2014年1月13日月曜日

トリミング

3連休最後の日は寒かった。最高気温は6度ぐらいらしいが、曇っていて体感温度が低い。廊下にある父の書類を整理したいのだが、廊下には暖房がないのでつい一日延ばしになってしまう。


まずは御池ランチ。昨日行ったところなのだが、今日もこことで新たなメニューを試してみたい、という姉の要望で30分かけて行く。この辺りはジョギングをする人、犬の散歩をする人、夫婦で手をつないで歩いている人たちを多く見る。

今日のランチは野菜たっぷりの
ランチのあと犬と一緒に行けるカフェとトリミングをしてくれる犬の美容室を見に行った。アプもそろそろ爪が伸びたことだし、連れて行こうということになる。アプはまだ5ヶ月なので、軽く揃えるだけ。

BEFORE
AFTER

先客のバグ犬を恐れて隅っこで固まっているアプ

トリミングが終わりお母ちゃん(姉)を待つアプ

トリミングを待つ間はいつもの龍馬の銅像の見えるカフェで和菓子とお茶で時間を潰す。どうしても話は父のことになる。去年の末まで松本先生というリハビリの先生が週に2度来てくれていて、父はその先生のことが大好きだった。松本先生は父と友だち、という態度で接してくれていたので、父も先生のことをダチと呼んでいた。


先生は父が認知症の進んだ人たちの中にいて、どんなに孤独かよくわかってくれていて、色々なことを話して父をリラックスさせてくれたのだ。今のホームではこの松本先生と園長だけが頼りだった。が、松本先生は近所で鍼灸院を開業したので、今年からホームのかかりつけのリハビリ師ではなくなってしまった。これがどんなに痛手か。

この2、3日父の認知症が進行したように見えるのは、松本先生と話すことがなくなったからではないか、と思ったりもする。松本先生は10月に『これはまだ秘密だけど』と話してくれた。今年いっぱいでホームで働くのを辞めて開業する。が、父のことはずっと助けてあげたい。幸いにも父は特定疾患の認定があるので、ホームに通って父のリハビリをすることは可能だし、そのつもりだということだった。

今の目標は松本先生にまた父の所に通ってもらうことだ。が、それはホーム側に拒否されている。そのためにはこれから相談員とも話し合いを続けないといけないだろう。そんなことを考え始めるとホームに行くのが憂鬱になる。寒い。足が冷える。体調を崩しそうだ。じわじわと忍び寄って来るストレスで突然死するかもしれない。

その場合、財産はアプに遺す・・・

2014年1月12日日曜日

静かに追い詰められる

3連休の中日。伏見稲荷大社に初詣に行くことを決める。まずは御池にあるカフェにランチに行く。カフェの横に桜が咲いているのを発見。これは12月から2月に人の目を和ませようとけなげに咲いているかわいい奴で、御池桜と命名されたと説明書きがついている。



そのあとまた家まで帰ってからJRに乗り稲荷駅で降りる。かなりの人ごみだ。今まで何度か行ったがいつも人は少ない。千本鳥居をくぐりながら歩いて行くのも余りの人で進めない。時間をかけて登って行ったが段々勾配がキツくなって来た所でやめて引き返す。

竹の鳥居もあった
帰り道は人の少ない道を選んで降りる。こちらはひなびた感じでなかなかおもむきがある。が、下まで降りた時点で手足が宙に浮いているような、めまいを感じる。歩けなくなって座ってお茶を飲むが気分が悪い。




家に着いた時には具合が悪くなってしまい、お布団に入って寝ることにした。が、姉の携帯が鳴っているのが聞こえる。ホームの看護師さんからの電話だ。

父が風邪をひいたらしい、と不安を訴えているということだ。電話してもらっても一体どうすればいいのだ。『医者の診察は受けました。問題はありません。でも不安を訴えられています。娘さんに来てほしいとおっしゃっています。』

夕べ父はテレビのリモコンを
認識できなかった
カラオケのマイクと思ったらしい
毎度おなじみの父の不安だ。他にすることがないから不安感が増して来るのだ。が、相談員や看護師さんは電話をしてくる。毎晩6時には行って父の世話をするのだ。これ以上どうすればいいのだ。ホームのスタッフもいい加減学習して、『娘さんは夕方には来られますよ、大丈夫ですよ』と何故言ってくれないのか。そして父に必要なのは気分転換だけなのだ。

姉に行ってもらうことにした。が、姉はなかなか帰って来ない。何か問題が起きたのか、と考えていると気分が悪くなって来た。追い詰められているのだ。家にいてもくつろげないからだ。いつ何で電話がかかってくるかわからない。ストレスがひたひたと近づいて来ていたのだ。

結局姉が遅くなったのは、父の補聴器を夜用のに替えようと思ったのに見つからなかったからだ。スタッフに聞いても知らないということ。スタッフと部屋中を探した。ゴミ箱の中にもない。諦めて昼用のをして寝たら?と父に言うと父はすんなりと受け入れた。

一応まだトイレには
一人で行けるが

が、帰ろうとした時に実はスタッフが預かっていたとわかった。結局また父の部屋に戻って夜用のに交換させているうちに遅くなったのだ。

夜お風呂に入りながら、Count your Blessingsという言葉を思い出す。つらいことよりも、恵まれていることは何かを考えて感謝しなさい、ということだ。体調が悪くなるとどんどん追い詰められて、何もかも人のせいにし始める。こんな父を世話してくれているホームには感謝こそしても、決して文句を言ってはいけないのに。

