2020年8月5日水曜日

コンビニ難民

コンビニのサンドイッチが食べたい。なぜかあの薄い白いパンにハムのような加工肉がはさんである、あのコンビニのサンドイッチが食べたい。なんでコンビニサンドに取り憑かれてしまったのかわからない。

普段アメリカにいる時はできるだけ加工肉を食べないようにしている。とにかくすぐ口に入れられるものほど有害なものはない、ということなので避けている。が、隔離生活が終わり何でも食べられますぜ、と解禁された途端コンビニサンドが食べたくなってしまったのだ。

朝9時に銀座4丁目のファミマを通り越して、2丁目のローソンに行った。特別小さなローソン店内には10人近くの人がひしめいている。7人ぐらいが行列を作っていて、人と人の間は推定40センチ。床には大量のお水もこぼれていて危険。とっとと出て1丁目のナチュラルローソンに行く。



こちらは少しマシ。店内も2丁目のローソンよりは広いし、4丁目のファミマより余裕がある感じ。それでもカゴを持って移動する人とすれ違うことになる。通路が一方通行ではないというのは怖い。



サンドイッチもナチュラルローソンはセレクションが豊富で、こんなにある。



が、私が食べたいのは生ハムとトマトのジェノベーゼ風(360円)ではなく、海老カツとわさびチキンサラダ(360円)でもなく、新発売パクチーチキンとスイートチリシュリンプ(360円)でもない!



あの安っぽいハムがはさんであり、100円安い260円のミックスサンドなのだ。ようやくサンドイッチを買ってお店を出るが、お茶を買い忘れたことに気がつく。

結局買ったのはこの2点だけど、朝10時に完食するか?


2リッターボトルをかかえて1丁目から4丁目まで歩けない。ということで、4丁目のファミマに戻り麦茶を買う。が、やはり行列に並びやっと買い物終了。店員さんの「ありぁとやした〜」という声を聞きながら外に出ると、なんだか胸が苦しい。私にはコロナ後遺症があるのだろうか。時々胸が苦しくなるが、これは精神的なもののような気がする。でも、もしかしたら呼吸器系に障害が残っている?これでまた感染したら今度はアブナイ?

もしかしてコンビニはデパートよりも危険?いや、地下に食品売り場のあるデパートの方が危険なのでは?いや、人口密度からいくとコンビニの方がアブナイ。デパ地下は昔のように人をかきわけて移動する、という状態ではなく、以前の10%ぐらいの混み具合だと思う。難しいところだ。

が、友人Mささんが送ってくれたこの統計。そごう川口店を除くと、食品売り場の感染は少ない方だ。




東京の検査結果に関しては、だいたい結果が出るまで2、3日かかるのだが、土日はマンパワーの関係で検査数が少ないから月曜日は感染者数が少ない。木金の数字の方が参考になる正確な数字、ということになっているそうだ(Mささんからの情報)。


サンドイッチとおにぎりの両方を朝10時に食べたあと、注文していた日焼け止めがホテルに届いた。箱を開けてみるとなんと今キャンペーン中だそうで、サンプルがついているではないか。



私は皮膚がとても弱いので、この皮膚科医に勧められたものしかダメなのだが、30g2750円は厳しいものがある。キャンペーンでついてきたおまけは、クリームのサンプルが5g、35g2200円の日焼け止めローションのサンプル7g。計算してみると、このサンプルだけで623円の価値がある!

ムフフ、とほくそ笑む。

明日のランチはこれ2パックに決まり

2020年8月4日火曜日

食べたかったもの

もう〜、びっくりしたのなんの!

東京では、今年の3月中旬までのベイエリアとほとんど変わらない生活が営まれているではないか!

