み慣れた家をリフォームして住む方がいいかな、と考え始めている。



ドリームハウスもいいが、お金のこともあるし、何よりももう新しいことについていけない。



住み慣れた家の方が楽だと感じる。



昨日何かのサイトでパスワードを設定しなおす必要があり、その時のセキュリティクエスチョン設定のチョイスにイラついた。



この質問のうちの一つを選び、答えを覚えておく必要がある。

質問の選択肢

これがリスト。

  1. 子供の時、一番嫌いだった食べ物は?
  2. 子供の時、どこに行くのが一番好きだった?
  3. 子供の時のペットの名前は?
  4. 始めて習得したお料理は?
  5. 子供の時、一番好きだったおもちゃ/ぬいぐるみは?
  6. 小学1年生の時の先生の名前は?
  7. 初めてのボーイフレンドのフルネームは?
  8. 初めてのぬいぐるみの名前は?
  9. ベストフレンドの住んでいた通りの名前は?
  10. あなたのヒーローは誰?


イラつきながらも答えを考えてみると、あらまあ、全部答えられる。


  1. 卵の黄身
  2. ドリームランド
  3. 赤ちゃん
  4. カレーライス(お料理とは言えないが)
  5. 赤いプラスチックのバケツ
  6. 猪原先生
  7. 中学一年の時のボーイフレンドで、名前はI田J一君だった。
  8. ぬいぐるみは持ってなかった。
  9. 通りの名前なんかなかった。
  10. 母


