2021年2月17日水曜日
コロナ感染から1年経って思うこと
2021年2月6日土曜日
カウンセリング セッション2/ 2 古い記憶
コロナ禍の中、カウンセリングはリモートで行われた。
スクリーンの中のH先生は無色の部屋に座り、洋服はシンプルで鋭角的なラインの黒いもの。
部屋、先生の洋服。何もかもが無機質な印象と言えるかもしれない。
先生の短いがふんわりとセットされた髪と、柔和な表情だけが穏やかなラインを描いている。
カウンセラーとして先生が持つ守秘義務についての説明のあと、私は今悩んでいることを話した。
先生は私が話している間、ほとんど口を挟まない。
何が今私を悩ませているのか。
私は話し続けた。
親からは無条件に愛されたという記憶しかなく、介護は辛かったがそれも終わり(ここで涙が出た)、少し前までは悩みもストレスもなく、全て順調と感じていた。
そして、私は自己肯定感がとても強い人間だと思っていた。
なのに、今は不安ばかりがある。
去年長男が私の旧姓に改姓した事実に夫の兄と母親が激怒し、私と絶縁状態になったこと。
去年起きた人間関係に関する辛い出来事は他にもいくつかあり、それがきっかけで自分に自信がなくなった。
私は知らない間に、人に対して支配的な態度をとっていたのだろうか。
今はどの友人ともいい関係を築いていると思っているが、いずれ自分は全ての人に拒否されて、たった一人になってしまうのだろうか。
いや、そこまでのことはないとしても、それに近いことは起きるかもしれない。
先生は相槌を打ちながら優しい目で私を見つめてくれている。
私はカウンセリングの時間いっぱい一人でしゃべった。
私の話が終わった時、先生から優しいトーンで質問と提案があった。
あなたは何かの出来事を深く掘り下げて分析するようですが、そのことは普段からどこかに書いているのですか。
そう、書いている。私はなんでも記録するのが大好きなのだ。7歳の時から日記をつけているし、感情の動きもエクセルでチャートにして記録している。毎年手帳を買いアナログ的な記録もする。
このブログを始めたのも、父の認知症の記録を取りたかったからだ(このことは先生には伝えなかった)。
あなたが得意とする、分析して自分を見つめることで、本当の感情が出づらくなっているんですね。
え?ここで驚いた。自分は感情のままに行動する人間だと思っていた。
だから、昔から女友達にもボーイフレンドにも夫にも、自分の気持ちをぶつけてきたではないか。
ティーンエイジャーの息子たちにもよく怒っていたのに?
この時点でとりあえず、今の自分の姿への認識が180度変わった。
だから今日から・・・をしてください。
と、ここで、ある提案が先生からあった。
この手法については、私も患者としての守秘義務とまでは言わないまでもマナーだと思うので、ここには書かない。
が、最後に先生に言われたのは、今日このセッションが終わった後、色々な思いが出てくるでしょう。
そしてそれは当たり前のことです、いうこと。
まさにそうだった。
寝るまで色々な記憶が蘇り、それを自分の中で分析し続けた。
そういえば高校生の時Wちゃんと私の性格のことで喧嘩したな。
あの時のWちゃんの指摘は正しかったのかもしれない。
私は自分が正しいと思っていたけど、それは父から受け継いだ頑固さから来たものだったのだろうか。
父は血縁の親戚には優しいが、非血縁者には厳しかった。
私もそうなのではないか。
私は完全に心を許した相手に、求め過ぎる傾向があるのではなかろうか。
そして、求め過ぎて受け入れられなかった時、今度はその人に理不尽な怒りを感じるのだろうか。
翌朝は目が覚めた途端に、長年忘れていた記憶が二つ蘇ってきたことに驚いた。
幼稚園の入園式の日に、母と登録テーブルに行った。事務手続きをしている職員さんが私に優しく言う。
自分の名札を取ってください、と。
名札はテーブルの上に何枚も置いてある。
ひらがな5文字の自分の名前はもちろんもう読めていた。
なのに、私は混乱した。
この札に自分の名前が書いてあるが、これをすぐ取りあげてもいいのだろうか。
そこには何か他の意味が隠されているのではなかろうか。
今から思うとそんな感情だったのだと思う。
