2014年1月5日日曜日

ゴールド会員

今年は日米6往復半、あるいは7往復半することを決めた。今まではアメリカに2ヶ月滞在したら、日本に1ヶ月から1ヶ月半滞在というパターンだった。アメリカに帰ってすぐ日本に来ることあるので、年間4から5往復がここ数年のパターンだ。


が、今年はアメリカ1ヶ月日本3週間弱を基本とする。例外は初夏の1ヶ月半の日本滞在、真夏は1ヶ月半アメリカに避難という計画だ。マイレージで取れるチケットは1回分しかない。つまり5回半はチケットを購入しないといけない。それプラスエコノミープラス席の料金がかかる。ということでリサーチを始めた。


来年はプレミアゴールド会員になることができそうだ。プレミアゴールド会員になるにはまずチケット購入価格の合計が年間で5000㌦を超えないといけない。その上年間5万マイル飛ばないといけない。この5万マイルはマイレージで取ったチケットの飛行距離は含まれない。5回半の往復で航空運賃は当然5000㌦を超えるだろうし、6万マイルにはなるだろうからゴールド会員になれる。


エコノミープラス席だが、大体片道で140㌦平均と考えればいいと思う。つまり140㌦x13フライトで1820㌦かかることになる。が、よく調べると1年分のパスを買うことができることがわかった。これが699㌦。が、1月に帰国する際のエコノミープラス席はもう買っている。確かこれが120㌦ぐらいだった。つまり、今年エコノミープラス席に使う額は820㌦ぐらいになりそうだ。パスを買うことでちょうど1000㌦の節約。

プレミアゴールド会員の特典は次のようなものがある。
  1. エコノミープラス席が無料。
  2. 購入したチケットに限るが、ボーナスのマイレージが加算される。例えばサンフランシスコ成田間は5124マイルだが、50%のボーナスが加算されるので7686マイル飛んだと計算される。
  3. 会員以外の乗客は23㌔までのバック1個しかチェックインできないが、ゴールド会員は32㌔のバックを3個までチェックインできる。
  4. ラウンジが使える。
  5. フライト予約の変更料金などのディスカウントがある。
などなど。

レストランの窓から左大文字や
本願寺を見る
先週サンフランシスコ空港ではちょっとだけ特別扱いを受けた。搭乗券にTSA Preと印刷してあったのだ。つまりセキュリティーチェックが緩和される、という意味だ。靴、ジャケットを脱ぐ必要なし、パソコンをバックから出す必要なし、X線検査が簡単などなどチェックはかなり略される。セキュリティーの列も別だ。これが嬉しい。だからゴールド会員として一年間特別扱いを経験してみるのも楽しいかも。と庶民は考える。


姉とこの計画を話しながら湯葉料理のお店で食べた。このお店は大きな窓から京都の街が一望に見える。いつ行っても行列ができている。11時半に行ったらもうお店はいっぱい。


父にアンパンを買って帰り、夕方ホームに行ってみた。今日の父は最初は穏やかだったが、段々補聴器のことが不安になってきたようで、昼用の補聴器をなくしたらどうなるか、代わりがないのは心配で仕方ないと言い募る。昨日は補聴器がもうすぐ届くということで納得していたので、今日の突然の変化の理由がわからない。

説得するのに2時間かかった。途中からは姉にSOSして一緒に説得してもらう。今日はどうにもならない。明日まで待ってくれたら、朝一番に補聴器センターに電話して、どうにかならないかどうか聞いてあげる。それまでは我慢するしかない。父は不安で不安で仕方ない、補聴器だけは絶対必要だと言い張る。が、最終的にはやっと納得した。

大きな声で何度も何度も同じことを繰り返すのはものすごい体力を必要とする。我慢強くないとストレスで爆発しそうになる。だからストレスを受けないように、姉が父と話している時は無の心境になる。