フ〜ム。やはり古い記憶というのは次々と思い出せるようだ。



なのに、このパソコンでの再設定が何のためだったか、というのがどうしても思い出せない。認知症の特徴である。



ほしい・・・

シャキシャキした新しい頭

2019年10月4日金曜日

住宅事情 6 決して手の届かない物件

つきあっていたボーイフレンドに、ある日なんでもないきっかけで冷めるのが昔から常だった。



一瞬で恋心が冷める。



するとそのあとは顔も見たくなくなる。



何がきっかけになるかは色々だが、姉によく『薄情な性格』と言われたものだ。



男性に比べて、女性はある日突然恋人への熱が冷めることがよくあるそうだ。



まあ、私のは薄情な気質というよりも、あっさりした気質なのだろう、と考えておくことにしたい。



ところがグラニーフラットのある家には熱狂したままで、全然冷めてくれない。



恋してしまった翌日、不動産業者の友人M、ちょうど仕事帰りに通りかかった夫、次男、マリー、ヒロと6人でまた見に行った。



今回は友人Mが、同じ不動産会社の売主の担当者からdisclosure、つまり家に関する情報開示書類(瑕疵担保責任)を手に来てくれた。

裏庭の一部


それを見るとこの家の売主はなんと今年の2月にこの家を買って、7月に引っ越してしまった。



親の介護のために、Fresnoというサンノゼから3時間ぐらい内陸に入った街に移ったそうだ。



だから5ヶ月住んだだけだということ。



7月に市場に出した時この家は今より1千万円高かったらしい。



が、引き合いもなく値下げしたところだということ。



今年買ったばかり、ということはこれ以上値は下がらないだろう。



その上古い家なのでシロアリ、ネズミ、電気系統などなど問題が多いということが瑕疵担保責任書類に書かれている。



それでも一時はこう考えた。



現在住んでいる我が家を売り、サンフランシスコのマンションを売る。



グラニーフラットを増築し、次男たちとしばらく同居する。



そうすることでローンを分担するのはどうか、と考えたりした。



この案に夫と次男は全く乗り気ではなかったがマリーは大賛成。

天井には古材が使ってあり、こういう木材はもう入手がかなり難しいらしい



とはいえ、やっぱりどちらにしても手が届かない。



まず私たちが今住んでいる家を売った場合、買った時の金額に比べて売値が高い場合、値上がり分(Capital Gain)に最高$500Kまでの控除がある。



とはいえ、税金がかかる。



カリフォルニアの場合これが38.3%(らしい)。



そしてこの$500K控除は一生に一度しか使えない。



つまりサンフランシスコのマンションを売っても、この控除を今使うわけにはいかない。



どこかの時点で現在の家を売る可能性があるからだ。



だからマンションが値上がりしているとして、売ることで値上がり分が手に入っても、4割は税金で持って行かれるということになる。



となると儲けはあまりない。



その上不動産業者に、売値の6%をコミッションとして払わないといけない。



書類などの諸費用が150万円から200万円ほど(この辺りははっきりした金額はまだわからない)。



となると、次男たちが家を購入することになって頭金を少し手伝うとしても、予定していた額は当初の予想よりぐっと減るということになる。



つまりあっちこもこっちも行き詰まったわけだ。



いや、もともと$1.875Mの家を見てみようと思ったところに問題がある。



冷静に計算すれば、同居しようが家とマンションの両方を売ろうがまだ足りない金額なのだ。



今回のこの顛末は、2千万円の家を買う予定でモデルハウス巡りをしたら4千万円の家に恋をしてしまった、という感じ。



完全に無理、もうお話にならない、Forget it!なのだ。



計算後、もうこの家には家族の誰も見向きしなくなった。



が、私はストーカーのように今日も家の前に車を停めてしばらく眺める。



最近知った自分自身の新たな一面。

粘着気質

2019年10月1日火曜日

住宅事情 5 未練

サンフランシスコにあるマンションを売りに出すことにしたのには、いくつかの理由がある。
  1. 次男とマリーが子供を持ちサンフランシスコで子育てをするよりも、二人が生まれ育った郊外であるサンノゼにUターンしたくなったこと。マンションを売ることで、頭金の足しにしたい。
  2. 夫もそろそろローン地獄から解放されて、ホッと一息つきたい。(ローンは家賃として次男とマリーが私たちに払っていたが、固定資産税と管理費、地方税などの合計がローンと同額)。その浮いたお金で、次は長男とサキの家の支援をしたい。
  3. 老後サンフランシスコに住んでも、あまり歩いて行きたいと思うところがないと気がついた。
  4. 銃撃事件も増え大都市に住むことに不安が芽生えてきた。銃乱射事件の犠牲者になる確率はなんと1万1125人に1人という確率だそうだ。

が、一旦売ると決めると途端にまたサンフランシスコが魅力的に見えてきた。



やはりサンフランシスコは心ワクワクする街なのだ。



今手放したらもう二度と買えないぞ、と未練が出てくる。


さようなら、ダウンタウンの喧騒

さようなら、SFジャイアンツのスタジアム

さようなら、大好きな家族経営のベーグルショップ

さようなら、市役所のある美しい一画


仕方ない。



レンタル物件として人に貸して、資産価値が上がるのを待つのもいいが、不動産価値暴落、大災害による被害、など何が起きて価値が下がるかわからない。



そうなる前に売って少しでも利益があれば、それを息子たちの家の頭金として使いたい。



そう思い始めると焦る。



今年の春をピークに、不動産価格はジワジワと下がりつつある。



一瞬先は闇、なのだ。



とはいえ、私自身サンノゼに住んでいても、車の運転はいつまでできるかわからない。



サンフランシスコは車がなくても生活できる街だが、サンノゼでそれは不可能だ。



つい先日リースを始めた車も、息子によるとインターフェイスが使いやすくて気に入った、ということだが私には使いこなせない。



ただ軽く触るだけのタッチパネルをグイグイ押してしまい、目的の画面にたどり着けない。



その上、使い方を聞いてもすぐ忘れる。



何度聞いても5秒前に聞いたことが思い出せない。



一体どうやって使うんだ?

一瞬前は闇

2019年9月30日月曜日

住宅事情 4 叶わぬ恋

参っちまった。



もう恋をすることなんて二度とないだろうと思っていたのに。



恋心はある日突然やってくる。



我が家のある場所10キロ四方で一番安い家は1.3億円ぐらいだろうと思う。



そこは学校区が悪くはないが、次男とマリーがヒロを行かせたいところではないので、やはり希望の学校区内に家を探していた。



が、そもそも1.5億円どころか1.3億円だって、いや1億円だって彼らは払えないのだ。



私と夫も払えない。



サンフランシスコのマンションを売って頭金の足しにするとしても、次男たちは巨大なローンを借りない限り払えない。



が、託児所に二人預けるだけで$5000かかるシリコンバレー。



どうやって億単位のお金を工面するのか。

幸せな子供時代を送っていない(と言う)マリーにとっても、
自分の家を持つことは大きな夢のようだ



冷静に考えるとどうしても無理なのだ。



だが、家がほしいと思ったことのある人にはわかってもらえると思うが、彼らはこう考える。



今買わないと値段はもっと上がるのではなかろうか、この家を買わないともう二度とこんな家は出てこないのではなかろうか、と冷静にはなれないものなのだ。



そんな家を今日私は見てしまった。



次男たちが好きなゴルフ場のある地域、この地域のことを私は知らなかったし興味もなかった。



なのに、今日行ってみたオープンハウスでこの地域に恋をし、そこにあるこの家に恋した。



昨日は5軒家を見たのにもうその5軒なんかどうでも良くなった。



今日見た家の写真を一挙公開します。



一応6軒目。延床面積2695(250平米)、土地面積14520(1348平米!!408坪!)、築57年。

家の幅が広すぎて写真に収まらない

裏庭が広すぎて家具がおもちゃに見える


普通ならこれが裏庭のサイズだが、これはサイドヤード(家の横庭)