名札を取り上げることができなかった。
自分の名札を認識するのが無理なのだろう、と思った職員は『じゃあ、お母様が取ってあげてください。』と母に向かって言った。
夜、母が家族に言った。
「今日本当に恥ずかしかったのよう、この子ったら自分の名札が取れないの。」
もう一つの記憶も、ずっと思い出したこともなかったものだが、カウンセリングで分析という言葉が何度も出たのでそこから呼び起こされたものなのかもしれない。
小学6年生の時、全校一斉テストが実施された。
テストは簡単だったが、特に最後のページは、どの問題も一瞬で答えがわかってしまった。
そのページには積み木でできた立体がいくつも並べてある。
(隠れているものも含めて)積み木がいくつ使われているのか答えなさい、という問題だった。
現在は小学校受験問題に使われるらしい、空間認識能力を調べる問題なのだろう。
なんで周りの子たちは皆延々と時間をかけているのだろう、と不安を感じたのを覚えている。
今は空間認識能力は完全に衰えていて、積み木を見ても数えるのに時間がかかる。
そして、しょっちゅう物にぶつかる。
が、なぜその二つの記憶が突然鮮明に呼び起こされたのか不思議だった。
2021年2月4日木曜日
カウンセリング 1/2 自分自身のイメージ
「もう更新はないだろうと半ば諦めてブログをチェックしたけど、最新の投稿を読んでみたら・・・
あれでは皆心配するぜよ。」
というLINEがイギリス在住の友人Yりさんから入った。
「美味しいものを食べたいと思わない、って・・・お菓子はパクパク食べてるのんだから、あれじゃインチキでしょ!」ということ。
持つべきものは友だ。
心配してくれた友人から次々メッセージが入って、それだけでも自分がどれだけ幸せか、そしてコロナ禍で大変な思いをしている人が多いのに、なんて贅沢なことを言ってるんだと恥ずかしくなる。
が、カリフォルニアばあさんこと、チビリッツさんから来たメッセージに救われた。
『みきみぃさんのがぜいたくな悩みなんて、全くそんな事はないですよ。
そうか。悩む条件なんてないんだ。
私も悩んでいいんだ。
先週の火曜日あたりからどうも何もする気力がわかない、と思い始め、体に影響が出始め、木金土は怖くなるほど体調が悪かった。
そこで鬱を経験した山歩き仲間S子さんと、カリフォルニアばあさんの娘さんが通われたカウンセラーに連絡したのだった。
S子さんからのメッセージにはこう書いてあった。
ご本人の承諾を得て、S子さんの体験記を、少し加筆してここで紹介させていただくことにした。
2015年の夏頃に、###(ベイエリアの地域名)にある一軒家のテナントを追い出し(これも###の裁判所に行って裁判したので時間や費用がかかりました)、それからその家のリモデルを始めました。
以上がS子さんの鬱になった時から治癒した時までの話だ。
鬱状態がどんなものか知識のなかった私はこれを読んでびっくりした。
そしてありがたいことに私を心配し、電話をかけてきてくださったS子さんの話を詳しく聞いて、もっとびっくりした。
カウンセラーN先生に会うにもオフィスまで車も運転できなかったS子さんだったが、そのS子さんの元にN先生は通って来てくれ、ベッドサイドでカウンセリングを受けたということ。
そして、S子さんが私におっしゃる。
お願いだから、今のうちにカウンセリングを受けて。今のうちに対処し始めて、と。
S子さんの体験記を読んでやっと、鬱状態というのは気分が重いなあ、と悩んでいる状態ではないのだ、とわかった。
体が全く動かなくなるほどの状態、知人が来てもそちらを見ることもできないような状態なのだと理解した。
ということは、私もひどい状態になるのを待つのではなく、今から対処するべきなのだろうと悟った。実際私も先週木金土は普通の食事が喉を通らなかった。(お菓子は食べた。)
遂に先週、カウンセラーに連絡した。
そして今日1回目のカウンセリングセッションがあった。
カウンセラーのH先生(N先生と相談してH先生の方が私には合うと判断した)が話したのは5分足らず。私が話したのは50分。
なのに、自分自身のイメージが180度ひっくり返った。
2021年2月1日月曜日
コロナ鬱?