人々の意識は以前とは全く違うだろう。以前にもまして手洗いを徹底し、お店には消毒薬があちこちに置いてあり、混んだ電車を避ける。でも、ベイエリアとは雰囲気が全然違う。

軟禁されていた(?)成田のホテルで陰性のお知らせ電話を受け取ったあと、特別コロナ対策ハイヤー(と言ってもワゴン車である、というだけでビニールシートもなく、普通のタクシーとの違いは何もなかった)に乗って東京に移動した。



晴海埠頭のタワマンを見た時「あ〜、都会に移動してきたんだなあ。」と感慨深かった。滞在型ホテルの前でハイヤーを降りる。



ちなみにハイヤーを降りる時「クレジットカードで支払いはできますか?」と聞いたが、できないと言われ心がポキっと折れた。1万円札を3枚。心がポキポキ鳴っている。アメリカではもう長い間キャッシュを使ったことがない。今やチップもApple Payで払うから、最後にお金に触ったのはいつだろう、と考えてみないと思い出せない。やはりカードで支払いをすると現実感がないが、キャッシュを使う時は『お金つこてしもたぁ』と気持ちがヒリヒリする。

食べ物を買いに出て驚いた。街が動いている。歩いている人の数は以前と比ぶべくもないが、それでも街が動いている、という印象を受ける。ベイエリア、特にサンノゼにいる時見る歩行者は、ジャージーはいてエクササイズのために歩く人のみだからだろう。日本では人々が小綺麗な格好をして歩いている。




夏なのに誰もがマスクをしているのは以前と違うけど、厳格にソーシャルディスタンスを守っているとも思えない人々も結構見かける。お店では普通にすぐそばをすれ違う人もいる。

例えばベイエリアの生活はこういう感じ。
  • カフェは営業しているが、入り口はブロックされていて、テーブルが置いてある。そこにあらかじめスマホで注文しておいたコーヒーなどが並べてあり、その横には店員さんが立っている。自分の飲み物をもらいスマホでチップを払い立ち去る。店内には一切入れないし、外のテーブルも全て撤去されている。


スタバに座っている人が何人も見えた
日本滞在中に入ってしまいそう

  • Trader Joe'sなどのスーパーに行くと店前では2メートルの間隔を置いて列を作り、お店に入る時は店員さんがクリーニングをしてくれたカートを一人一人に渡してくれる。店内は一方通行。自分の買い物バッグは持ち込めず、紙袋は1枚につき10セント払う。もちろんそのまままっすぐ帰宅する。
  • 最近デパートなどは営業再開したが、閑散としていて次々と老舗百貨店が閉店に追い込まれている。レストランはイートインができない。テイクアウトのみ。
  • ヒロは公園が大好きだが、3月以来公園に連れて行けなくなった。道から公園の遊具を指差してThat's dirty.と言う。滑り台もブランコも使うのは禁止されていて、次男とマリーが遊具は汚くて使えない、とヒロに教えているからだ。
  • 若い人たちがタピオカドリンクなどを買って皆でおしゃべりしていたのは3月まで。今はテイクアウトのみだから、買ったタピオカドリンクは家に持ち帰って飲む。友人たちと集まっておしゃべりする姿はない。たむろしてもお互いに2メートルの距離は保つ。

なのに、なのに・・・日本はもう少し自由に見える。まだほとんど街の様子を見ていないので、わからないが普通の生活に近い雰囲気が見える。多分アメリカでの感染予防対策は全て日本でも同じ様に取られているのだろう。

それに、感染者はアメリカとは比べ物にならないほど少ない。そりゃ、お店も営業を続けるだろう。レストランで食事をし、カフェでコーヒーも飲みたくなるだろう。私も危機感がポロポロと剥がれていくのを感じる。

そもそも感染地域からの日本入国者への生活手引きには『原則遊びに行くのは不可です。不要不急の外出は控えましょう。もちろん、食事のために外出するのは可能ですが、必要最小限にとどめるようにお願いいたします。ただし、守らなかった場合の罰則はありません。』と要請されている。アメリカのようにドローンで見張られていて罰金$400なんていうニュースもなさそうだ。

