2014年5月17日土曜日

ライオンキング

日曜日に銀行に提出する書類を揃えている。2012,2013年分の税金申告書、過去3ヶ月分の所得明細書、3月と4月分の銀行、株、老後のための預金明細、固定資産税通知書、家屋保険明細、家のローン残額明細など。私たちの分と次男の分全部だ。

夫は所得の明細、銀行の明細などは提出しないと言っている。この家を担保にしてローンを借りるのに、それは必要ないと思うらしい。とにかく少しでも個人情報を提出するのはいやなのだろう。が、万が一どうしても提出が義務づけられている場合を考えて、一応全て揃える。
書類を掘り起こしている

サンフランシスコに移ると毎月の支出が大きく増える。そのことを考えると怖い。その上物件がない。物件が出るとキャッシュを持った人たちの競争になる。それも段々気持ちが萎えて来た理由だ。なにしろロシア、中国、インドからの投資家がどんどん不動産を購入しているので、地価は高騰する一方だ。

が、サンフランシスコに住めばバレエなどの舞台を見に行くこともできる。と思うとやはり引っ越しは魅力的に思える。勿論サンノゼからでも1時間で行ける。が、電車や徒歩で行けるのと、イベントの時駐車場を探して行くのとでは全然違う。

SFオペラハウス

夜のイベントに電車で行くのは億劫だ。友人も皆サンフランシスコ市内での運転がいやなので、一緒に行けない。様々な問題を全てクリアして一緒に行ける友人Mは、イベントの好みが全く違う。夫と行っても楽しくない。

SOMAに住んでいたら、一人で行くのも可能だなあと思う。

サンフランシスコのユニオンスクエア
2年半前姉と夫と3人でニューヨークに行った。この時が5度目のニューヨークだったが、ブロードウェイに行ったのは初めてだった。それまでブロードウェイの舞台に、そこまでのお金を使うことは考えられないことだったからだ。が、この時は行くことにした。子供たちの大学が殆ど終わる頃だったので、学費地獄ももうすぐ終わり、一度ぐらい行ってみてもいいんじゃないかと思ったからだ。

行ったのはやはりライオンキング。ディズニーの映画で見ていたが、人間が動物の格好をしてあの映画を再現するなんて、もしかしたらとてつもなくバカバカしいのではないか、と思った。が、10年以上チケットが完売し続けている舞台だ。何か魅力があるのだろう。

舞台は宿泊していたホテルのすぐ裏にあった。チケットの金額に少しクヨクヨしながら劇場まで歩いて行った。それもギリギリでとったチケットなので、3人バラバラの席だ。

劇場が暗くなって舞台が始まった時出て来たのは、アフリカの民族衣装を着た背の低い女性だ。杖を持った、そのちょっと道化師のような女性 (Tshida Manye) は、右手を振り上げた途端歌い始めた。その時の感動は一生忘れられないだろう。

これがTshida Manye

この世にこんな声を持った人がいる。この世にこんな歌唱力を持った人がいる。この世にこんな表現力を持った人がいる。それは今まで生きてきた中で一番大きな感動だった。この人の声は聞いたことのないような『音質』で、『この世にはこんな声が存在するんですよ、聞いた事なかったでしょ』と攻め続けて来る。

それからの2時間はめくるめく感動の中で溺れそうだった。恋してしまった心臓が入っている胸の中は、嵐が吹き荒れているようだ。この人が好き!この人が好き!と脳髄が叫んでいる。もうすぐ愛する人と別れないといけない、という悲壮感も入り交じっている。しかし、こんな気持ちになったのは自分だけ?もしかして姉と夫にとっては子供だまし?

劇場が明るくなって3人が顔を合わせた時に、3人とも同じ気持ちを共有していたのがわかった。姉も夫も顔が真っ赤になっている。3人がうわ言を繰り返す。基本的にはそれぞれ『すごい。信じられない。あの声は何なのだ。すばらしい構成。感動した。』というような言葉を言っている。夢遊病患者のようにホテルに歩いて帰った。3人共殆どしゃべらない。耳の中でこだまするあの声を失いたくないからだ。

泊まっていたWホテル
その日から数ヶ月間はその麻薬のような声に取り憑かれてしまい、一日中YouTubeでその声を聞いていた。が、YouTubeで聞く歌声は勿論実際のものと同じではない。実際に聞く歌声は完全に麻薬だ。寝ても覚めてもその声が聞こえてくるような、そんな『音』なのだ。何かの楽器から奏でられた音ととしか思えない。この世に存在しない楽器。

そして、麻薬中毒の3人はその半年後ニューヨークに戻って行ったのだ。

続く。