今年はブログの更新をもっと頻繁にするぞ〜、と思っていたのにもう2月になってしまいました。
みなさま、お元気でしょうか。
私はどうも今年に入って少しずつ鬱状態になりつつあるようで、以下の症状があります。
- 朝起きると口の中で舌が膨張している感じ。
- 頭の中に水が溜まったような感じで、何かを考えるということができない。
- 手足が痺れたような感覚が一日中あり、夜中や朝トイレに行く時フラフラする。
- 突発的に涙が出る。
- 美味しいものを食べたいという気持ちが全くなくなった。
- 明日の朝目が覚めなくてもいい、という気持ちになっている。
2021年1月3日日曜日
ネギ坊主
新年あけましておめでとうございます。
いつも、こんな読みにくいブログを読んでくださって、本当にありがとうございます。
もう感謝感謝です。
今年こそはもっとブログ更新を頻繁にしようと誓っております(毎年)。
そして、コロナ共存生活の中ポジティブに生きましょう。
そう。今年はもっといろいろなことをポジティブに考え、ネガティブな考えに陥らないようにすることを自分に課することにした。
後悔することに意味はない。
今後悔していることは、紙に書きつけて、その紙は捨ててしまうこと。
そしてもう考えないことにしよう。
とにかく何でもいい面を見ること。悪い面を見ない。そしてセラピーを受けることで、もっと人間として成長したい。人間として成長することで幸せになれるのだと思う。
いい面を、いい面を、と考えるようになってかなり気持ちが楽になってきた。
そして、もう人生ラストスパートに入ってきているのだから、今が自分を変えるラストチャンスと考えている。
クリスマスも新年も長男家族とは会うのをやめて、FaceTimeで話すだけにした。寂しいが、次男家族には毎日会えるのだし、今は我慢。
和気藹々と楽しく会話したあと、マリーが作ってくれたパスタで夕食。
マリーはスーパーテイスター(味覚が普通の人より3倍鋭い、人によってはコーヒーや炭酸水が飲めないこともあるらしい)のせいか、何を作っても美味しいのだ。
今年も変わらず食べ物だけはお正月の準備をするつもりだったが、1月29日開店と同時にニジヤに行ったものの大行列。
38人が目の前に並んでいる。入店できる人数制限があるので、25分待った時点で2人が入店できただけ。
まだ目の前には36人いる。
その時点であきらめた。
何しろ寒い。
お正月の食べ物のために風邪をひきたくない。
帰宅してすぐ家族全員にメッセージを送る。
『警報!お正月過ぎるまで日本スーパーには行かない方がいいかも。
多分アジア系スーパーはどこでも混んでいるはず。
今朝私はニジヤ開店と同時に行ったのに、25分経っても行列が全く短くならないので、あきらめて帰ってきた。』
長男から返事が来た。
『1時間行列に並んで今マルカイに入店。何か必要なものがあれば買って届けるけど。』
が、マルカイから帰宅するのに1時間かかる長男に、更にもう1時間かかる遠回りをさせるのもかわいそうで、辞退した。
だから、お正月の夜だがパスタとブロッコリーの簡単な夕食に、今年からお酒を少し飲めるようになりたくて、赤ワインを開ける。
さて、南アのコロナ変異種にはワクチンがどこまで有効かまだわからない、というニュースを見た。
元々ワクチンの有効性に数%だけ懐疑的(もしかして100%元通りには戻らないかもしれない、という意味で)な私は『やはりそうか』と暗い気持ちになる。
2021年はどこまで元の世界に戻るのか。
ワクチンの有効性が証明されれば、今年中に50%ぐらいは元どおりになるのだろうか。
そうも思えない。
マスクや手洗いは引き続き必至だろう。
お店でも3密を避ける方式は続くだろう。
今年、日本には行ってもいいのだろうか。
イリノイ州在住のMささんは、精神安定のために2月末から3週間ほど日本に行くことを思案中、ということ。
イギリス在住のYりさんからも1月末から2月に日本に行くチケットを取った、というLINEが来た。
う〜ん、私も2月に日本に行けばこの二人に会えるのかと思ったが、いくらなんでも感染者数が爆発的であろう真冬に行くのは避けたい。
それもこの二人は首都圏に家があるが、私にはない。
寒い日本にわざわざ着いたあと、2週間の隔離生活は辛い。
やはり無理だろう。
2020年12月28日月曜日
セラピー