いや、わかっている。日本でも人々は感染を恐れているし、マスクははずさないし、手洗いを徹底し、遊びにも行かず、ソーシャルディスタンスを取っているのだろう。スーパーにも一人で行き、買い物がすんだらそそくさと帰宅するのだろう。実際街は閑散としているではないか。

だが、繰り返すが雰囲気は違う。デパートは入り口と出口をしっかり分けてあるし、入り口付近では検温も行われている。以前は混雑していた食品売り場も今はガラガラだ。でも、私の気持ちは一気に緩んでしまいそう。


丸ノ内仲通も人がテラス席で楽しそうに歓談している
でも、以前に比べると人出は激減


間違った安心感を持ってはいけないのだ。不急不要の外出はしない、必需品を買う時は手早く、タラタラと街を歩くな、と自分に言い聞かせる。食べ物だけ買ってホテルに戻れ。ということで、少しだけ散歩をしたあと食べ物をさっと帰ってさっと去る。

ランチスペシャルの和食を食べにKITTEビルに行きたいけど、やはりそれは不要不急ではない。それに2週間の自己隔離期間が終わっても、窓が開放されていない場所での食事はちょっと怖い。7月15日と31日の時点でコロナにかかってはいなかったとしても、その後いつでも感染はありうる。

とにかく成田で歩かなかった分、東京では歩こう。公共交通機関は使えないが、マスクをして人を避けながら戸外を歩くぐらいは大丈夫だろう。

全粒粉クロワッサンとアールグレイ・チョコチップスコーン、お昼ご飯用のお弁当を買ってきてまたベッドの上で食べる。

もろこしご飯と煮物のお弁当(860円)がおいしかった


さて、夕食は何を食べるか。電車にも乗れないから観光をするわけにも行かず、当分京都にも移動できない。では、時々はちょっと値段が張ってもいいから(最高1500円まで!)食べたいものを食べよう。

が、私が夕食に選んだものはこれ。これが食べたくて食べたくてたまらなかったのだ。

どうしてもサンドイッチが食べたかった


久しぶりに食べる時ワクワクした。ホテルの目の前似あるお店から調達してきた上の写真の夕食。

なぜに?

2020年8月2日日曜日

隔離生活

トイレに行く時以外はずっとベッドの上で生活している。

いや、病気ではない。成田空港のそばの政府指定待機場所であるホテルの一室に軟禁(?)されているのだ。一日3度のお弁当が部屋のドアノブにかけられると、それを部屋に取り込む時だけドアを開けることが許される、という生活だ。そしてその生活は空港で受けたPCR検査結果が出るまで続く。

一昨日の朝サンフランシスコ空港からANAで成田に飛んだ。

サンフランシスコ空港に行く道中ずっと『フライトドタキャンするか?』と
迷い続けた朝でしたがね

後にも先にもこんな閑散としたサンフランシスコ空港は初めて見た。


免税店、ラウンジ、デリなどのお店、ブランドショップも全て閉店、
なぜか寿司屋とNews Standと呼ばれるコンビニのような小売店のみ営業中

緊張感がつのる。ここまで人が飛ばないっつーことは、飛行機内の環境が危険だからなんじゃね?という緊張感。

いや、飛行機の中では病院と同じように空気が上から下に流れている、全ての空気は3分置きに全とっかえされていると聞いた、と自分に言い聞かせる。

フェイスシールドをつけた人も多いが、そもそも乗客の絶対数が少ない

普段なら間断なく飛行機が発着陸をしている空港なのに、
この日ほとんど動きはなかった(ように見えた)


