2013年6月21日金曜日

森先生の診断

朝9時に父のホームに行った。父は食堂に座ってうなだれていた。でも今日は森先生の所に行く、と言っている。ホッとした。園長さんが来て認知症に関してのいい本があります、と紹介してくれた。父は満面の笑みを浮かべて園長さんと話す。昨日話してからもうホームの職員に対しての猜疑心がなくなった、と言う。すっかり安心しました、と笑う。



父が言うには、一昨日は拉致されるのではないかという恐怖から、ベランダに出て飛び降
りようと思ったようだ。それでも2割方助かるのではないか、骨折ぐらいはするだろうが、と思ったということ。また、無理矢理車に押し込まれて森先生の診察に連れて行かれた時、運転している人の腕を隣から押して車をひっくり返そうと考えたらしい。自分も怪我をするが、みすみす殺されるよりはいいと思ったと言う。それは同乗していた他のスタッフに止められたのだが。

森先生の診断はやはり先生の処方した幻覚を抑える薬と、ホームの処方した薬が相反する作用を及ぼしている、というものだった。ホームが処方した2種類の薬は両方ともかゆみ止めだが安定剤でもあり、併用すれば幻覚を起こすという副作用もある。森先生からホームには、ホームの医者が処方した薬があれば知らせてください、と言ってあったのだ。ところがホームは処方リストを知らせていなかった。


では今回のこの不安が高じている状態は、薬が原因ですか、と聞くと「その可能性は多いにあります。」ということだった。つまり往復ビンタを与えているようなものです、と。ホームが幻覚を与える可能性のある安定剤を処方し、森先生は幻覚を抑える薬を処方する。これでは父はメロメロになってしまう。では薬が体内から全て出てしまったら父は元に戻るのだろうか。



今すぐ父が入院して薬をやめれば幻覚は収まるだろうが、今回はホームが学ぶためにも、しばらくホームで様子を見ましょうということだった。そうする事でホームも自分たちがしたことがまずかった、と気づくことができる。そしてそれは次回につないで行くことになる。自分たちのケアを振り返ることができるようにした方がいいでしょう。

ここで入院して父が治った状態でホームに戻ると、そうか、こういう問題は自分たち(ホーム)が見るべき問題じゃなく、専門家に任せればいいんだ、ということになってしまう。自分たちのケアの対象ではなくなってしまう、ということは色んな意味でまずいですね。

ダラダラと耐えろということではありません。薬を切ることで父の状態が回復しないようなら、その時点で入院という形で面倒見ますと森が言っていた、とホームに伝えてください、ということだった。いつもながらの明快な答え。

ホームに帰ってランチを食べる父は本当にだるそうだった。食べ物も喉に詰まって半分しか終えられない。その時着物を来た女性が、2時から1階でふれあいコンサートがありますから、どうぞ参加してください、と声をかけてくれた。歌をうたうのが大好きな父は行きたいと言う。疲れ切っているのにそれでも行きたちのはやはり歌いたいからだ。

1階には大勢の入居者が集まっていた。父は嬉しそうに歌っている。楽器も持って拍子を取る姿にホッとする。マイクを渡されると調子はずれだが歌う。


1時間後3階の部屋に戻った頃には姉も私も疲れ切っていた。なにしろ9時からずっと父に付き添っているのだ。昨日も長時間一緒にいたのだ。もう帰ってホッとしたい。お昼ご飯も食べていない。そのことを父に言うと、父はどうしてそんな自分勝手なことが言えるか、こんなに不安に思っている親を残して帰るなんて信じられない、と言う。やはりいつもと全然違う。

しかしもう耐えられないほど身体がしんどい。ちょうど入って来たスタッフに「もう帰りたいんですけど。今朝の9時から父の世話をしていて、これ以上身体がもちません。でも父は不安を訴えています。この状態のままだとまた娘を呼べ、ということになりますね。その場合ホームから電話がかかってきて、すぐ来てくれということになるのは目に見えています。なんとかしてください。」と言った。

ここまで言ったのはホームに対して怒りがあったからだ。ホームの医者が父に安定剤を処方したこと、それも森先生からも安定剤が処方されているにもかかわらず。その上そのあとのフォローアップがなかったこと。90歳近い年寄りが安定剤など3種類も服用しているのだったら、それは注意深く観察する必要があったのは明らかなのに。

また、上にも書いたようにホームが安定剤を処方したなら、それを森先生に伝えないのは生死に関わることで、それを怠ったことの責任は重大だ。特に最初の幻覚症状が表れた時、一緒に森先生の所に行った相談員Sさんに姉は2度「ホームで処方している薬のリストを持って行ってください。」と頼んだ。にもかかわらず、Sさんはそれをしなかった上、父を無理矢理車に押し込んで医者に連れて行ってしまい、父はスタッフへの恐怖心を持つようになった。

「お願いします。なんとかしてくだい。」という私の言葉に、スタッフどうしたらいいのかわからず立ち尽くす。相談員Kさんが来た。が、Kさんも対処の仕方がわからない。父に向かって「不安な気持ちがあるんですかぁ。」と大声で聞く。頭の上方から大きな声で聞かれる父は不安感を募らせるだけだ。

その様子を見てもう無理だな、と失望した。どうしたらいいかわからないKさんは少しお待ちください、と出て行ったまま1時間以上帰ってこない。一体どうなったんだろう、と廊下を見ると他の相談員さんたちと話している。解決策がない。私はこの時点で帰った。

姉からあとで言う。相談員マネージャーSさんに昨日の園長さんの父への接し方を教えた。Sさんは同じように父に話しかけてみた。段々父の気持ちはゆるんで来たようで、少しずつ信頼感を回復したようだ。

穏やかになった所で姉が帰って来た。6時だった。Sさんには以前、何かがあると家に連れて帰ってもらう事になります、それが無理なら家族が一晩中泊まり込んで見はってください、と言われていた。家族だってどうしたらいいかわからない。こんな時は森先生の相談員にまず電話して、話し合うべきだったのだ。家族だって勿論ホームに任せっきりにしたいわけではない。皆が対処の仕方を知らない。家族、ホーム、医者と3者が助け合わないといけないのだ。

勿論ここのスタッフはとても優しい人たちばかりだ。本当に感謝している。父のようなむずかしい人によく付き合ってくれている。しかしケアの仕方をもっと学ぶ必要があるのは明らかだ。外側をケアすることはできても、内側のケアをすることができない。それは認知症のことを理解していないからだ。新しいタイプの入居者がいるのなら、試行錯誤をしながらもどうすればより良いケアができるのか、と学ぼうとする姿勢が必要なのだ。

認知症について学ぶための本のリストを今朝園長さんが持って来てくれたが、それはスタッフがまず読むべきだろう。