それにしてもこの先父のアルツハイマーはどう進行していくのだろう、とやはり将来を憂える。先が見えない。このままホームにいることはできるのだろうか。

将来への憂いのないアプ
帰宅すると2階の窓に待っている姿が見えた
愛いやつ

2014年1月4日土曜日

年賀状

父が夜用の補聴器を使わなくなって1週間以上たった。が、父は毎日質問する。夜の補聴器がないので、修理してもらえないか。なにしろどこのお店もお正月休みで、補聴器の注文は12/28日までだったのだ。28日までに注文していれば翌々日ぐらいには手に入っていたはずなのだ。ところが壊れたのは29日。ぎりぎりで注文できなかった。

問題の補聴器
メーカーはどこも1月6日まで閉店したままだ。6日に注文すれば7日に手に入るかどうか。夜用の補聴器がないことで父はかなり混乱している。昼用の補聴器は23万円なのでかなり高価なものだしそう簡単にはスペアを買うことができない。が、夜用のは去年のお正月過ぎに4万円で買った。スペアぐらい買ってあげてもいいだろう。それにアマゾンで調べるとなんとその半額だということがわかった。22000円で一つ注文したが、注文ボタンをクリックした途端に『お届け予定8〜12日』と出る。ドキッ。

父は子供に少しでも多くお金を遺したい、と思う人なので何も買わない。買い物は100円ショップでするだけ。いや、以前はお買い物大好き人間だったのだ。が、アルツハイマーの症状が出始めてからは出かけるのも面倒らしく何も買わなくなった。100円ショップで買った扇子でさえセロテープで修繕していつまでも使う。


父に買ってあげられるのは洋服、パジャマ、補聴器ぐらいだろう。昼用のは秋に注文しようと思いお店から出張サービスを頼んだ。が、最新の補聴器の音質になじめない父は試聴している間に疲れてしまった。だから注文はまだしてないのだ。このところの父の混乱を考えると、なじんだもの以外は受け入れられないことは明白だ。昼用の補聴器も今までと同じものを注文するしかないだろう。

『今の補聴器は修理に出している。だから夜も昼用の補聴器をつけたまま寝たらいい。修理からは近いうちに返って来るが、その他にも同じ補聴器を注文している。それは1月8日頃届くはずだ。』

父にこう説明する。父はそれを聞いて喜ぶ。が、30秒後に同じ質問をする。このところの父の混乱はすさまじい。アルツハイマーの中期に入ったようだ。

が、年賀状を書きたいということなのでハガキを持って行った。父は相手によって書く文章を考える。あとで見てびっくり。友人たちには『お元気でいてください』と書いているが去年亡くなった父の妹の夫、つまり義弟には『お元気でよい供養をお願い致します。』と書いているのだ。妹が亡くなったことさえ覚えていないのではないか、と心配したがその必要はなかったようだ。



それにしても父は昔達筆だったのに、本当に字が下手になったなあと思う。


今日の気分転換
御池通のカフェでランチ
京都では唯一都会風の通りだ

とにかく今日の父は穏やかで補聴器のことを何度も聞きはするが、心配はしていないようだ。このまま火曜日辺りに新しい補聴器が届くまで大丈夫だろう。

と思ったのが大間違いだった。

続く・・・

2014年1月2日木曜日

初売り

父は夕べ大丈夫だったのだろうか、と心配しながらも朝からデパートの初売りに出かけることにした。京阪電車で祇園四条まで行き、そこから四条河原町にある高島屋まで歩く。祇園四条は以前はただの四条京阪という駅名だったし、清水五条も以前は五条京阪という駅名だった。

四条大橋から南座方面を見たところ
アクセサリーなどを見たあと次は何を見に行こうかなあと考える。が思いつかない。実は何もほしいものはないのだ、と気がついた。スポーツブランドのトレーニングパンツだけを買って四条烏丸のカフェでランチ。そして藤井大丸で食料品を買って帰ることにした。それにしてもすごい人ごみ。午後1時頃の四条通は人人人だ。