ゲートにはほとんど乗客がいず、警官が6人ぐらい搭乗口で一人一人の乗客の顔をパスポートと照合している。

私は今回持てるマイルを全て使ってビジネスクラスの座席を予約していた。その理由は、
  1. ANAのビジネスクラスの座席は隣に誰も座らないようにデザインされていて、機内での感染危険度が少しは下がるかもしれないと思った。
  2. ユナイテッド航空のマイルが貯まっていて、それをコードシェアしているANAのフライト予約に使うことができる。ユナイテッド航空は先日も36000人のリストラを発表したばかり。今後特典旅行で飛ぶには必要マイル数が激増するかもしれないから、マイルを使って旅行するのは今がラストチャンスという可能性もある。かも?
  3. 成田空港で優先的に降機することができれば、PCR検査も優先的に受けることができ、その日のうちに東京に移動できるかもしれない。(実際ANAにして良かったのは、おしぼりがひっきりなしに配られること、トイレが使用されるとすぐ掃除されることだった。)
機内食は全てカバーして出された

さて、いつもながら一睡もできないうちに成田空港に到着したのは午後3時。

帰ってきたなあ、といつも感じさせられる風景

コロナ感染が拡大している首都圏だが、やはり日本に帰ってきたという安心感で嬉しくなる。同時に今日これからどういう状況が待ち構えているのか、と一抹(いや、百抹ぐらい)の不安もある。

着陸少し前に配られた書類は体調に関する質問、空港から
自宅、あるいはホテルまでの移動に関する質問用紙

そもそも7月15日に受けたPCR検査結果が、サンフランシスコ空港を離陸する直前に送られてきた。結果をダウンロードするにもモバイル通信はオフにしてください、と言われたあと。成田に着いたら空港のWiFiに接続して結果を見ることになるが、陽性だった場合どうするのだ?と一瞬思う。

いや、症状も何もなかったのだから大丈夫。それに陽性だったらいくらなんでももっと早く結果を送ってきただろうし、と自分に言い聞かせる。結果は陰性だった。

子供のいる乗客、乗り継ぎのある乗客(国内乗り継ぎは禁止)、自宅に帰宅する人、自宅に移動できない人、の順で飛行機を降りることができる。つまり私は一番最後のグループに属する。なにしろサンフランシスコから関空までのフライトもない今、私のように自宅まで車で移動できない人は、PCR検査結果が出るまで空港で待機するか、成田空港そばにある政府指定のホテルで隔離生活をするよう義務付けられている。PCR検査結果を待たずに移動できるのは、公共交通機関を使わずに自宅に帰る手段がある人に限られている。

検疫が終わって政府指定のホテルに行く予定だったのが、
案内係の人とはぐれてロビーに出てしまった
つまりこの辺りは外国人入国者規制の詰めが甘い


この事自体には問題もあると思う。一体厚労省はどういう基準でこういうルールにしたのだろうか。PCR検査結果を待たずに自宅に帰る乗客、その人がコロナ感染している場合、日本で家族や周囲の人を通じて感染が拡大する可能性はあるのでは?まあどちらにしろ検査結果が陰性だったとしても、潜伏期間中だったら知らずに他人に感染させる可能性は誰にでもあるのだが。

とにかく、午後3時着陸、PCR検査待機のためにスチールの椅子に座ったのが3時25分。私の乗った便の前に到着した3便分の乗客のあとの検査になる、と説明された。順番をひたすら待つこと2時間。その後の検疫、入国審査やホテルに移動するための待機など含め空港には6時間いた計算になる。7月29日から成田空港第2ターミナルと羽田空港で抗原検査はすでに導入されていて、成田空港第1ターミナルでも8月3日から導入、待ち時間は飛躍的に短縮されるらしいが。

この一連の動きはスムーズに計画、運用されていてさすがニッポン!と嬉しくなる。とはいえ、英語での説明ができる係員が少なく、私の横にいたミネソタ出身であり英語教師としてこれから日本で働く予定のダン君は不安そうだ。私が通訳をその都度してあげているのを見て、係員の方々は何かを説明するたびに私の顔を見るようになった。

こんな時私は、日本に好印象を持ってほしい!という愛国心のかたまりとなって、その後数時間にわたり(いや、今はメールでもつながっている)ダン君のお抱え通訳として世話を焼くといういつものパターンになる。