とにかく広大な庭

この庭の維持費はすさまじいだろう

ダイニングルームからキッチンを見たところ
いずれリフォームする必要はありそう

さて、私が恋したのは裏庭と家の内装もだが、この In-law suite/Granny suite(日本ではグラニーフラットと呼ばれるらしい、いわゆる離れ)。



おばあちゃんのための部屋、あるいはメイドの部屋、あるいは義理の親の部屋、という部分。



車庫を隔てて増築された部分だが、寝室、キッチンと食卓になるカウンター、洗濯室、バスルーム、それに大きなクローゼットがついている。



小さい方のドアからは庭に出られる
大きなドアは奥行きのあるクローゼット

キッチン部分と裏庭を見渡す窓

バスルーム

廊下部分に収納棚

専用の洗濯室


が、気になるのは値段である。



なんと$1.875M、2億円ちょっと・・・



これはPalo AltoとかMountain Viewなどのサンフランシスコにもっと近い街に比べると半額ぐらいなのかもしれない(いや、全然見当もつかないが)。



あら、安いわね、と感じる人もいるだろう。



が、私には全く手が届かない。



いや、次男とマリーも今の倍以上のお給料をもらわない限り、手が届かないだろう。



しかも、固定資産税だけで毎月$2000を超すことになる。



計算してみよう。



家を買うには頭金を20%入れないといけない。



つま$り379K、4100万円が必要ということだ。



80%をローンにする。



3.8%の利子として毎月の支払いは$7000。



それプラス固定資産税が$2000。



家の保険などを入れて毎月ざっと100万円。



いや、計算するまでもないのはわかっています。



わかっているけど、もしも・・・、もしも・・・と考えるのは楽しいでしょ?



いいよね?それぐらい楽しませてもらっても。 



バチ当たらんよね?