夕方はいつものように父のホームに行く。父は険しい顔をして食堂に座っていた。部屋に連れて帰り着替えを手伝ったあとアンパンを食べる。父はアンパンを見て真ん中に指を突っ込む。食べ方がわからない、と一瞬混乱していた。どうも家に帰ったということで、自分を取り巻く環境が変化した数時間の後遺症から抜け出せていない。

年賀状下書きをしてみる
『変りないかよトモダチ』
とおどけて書く父
食べ終わったあと昨日来ていた年賀状を見せた。一枚一枚一緒に見ながら、差出人のことを聞いてみる。父はどの人のことも覚えていて、この人は本当に親切にしてくれた、本当に良くしてくれたと言う。つまり、父のために何かをしてくれた人しか、父は許容しなかったのではないか、父に親切にしてくれた人たちにも、父は何もしてあげなかったのだろう、と思いながら聞く。父は自分勝手な人なのだから。

小さい頃からそんな父が恥ずかしかった。『自分よりも下位』と判断した人には横柄な態度を取る父のことがいやだった。でも子供だから父への愛情があるわけで、その辺りの葛藤は子供なりにいつも感じていた。『自分より上位』の人にはへつらうくせに、それでもその人が自分に理不尽なふるまいをした、と感じた途端相手に詰め寄って謝罪を求める。謝罪させると今度は一転して自分が優位に立とうとする父を見るのは恥ずかしかった。

そんな父の性格は一生変わらない。子供の頃は恥ずかしい思いをするだけですんだが、今度はホームや病院でちゃんと生活していけるように、子供が面倒を見ないといけない。父の面倒なんかもうみたくない、と日々思う。が、人間として子供として父を捨てることができない。


明日は父に年賀状ハガキを持って行ってあげて、一緒に書こうと思う。父にそのことを言うと破顔して、それは楽しみだと言う。父と少し練習してみる。が、明日になったら険しい顔で、そんなことはしたくないと言い始めるだろう。去年は父もかろうじて宛名を書くことができたが、今年は無理だろう。一文だけでも書ければ万々歳だ。

帰り道スタッフに呼び止められた。夕べ父は補聴器のことで混乱して、娘に電話してくれとかなり騒いだらしい。スタッフも若い女の子で今晩のことが不安らしい。「大丈夫でしょうか。」と聞いてくる。気持ちはわかるがこちらもできることはしたのだ。重苦しい気分になる。

が、重苦しい気分もアプの顔を見ると少し晴れる。2階廊下にラグを敷いて作ったドッグランでアプと遊んでやる。



最近一気に体重が増えたアプ
全速力で走っているのがおわかりでしょうか

2014年1月1日水曜日

父との元旦

多分今年が父の最後の家での元旦になると思ったから、昨日から家に帰って2泊する計画をしていた。が、父はお正月に家に帰って風邪をひくと大変なことになる、病院も閉まっているし、と不安がる。結局元旦の朝父をホームに迎えに行って、お昼と夜を家で食べてからまたホームに帰る、調子がいいようなら一晩家に泊まり明日帰る、という計画に変更した。

我が家で用意したおせち料理

11時に父を迎えに行く。父は何か忘れ物があるんじゃないか、と不安がる。何かを忘れたら取り返しがつかない、とでもいうような不安がりかたでイライラするが、我慢する。自分がこんなことでストレスを受けるのはバカバカしいからだ。なにしろ父の不安の訴えは度を越している。対処していると気が狂いそうになる。

家に帰っておせち料理、おかゆ、お雑煮と用意する。父はお酒を少し飲みたいようだったが、ビールにしよう、と言ってこっそりノンアルコールビールを用意した。父はビールと信じて飲んでいたが、やはり味に物足りなさを感じたようで、お酒が飲みたいなあと3分おきに言う。お酒は薬の副作用が出やすくなるからダメ、と納得させるのだがやはりまた3分後に同じことを言う。ここでもまた気が狂いそうになる。