検査がすんだあとも、2時間ごとに(らしい)出発するホテルまで移動するバスを待たねばならない。待つのが普段より大変だったと感じたのは、暑くて湿度が高い中マスクをしているのが原因だったようだ。これでかなり体力を消耗してしまった。

バスを待つ場所には、ダンボールで作られた簡易ベッドがあるが、
ここで待機してくださいと言われても意味がわからない外国人が
次々と私に状況説明を求めてと聞きに来るようになった

その外国人たちにお水や糖質たっぷりのスナックの存在を教える私は
おせっかいばあさんか?

が、コロナ渦の中日本に来るのだから暑いとか待ち時間が長いなどと文句は言えない。検査結果が出るまでの2泊3日を政府指定のホテルで過ごすのだが、その費用は全て無料なのだからありがたいばかり。


バスのシートは全てビニールで覆われ、窓外も見えないが、
係員からホテル到着時についての丁寧な説明がある

ホテルに到着すると部屋番号が書いてある紙を渡され、個々にエレベーターに乗って部屋に誘導される。

部屋は基本的にツインで、ドアノブにかけられた食事を部屋に入れる時だけ
ドアを開けることが許される、つまり外出もできず自販機にもいけない

この時点から2泊3日、計5食昼寝付きなのだ。

部屋に入る時に渡された夕食、食事には必ずおにぎりと
カップ味噌汁がつく(この時は昆布のおにぎり)


2日目朝のお弁当

2日目ランチ、これにマーガリンとジャムのついた白パンサンドと明太子おにぎり

2日目夕食
無料でいただけるとは、本当にありがたいことです

さて、今朝検査結果を知らせる電話がかかってくる予定で、晴れて陰性なら公共交通機関を使わない、というのを条件にどこにでも移動できる。つまり、ハイヤー(コロナ感染対策が施された特別なハイヤー)、レンタカー、あるいは自家用車を使う限り滞在先に移動できる。

私の場合は銀座にあるホテルに移動するが、ハイヤー料金は3万円かかる。これは結構痛い。でも2泊のホテル代と食費がかからなかったんだから、と考えることにする。日本のみなさん、血税使ってゴメンナサイ!

ホテルの部屋から一歩も出られないのだから、部屋でエクササイズをしたい人は多いだろう。エコノミー症候群にならないように、と狭いスペースでできる運動の手引きもちゃんと用意してある。だが、私の場合そういうものは、まるで見てはいけないものを見た時のように、ササッと裏返す。

2日もエクササイズができない、と辛く思う人は多いのだろう、多分

つくづく思う。私はこういう動かない生活があまり苦にならない人なのだ。いや、あまりどころか全く苦にならない。

一日中ベッドに寝転がって本を読んだり、iPadを使ったりしているとあっという間に時間が過ぎる。ベッドの上にはお菓子や老眼鏡などを置き、動かなくても全てが手の届くところにある。2日目にはお弁当さえベッドの上で食べるようになった。このまま2週間ぐらいすぐ過ぎてしまいそうだ。

自分に『正真正銘の怠け者』という折り紙をつけた。

注!VOSSウォーターボトルの中はお水で薄めたお茶デス

2020年7月26日日曜日

The City Bakery

PCR検査を受けた7月15日から10日がたった。

結果。

まだ出ていない。

もし私が陽性だったらウイルスをあちこちでブンブン飛ばしているかもしれない。いや、どこに行くにもマスクはしている。が、100%大丈夫なんてことはない。

縫い物ができないので、Macy'sでマスクを15枚買った


別に症状があるわけじゃなく、PCR検査を受けませんか?というお誘いメールが市から来たので、受けてみたのだ。

最初は家からほとんど出なかった私も、最近はスーパーにも行くようになったし、託児所に通うヒロとも会う。戸外で会うようにしているが、それでもヒロから感染する可能性がないとも言えない。