パンデミックという予想もしなかった大事件が起きた今年。それでも時は過ぎて行き、また新しい年が始まろうとしている。
それがどうも感覚的にすんなりと入ってこない。
あまりにも外出せず、家族だけと過ごした一年。
が、2020年が終わろうとしている今、私はこのままではうつ病になるかもしれないな、と思うほど落ち込んでいる。
毎朝真っ暗な気持ちで目がさめる。
介護をしていた時が今までの人生で一番辛い時期だったと思っていたのに、介護には終わりがあったのだ。
が、今は終わりが見えない。このまま真っ暗な気持ちがいつまで続くのかと不安になり、どうやって這い上がればいいのかわからない。
毎日イギリス在住のYりさんとLINEでお互いを叱咤激励し合うエクササイズは2ヶ月続いている。
体の健康だけではなく、心の健康のためにセラピストと話すのがいいのだろうと思い始めた。
長男は数年前セラピーに通い、かなり助けられたらしい。その話は次男にはしたらしいが、私にはしない。私がセラピーというものに対して懐疑的だとわかっていたのだろう。
次男は去年の夏から毎週50分リモートセラピーを受けている。今年は隔週で受ける予定。
マリーも今年2月から受ける。
では私も受けようかな、と言うと、次男曰く『いいと思うよ。問題を抱えていない人間なんていないと思うし、誰もがより良い人生を送るためにセラピーを受けるべきだと思う。お父さんも受ければ、ずっとずっと幸せになれると思うけどね。』ということ。
私だってそれはわかる。お金の心配さえないなら、数ヶ月前から受けることを考えただろう。
が、今はお金がかかってもセラピーを受けて、より良い人生を送るために自分を変えたいと思っている。
以前はセラピーを受けるなんて考えたこともなかった。姉がいつも言うように、私は親から愛され屈託がない子供時代を送ったから大丈夫、と思っていたのに、実は自分が『多くの屈託』に包囲されているのだ、と感じる。
では、どんなセラピーを望んでいるのか、どんな話をしたいのか、自分の中に巣食う暗闇がどうやって掘り起こされるのか。もしかしたらセラピストと話すことで、今後の人生の展開が変わってしまうのではないか、などなど考え始めるとまた躊躇する。
まずは自分が残りの人生に何を望んでいるのか。
もしかして、最近ほんのりと割れ始めてきたように見える6パック?
2020年12月11日金曜日
英語を話すということ オマケ 歌
今朝のヤフーニュースによれば、移住したい国#2は日本(1位はカナダ)だそうだ。
アメリカ人にも人気の日本。
日本語のクラスも常に人気がある。
私が高校生/大学生/一般市民を教える時も、いかに楽しく習えるかということばかりに心を砕いた。
楽しい授業じゃないと生徒は途端にあくびをし始める。
特に高校生なんて遠慮なくあくびを連発する。
でも、楽しい授業を作ることは一番難しい。
私にはほとんど楽しい授業なんかできなかったような気がする。
特に難しい生徒(文句・泣き言が多い、クラスメイトが白ける発言をする、など)のいるクラスでは空回りすることも多かった。
でも、高校生でもこういう動画を組み込むと喜んでいた。所詮かわいい年頃なのだ。
自分の授業を生徒はどういう形で覚えていてくれるのだろうか、と時々考えたりする。
私が中高生の時英語の授業は全く面白くなかった。
特に高校時代のI原先生なんぞ、覚醒状態維持困難、などという漢字を羅列したくなるような授業だった。
テストは参考書の英文を(各10文ほどの段落)丸暗記し、一語も間違えずに書くことができるか、という全く意味のないもの。
姉の友人は子供の頃英語塾に通っていたそうだ。
そして1週間を英語で覚えるための歌は、今でも覚えている。
月曜日だけは忘れてしまった、ということだが、その歌がこれだ。
秀逸ではないか!
月曜日は確か月(つき)で始まったような気がする、ということ。
この人がこの英語塾に通ったのは昭和36年頃だそうで、まだアポロ月面着陸の前。
もしかして『月にはもうすぐツキマンデー』?
いや、そんな品のない言い方を塾では教えないだろう。
よし、月曜日の語呂を作ってみようではないか。
こういうのって、作るものでその人の為人(ひととなり)が表れますよね。
あなたも月曜日の歌を作ってみてください。
ちなみに私のは・・・




