父用おせち
電気毛布を膝に乗せてあげて、その上から毛布をかけても父は寒い寒いと言い募る。食後お布団に入らせたが、父の頭の中では『寒い、風邪をひくかもしれない、病院は開いていない』ということがぐるぐる廻っているようだ。ベットの中から、そばにいてほしいと言う。勿論そんな父の不安に付き合ってはいられないので、断って2階に上がる。

しかし、すぐ父の呼び声が聞こえる。不安なのだそうだ。家にいたくない。ホームに帰りたいと言い始める。まだ1時半だ。ホームには帰るとしても7時頃がいい。なにしろ夕食は家で食べて来ますと言ってあるのだ。

実はおせち料理はできあいのものを買ったんです
が、父は5分おきに階下から呼ぶ。もう家にいられない、寒過ぎる、風邪をひく、と念仏のように唱えているのだ。

結局ホームに帰ったのは4時半。おにぎりを作っておせち料理を詰めて行っていたので、それを部屋で食べさせて5時半に帰宅することにした。が、父は不安でいてもたってもいられない、という状態になっている。

が、こっちももうストレス飽和状態で、父とあと5分も一緒にいるのも耐えられない、という気持ちになっている。スタッフが大丈夫、心配ないからと父に声をかけてくれているのをいいことに、着替えなどの手伝いを頼んで帰ることにした。

父が死んだあと『父がまだ完全にボケてなかった最後のお正月にもっと我慢してつきあってあげたら良かった』と後悔するんだろうなあ、と思いながらの帰り道だった。いつもそうだが、そういう気持ちの時家に直帰できない。元旦にも開いている近所のスーパーに寄ってカプチーノを飲んで帰ることにする。何とも言えない重苦しい気分だった。

スーパーにあった超小型コタツ
アプが入ったらいっぱい、というぐらいの大きさ
このかわいらしさ、なんだか和む・・・

2013年12月31日火曜日

賢犬

アプは賢い。



人一倍、いや犬一倍賢い。



オシッコは時々ちゃんとオシッコシートの上でしてくれる。





眠い時は知らせてくれる。遊んであげていても甘噛みがひどくなる。ガジガジと噛む。湯たんぽを入れてあげるとその上に顎を載せてくつろぐ。ちゃんと暖かい場所を知っているのだ。



新しいオモチャをあげると喜ぶ。オモチャはいくつあげてもいいそうだ。獲物をしとめるようにお尻を高くして食いつく。教えてもいないのにしとめ方を知っているのは賢いのだろう。


オモチャをピーピー鳴らすこともできる。器用なのだろう。


アイコンタクトも取れる。特に得意なのがガンを付けることだ。




目が合ったと思ったら突然顔に頭突きしてくる。意志の疎通を図り方がとてもうまいのだ。鼻は真っ黒だし肉球は見たこともないほどプチプチでかわいい。うちの子は特別器量よしなのかもしれない。



と親ばかと叔母ばかの姉と私は今日も話すのであった。

2013年12月29日日曜日

大失敗

大失敗をおかしてしまった。

父の補聴器が壊れてしまったのだ。父のライフラインである補聴器が機能しなくなったら、父は穏やかではいられない。だから、補聴器の予備を買おう買おうと言いながら、つい後回しになってしまっていた。


補聴器を修理に持って行き、今度こそ同じ補聴器をもう一つ注文した。が、お正月なので時間がかかる。その間デモ用の補聴器をお店が貸し出してくれた。父には新しい補聴器の使い方を覚えることができないし、そもそもいつもの補聴器は修理に出したことさえ覚えていられない。夕べは夜中にホームのスタッフに「勝手に修理に出してもらっては困る。」と文句を言ったらしい。父はボケても憎たらしい。

やはり早く買っておいて、予備のはスタッフに預けておくべきだったのだ。突然補聴器が壊れても、父に説明は通じない。その時は納得しても5分後には忘れるからだ。失敗した、と後悔した。
さて、クリスマスの翌日サンフランシスコ空港を発ち、今回は成田に飛んだ。今や関空までのチケットはとても買えない。2000㌦するからだ。それに成田までだと飛行時間は本当に短い。10時間15分だった。