コロナの抗体は半減期およそ73日という研究結果もある。コロナにかかっても軽症ですんだ人の抗体は急激に減少する、などという話を読むと怖い。が、今のところ自分では健康だと感じるし、コロナ後遺症もあるとは思えない。

なのに、毎朝とても不安な気持ちで目が覚める。日本にも今年中に行かねばならない用事があるが、移動するのは怖い。それでも秋冬はコロナが猛威を振るっているかもしれないから、日本に行くとしたら今しかない。が、怖い。日本でコロナに感染したら入院するのだろうか。いや、サンノゼは感染者が毎日激増している。日本の方が安全なのではないだろうか。一日中頭の中で不安がグルグル回っている。

京都に行くにしても関空行きの便がないのだから、成田に飛んで2週間自己隔離したあと京都に新幹線で移動しないといけない。新幹線は危なくないのか?飛行機だって怖い。が、飛行機は病院と同じように空気が上から下に向けて循環されているので、新幹線よりはリスクが低いような気もする。

心配性の私の頭の中には次から次にオンラインで読んだコロナに関してのニュースが浮かび、具合まで悪くなってしまう。こんな時自分の過剰に心配する性格がいやになる。コロナのニュースばかり読んでいるから、ここまで不安になるのだ。ヤフーニュースをクリックすると、コロナ関係のニュースばかりが出てくる。私がコロナに関しての記事ばかり読んでいるので、ヤフーも学習してしまったようだ。脳を入れ替えたい。

そんな時東京の友人から送られてきたメール。私が東京で行きたいのはThe City Bakeryというパン屋さんだ、と書いたメールへの返事に写真がくっついていた。吉祥寺に来たので行ってみました〜、と書いてある。

日本、行くか?

友人からの写真が私の脳をクリックしてしまった。

『不安』はパンによって『欲望』へと上書き保存された


2020年7月17日金曜日

コロナ抗体検査結果

抗体はなかった!



途端に怖くなった。今後またコロナ感染する可能性はやはりあるわけで、その場合再感染ということで症状は軽いのか、あるいは前回に比べてもっと重いのか。

感染しないようにしなければならない。サンタクララカウンティー(サンタクララ郡)も含めてカリフォルニアの感染者数は増えている。

前回はどこで感染したのだろうか、と遡って考えてみた。

コロナの最初の症状が出た日ははっきりと覚えていないが、2月の下旬だったはずだ。

最初に何かがおかしいと感じたのは、朝起きた時まぶた(腫れていた)、
目の下、鼻の下などの粘膜付近と頰が赤くなっていた2月25日

一番ひどかったのが、救急病院に行った3月1日から3日まで。3月2日に嗅覚を失い、6日には庭で葉っぱから出る葉腋の香りがほんのわずか感じられ、7日の朝1時間嗅覚が戻り、8日は嗅覚完全になし、9日の朝戻ったものの夕方からまた失う。完全に嗅覚回復したのは10日の午後。6日には結膜炎症状まで(目が少し赤くなったが結膜炎とは思っていなかった)出ている。

感染したのはおそらく2月中旬から下旬にかけてだろう。

私は父に似てメモる人なので、その頃の『お出かけ』をチェックしてみると、まず2月13日に美容院に行っている。が、13日に感染して12日後まで症状が出なかったとは考えにくい。次の外出は15日。友人2人とメキシカンを食べてその後タピオカドリンクのお店に行ったが、お客さんはほとんどアジア人。この日は私が注文し、できた食べ物や飲み物を取りに行き、支払いの時レジの人と話した。だから、他の2人は感染せず私が感染した?いやいや、2人を私の車に乗せて20分以上は運転している。車の3密状態で感染しないとは考えにくい。

