2016年1月2日土曜日

遠距離介護

ロスアンジェルスと東京を遠距離介護のために往復しています、という方からメールをいただいた。3ヶ月おきの往復だそうだ。このブログを読んでくださる方にはやはり遠距離介護の悩みを抱えた方が多い。私たちは皆共通の思いを持っている。『これからどうなるのだろうか。いつまで続くのだろうか。親を最後まで自宅介護してあげられない自分は冷たい人間なのだろうか。』というものだ。

先月山歩きをしている時、歩き仲間に『母の介護は42年続いたけど、大変だったのは最後の10年間だけ』と話したらびっくりされた。そうか、私たちにとっては短く感じられた年数でも、10年というのは実は長い年月なのか、と改めて母の介護を思い出した。

42年間母を介護した父は、母が亡くなった2010年にアルツハイマー病と診断された。その後2012年までの2年間は比較的平穏に過ごせたが、それからの2年間は怒涛の2年だったと思う。やっと今少し落ち着いているが、これもいつまで続くのかと家族の不安は常にある。

まだ自分でお茶も飲める父

両親の介護を少しずつ振り返って書き記したい。

と、昨日から前置きばかり長いのだが、実は記録として撮っていた写真が外付けハードドライブに入っていて、パソコンに接続するためのケーブルを持って帰るのを忘れてしまったので見られない。

まずは明日ケーブルを買ってから、母の介護記録を見ながら記憶を辿っていきたい。42年間の介護には勿論つらいこともあったし、母だって父に対して意地悪なことを言うこともあった。が、母は悪意というものを持たない人だった。だから42年間家族やヘルパーさんたちはせっせと母の介護をしたのだと思う。父はどうか。その辺も少しずつ書いてみたい。

とりあえず悪意には無縁キャラ