つい2週間半前にこの同じ高速道路をサンフランシスコ空港から家に向かったのに




はい、やっぱり夕食はほとんど食べられませんでした

代わりに持って行った玄米むすびを食べる

朝食はチーズオムレツ、キッシュ、ソーセージとパン
いつもながらコレステロールの塊のような食事
オムレツを少し食べた
成田空港からリムジンでホテルに


東京駅周辺はイルミネーションがきれ い



丹波栗あんよせという和菓子を
三越で見つけたが買わない
ものすごく高いのだが、おいしいのだろうか
京都に移動する日
晴れた日なので新横浜を出て5分ぐらいの所から
富士山がきれいに見え始めた

ずっと富士山が見え続ける
美しい
期待が高まって来る
今日はすばらしい写真を撮るぞ
美しい富士山を撮ったつもりが・・・
なんじゃこりゃあ〜〜(松田優作風)
これも大失敗。

2013年12月22日日曜日

アプのトレーニング

アプは日中お留守番をしないといけない。姉はそれがかわいそうでたまらない。職場の近くにアパートを借りようかと考えて、色々探してみたりもした。それならお昼休みにアプと遊びに帰ることができるからだ。今住んでいる家は職場から車で45分かかるので、お昼休みにちょっと、というのは無理だ。


散歩に行くのがいやで、
家の前でお茶をにごそうと
するアプ
職場のそばには去年買ったマンションがあるのに、ペットが飼えないフロアを選んでしまったから、使えないのがなんとも皮肉だ。だから売りに出している。


アプの最近の問題はお散歩に行くのをいやがり始めたこと。車や人が怖いのだ。これは社会性を養うという子犬のしつけでは一番大事なことに関連している。だから姉はパピークラスで知り合った同じトイプードルのモモちゃんと、モモちゃんの飼い主を家に招待して遊んだらしい。他にも友人やその子供たちと公園で会ってアプと遊んでもらったりする。

BEFORE

先週はトリミングデビューをした。最初は警戒していたアプも、最後には走り回っていたらしい。

AFTER

最近の心配事はアプが余りドッグフードを食べなくなったことらしい。以前は食べ終わったあとも、未練がましくお皿の廻りを延々と探していたのに、今は見向きもしない。しかしこの悩みに関しては、モモちゃんの飼い主の上山さん(仮名)も同じだそうだ。上山さんいわく、モモちゃんはいつもと同じ餌なのに、ある日突然臭いをかいだとたんに驚愕して逃げたということだ。それ以来なかなか食べてくれないという悩みをかかえている。


一番右端がパピークラスのインストラクター
隣が上山さんとモモちゃん

今日は新しいパーソナルトレーナーに来てもらい、アプのトレーニングに関して相談したということ。飼い主(姉)としっかりアイコンタクトをしながら、色々と学んだらしい。いわく、お留守番の時は窓がない所にいる方がいい。何故なら窓から車を見て吠える、吠えると車が走り去る、それを見て犬は吠えたから車が怖がって逃げた、と思う。そして吠え癖がつく。
姉の意志を汲み取ろうとして目を見るようになった
いわく、基本的にサークルからは出さない。出してくれとぴょんぴょん跳ぶのをやめさせたい時は、じっとアプの顔を見て反応しない。遊んでやる時は飼い主がサークルに入る。犬は1時間だらだら遊ぶより、10分ほど全力を出すような遊び方の方が満足感があり、ストレスが発散できる。ということで姉は2階の廊下にカーペットを買ってドッグランを作った。

長時間のお留守番をしても、毎日一緒にいる時を濃い時間にすればいいらしい。



しかしモモちゃんと遊ぶ時も、パーソナルトレーナーと訓練をしている時も、アプはすぐ疲れてしまい、飼い主の膝でくつろいでしまうのでした。