だから、やはりこの日でもなかったような気がする。

次の外出は19日、Valley Fairというモールで他の友人とカフェに行き、1時間ほどモールを歩き別れた。が、これでもないような気がする。

そして21日にマリーを救急病院に連れて行った。自分でも痛みに対する耐性がとても低い、というマリーは目の痛みで泣き叫んでいた。何度も何度もお医者さんに早く会えないか受付で聞いてくれ、お医者さんがまだ来ないかその辺をチェックしてくれ、と頼まれて私は病院内をウロウロした。

救急病院の待合室

この時コロナはもう流行し始めていたので、私はマスクをしたのだが、途端に待合室の人たちからジロッと見られはずす。感染はこの日だったのかもしれない。症状はこの4、5日後に出始めた。

今はどこでもマスク、マスク、マスク


ということは、

感染から、顔粘膜付近が赤くなり咳の症状が出た日(最初の症状)まで早くて4日
最初の症状が出た日から救急病院に行き肺のレントゲン(肺炎はなかった)を撮るまで4日(感染後8日?)
最初の症状が出た日から嗅覚を失うまで5日(感染後9日?)
最初の症状が出た日から呼吸が苦しくなった夕方まで(吸入薬の副作用?)6日(感染後10日?)
最初の症状が出て結膜炎まで9日(感染後13日?)
最初の症状が出た日から100%嗅覚回復まで13日(感染後17日?)
最初の症状が出た日から完全に回復したと感じるまで17日(感染後21日?)

ということになる。

実は昨日、抗体検査結果が出る前にPCR検査も受けた。結果が出るまでには2−7日かかるらしい。

検査場には検査を待つ車の列もほぼなかった

検査場のすぐそばが墓地って・・・


これで陽性と出たら・・・と考えると本当に怖くなる。コロナに感染して辛い思いをしたのに、獲得していたであろう抗体がなくなるなんて、踏んだり蹴ったりではないか。とぼやきながらも日本の美味しいもの写真を見てしまう。

実はコロナ太りでこの4ヶ月の間に2キロ増えた。

英語で私の今の状態を表す言葉
パーフェクトストーム

2020年7月15日水曜日

コロナ抗体

どうもこのところコロナに対する恐怖感が薄れてきて困っている。

コロナに関するニュースがまだ少なかった2月に感染した(はず)せいか、その後は抗体もできたし大丈夫、という気持ちがあるのだと思う。



が、抗体は数週間から数ヶ月でなくなる、というニュースがどんどん入ってくる。感染3ヶ月後COVID-19中和抗体が高レベルで持続されている患者は、調査対象の患者90人のうち16.7%にとどまったというのもその一つ。

その上最近の研究では、後遺症として身体中に血栓ができる、脳に障害が残る、などなど怖い事実ばかりがクローズアップされて、楽観的なニュースは何もない。そもそも抗体がなくなるということは、ワクチンだって一度受ければ大丈夫どころか、毎年受けても効果がない可能性だって出てきたわけだろうと思う。つまり集団免疫も無理?

アメリカではワクチンができても接種しないと言う人は人口の3分の1だそうだ。ということはどちらにしても集団免疫はできそうもない。

変異したコロナは今までの6倍もの感染力がある、というニュースも今朝読んだところだし、とにかく自分は高齢である、ということを肝に銘じて気をつけないといけない、と思う。思うのだが、やはり抗体が・・・という油断がある。

夫は時々職場に行くが、帰宅したあと着替えている様子がない。靴もはいたまま家の中に入ってくる。(現在のイライラ原因No. 1!)




次男一家の家のリフォームを手伝っている
これは書斎ビフォー
書斎アフター


ドアノブを交換ビフォー

アフター



だから、今日の午後抗体検査を受けることにした。COVID-19 IgG検査だ。コロナ感染後4ヶ月が経過した。果たして抗体はまだあるのだろうか。

どうか抗体がまだありますように。「とーちゃん、かーちゃん、よろしく」と両親の写真に向かって話しかける。

こんな時だけチチカカ頼み