それにもしかして年を取って一人になり、一人暮らしが不安になったら『グラニーフラット』に住める?とふと甘い考えがよぎる。



年老いた親と住むこと、そして介護がどんなにつらいことかわかっているから、自分の子供には絶対同じ苦労をさせまい、といつも思う。



年を取ったら老人ホームに入ろう、と思っているにもかかわらず、こういう時つい本音が出るのだろうか。



この家ごっつぅええよぉ〜、と次男にテキストメッセージを送った。



写真を見た次男、ワオ、すっごい裏庭。



車もたくさん駐車できそうだしいいなあ、という返事。



ほら、このGranny suite(In-law suite)を見て!とグラニーフラットの写真を送ると即レスが来た。

人に貸したらいくら入るかな?
だそうです

2019年9月29日日曜日

住宅事情 3 オープンハウス巡り

街が完全に様変わりしたなあ、と思う。



シリコンバレーのことだ。



私が初めて渡米した1979年、サンノゼ空港から車でダウンタウンを走っている時、頭に浮かんだ3つの印象。


それは『空が青い、屋根が赤い、ポッキーを買えるお店がない!』だった。



ダウンタウンはまだ舗装されてない道が多く、高層ビルもなく、街角には娼婦が立っているのがサンノゼという町だった。



将来のシリコンバレーになるとは夢にも思わず、こんな田舎で楽しいことなんかあるのだろうか、と鬱々とした日々を送ったあの頃。



1ドルはまだ240円だった。


なのに、今は高層ビルが 建ち並び、高級車が連なって走り、お金持ちがゴロゴロしている。

そして電気自動車も増え、高速の渋滞時周囲は見渡す限りテスラばかりだった



そして何よりも変わったのは不動産価値が高騰したことだ。



私たちが1985年に$129Kで買った3LDKの家の価値が上がり始めた頃は嬉しかった。



不動産の高騰に関する記事が新聞の一面を飾るようになり、まだまだ上がる、いずれ現在の2倍になる、と書いてある。



信じられなかった。



が、嬉しかった。

当時の家から歩いて行くことができたトレイル



確かに家の値段は上がり続けた。



どんどん上がった。



最初は嬉しかったが、実はこれは憂うべきことだと気がついた。



つまり息子たちが家を買うことができないということだ。



特に子供ができて学校のことを念頭に、少し広い家が必要になった次男たちにとっては大問題だ。



長男はサキ母の家でサキと3人で暮らしていて、サキ母も長男と一緒に住み始めて。


サキ母はいろいろなことを長男に頼れるようになった、と喜んでくれている。



このことは後日書くことにして、今日はあちこちのオープンハウス巡りをした ことについてメモしておきたい。



次男とマリーの希望は、まず家は古くてもいずれリフォームすることを念頭に土地の広さを最優先する。



車庫は3台の車を納めるスペースがあり、庭が広いこと。



プールなし。ゴルフ場に近い地域(ゴルフをするわけではない)で、静かなこと。



つまり早い話、サンフランシスコのマンションとは対照的な物件を探していると言えよう。

毎日夕方ヒロを連れて近所の家を見ながら歩く二人


週末でサンフランシスコに帰っている次男たちの代わりに、家巡りが大好きな私が不動産業者である友人Mとオープンハウスを廻る。



いくらぐらいでどんな家が買えるのか下調べをしておきたい。



1軒目。延床面積1844平方フィート(171平米)、土地面積9334(867平米)、築45年、$1.29M(1億3900万円)。

1軒目は玄関が南向き、 リビングや裏庭は北向き

リフォームは必要だが、とりあえず住めそうな状態。



だが、オープンハウスをしていた不動産屋さんによると、この値段は購入希望の人たちが競り上げることを見越してつけた値段。



なので、月曜日の12時が入札締め切り、一番高い金額をつけた人が競り勝ち購入することになるそうだ。



2軒目。延床面積2190(203平米)、土地面積9975(926平米)、築45年、$1.345M(1億4580万円)。



内装は『奥様は魔女』の時代で止まっている感じ。



汚れたカーペットや猫の毛がこびりついた家具、淀んだ空気、リビングを見ただけでサンキューと挨拶をして家を出て深呼吸する。


全面的なリフォームなしで住むのは不可能


最初っからとびっきりのステッカーショック(値段の高さに驚くこと)を受けた。



この家を住める状態にするには少なくともリフォーム代として2千万円はかかるだろう。



息苦しくなった。



一旦帰宅して、冷凍庫からチョコレートでコーティングしてあるアイスクリームサンドイッチを取り出す。


シュガーショック療法

2019年9月21日土曜日

住宅事情 1 サンフランシスコのマンション

老後はサンフランシスコで暮らす予定だった。



友人たちにもそう宣言して、ええ〜っ、近いとはいえ今までのようにちょくちょく会えなくなるんだ、と残念がってもらってもいた。



でも、京都で神社仏閣を訪ねながら歩き回ったり、東京で地下鉄を乗り継いでおいしいものを食べに行ったり、というのとはちょっと違うとわかった。



サンフランシスコは私の老後を充実したものにしてくれるはずだったのに、どうも計算違いがあったらしい。



サンフランシスコで仕事をする次男と学校に行くマリーが住むために、そしていずれ私と夫が住むために買ったマンション。



2014年5月末に購入契約し、2016年2月に引き渡され次男とマリーが住み始めたマンション。



翌年夏にはヒロが産まれ彼らはここで3年半生活した。

もちろんニャンズも


そのマンションを売りに出すことに決めた。



このマンションの鍵を渡された頃、地域はまだまだ開発途上でお店もほとんどなかった。



なのに、つい最近Chase Centerというアリーナがオープンし、バスケットボールチームが移転してきた。



日々有名なエンターテイナーのコンサートがあり、スーパーやレストランも続々とオープンし始めた。



地下鉄も来年(再来年かもしれない)開通し、マンションから歩いて5分で駅(この駅は地上)に着き、そこから徒歩6分でユニオンスクエアに到着する予定だ。



やっと便利になって充実した老後生活を始められそうになった途端に気が変わった。



私はサンフランシスコに住むには年を取りすぎているようだ。



いや、問題は年齢じゃなく、私という人間がサンフランシスコに合ってないとようやくわかった。

サンフランシスコは常にどこもが工事中という感じ


このところサンフランシスコは危険になってきたと思う。



必ず携行するように、と次男から渡されたペッパースプレーをとっさの時使える自信がない。



そして、不動産価格を吊り上げられ住みにくくなった街では、元からいる住人やお店のスタッフの多くからなんつうか殺伐とした雰囲気を感じるようになった。



住民の気持ちにはとても共感できる。



同じ立場にいたら私だって苛立つだろう。



それもあり、ここは老後生活を過ごす場所ではないと思い始めたのだ。

つい数日前も住民の無料巡回バスに乗ろうとしたら、
危険人物がバスを待つ人たちに絡み始め、警官が出動した


この街は京都や東京の住みやすさとは違う。



まだまだ多くの人々はフレンドリーだが、街自体がもう私を拒絶し始めている。



サンフランシスコは30代ぐらいまでなら住めたかも?と思ったりする。



いや、もう少しいけるか?


40代?

横断歩道のカウントダウン14で軽〜く横断できる年齢までかも