まず暖かいお風呂に入れることに感謝。お風呂に入れる家があり、とりあえずおいしいものを食べたり、ささやかなものを買うことができるお金もある。子供たちはちゃんと育って、無問題とは言えないが安定している。父もホームに住んでいて一応のケアはしてもらえる。などなど数えることにする。

これからもっと健康に気をつけるようにしないと、このままでは体調は悪くなる一方かもしれない。

それにしても伏見稲荷大社に初詣に行った途端に具合が悪くなるなんて、普段からの行いが悪いせいなのか。と思いながらあちこちにあった賽銭箱を思い出す。商売繁盛の祈願をしに初詣に行く人が多い伏見稲荷大社は、三が日のお賽銭だけで11億2千万円ぐらい集まるだろうと推定されている。

やっぱり二人で百円のお賽銭は
セコかったのね

2014年1月10日金曜日

気力低下

このところ気力低下を感じる。やっぱり寒いのがつらい。日本の夏の暑さと冬の寒さについていけるよう体力をつけないといけない、といつも思うのに何も始めていない。

新幹線から見た関ヶ原

雑誌で見た銀座にあるクリニックに行って、体調が悪くなる原因を調べてもらおうか、などと考えたりする。が、原因はわかっている。身体の糖化。それから遅延型食物アレルギー。これらプラス酸化ストレス測定検査などを受け、初診料の21000円を含むと全部で10万円近くかかる。

父が昔北野天満宮の市で買って来た蝋梅が咲いた
そろそろしっかり身体のことを考えないといけないのだから、予約してみようかと迷う。なのに、皮膚科を優先してしまい、東京にあるクリニックに水曜日に行って来た。いつも行く大津のクリニックの治療費に比べると、東京には星の数ほどクリニックがあるから、交通費を考えてもその方が安くすむのだ。皮膚科でいつも診てもらうのは、バリア機能が低下していつも痒い顔だ。

何もかも口に入れるアプ
紀伊国屋のおにぎりを食べながら、京都に帰る新幹線で桐野夏生の『女神記』を読んでいたのだが、暗い小説で段々気がめいって来る。そんな時父のホームから電話があった。新幹線の中では音もうるさく留守電メッセージも聞こえない。姉にメールしてホームにかけ直してもらった。

また父が色々と騒いでいるのかと思うと余計気がめいる。なんで他の入居者のように穏やかにニコニコと人に迷惑をかけずに暮らせないのか。それにしてもホームからの電話で、家族に対処してくれ、と言われてもどうにもならない。父は孤独なのだ。気分を変えるように話してくれればいいのだ。娘さんは夕方来られますよ、それまで一緒に運動でもしましょう、と声をかけてくれればいいのだ。どうにか学習してもらえないものだろうか。


火曜日に久しぶりにわいわい広場に行ったのだが、父の顔は眉が逆八の字になって釣り上がり、法令線がくっきりとあるので顔に大きなXを描いたように見える。が、足を高く上げましょう、という時だけははりきっている。

先生が今日はかるたで遊びましょう。まずこの絵を見てください、と魚の絵を皆に見せる。どうもこの魚は鯉でまな板に載っているらしい。その絵を見て先生が父に聞く。これ何ですか。

父は『まな板の鯉』と誇らし気に大きな声で言う。ドーパミンが出始めているのがわかる。父がニヤリと微笑みながら付け加える。『私のことです。』そうか、父はホームで暮らしている自分のことをそう思っているのか。


父には興味の持てる話をしてあげれば顔がいきいきとしてくるのがわかるが、普段は殆ど寝たり起きたりの生活のようだ。最近は6時半ぐらいにホームに行くと寝ていることが多い。その寝顔は完全にボケ老人のものだ。

今日は姉が東京に行っている。以前は姉と私とで一緒に東京やニューヨークに行ったりしていた。が、今は一緒には行けない。父の世話があるからだ。


このお正月は補聴器のことで思った以上に大変だった。12月29日に壊れて以来父は夜用の補聴器を使っていなかった。だから昼用の耳かけ式の補聴器しか使っておらず、1月7日に夜用のポケット式補聴器が届いた時には、夜用の使い方を忘れていた。

夜用
昼用

それは完全に想定外のことだった。長年使っていたポケット型の補聴器の使い方を忘れる?ありえないことだった。いや、いつもの父を見ているとそこまで認知症が進んでいるとは思えなかった。

この分では昼用の補聴器が壊れてしまったらまたトラブルになるのは目に見えている。昼用の補聴器の相談に四条烏丸にある補聴器センターに行ってみた。京都は東京や名古屋と違い、電車の路線が少ない。移動するにしてもJRと地下鉄などを乗り継ぐので時間がかかる。


4日ほど前にもここに来て話したのだが、昼用の補聴器は23万円だそうだ。23万円は高いが、父のお金だ。父のために使ってあげたい。が、果たして新しい補聴器を買って父が使いこなせるのかどうか。無理だ。全く同じものでない限り。


が、外側が同じでも問題はある。音質だ。音質が違うと父は違和感を覚えて使いたくないという可能性がある。そのことを確認するためには父をここまで連れて来ないといけない。父を連れてこんな所まで来れるのだろうか。

と考えながら四条烏丸にあるラクエ地下の進々堂でカプチーノを飲みながらパンを食べる。このカプチーノ、余りにも量が少ない。ピーツでいつも飲んでいるカプチーノに比べると、半分ぐらいだ。1杯ではとても足りない。




パンも足りない
これもストレス

2014年1月5日日曜日

ゴールド会員

今年は日米6往復半、あるいは7往復半することを決めた。今まではアメリカに2ヶ月滞在したら、日本に1ヶ月から1ヶ月半滞在というパターンだった。アメリカに帰ってすぐ日本に来ることあるので、年間4から5往復がここ数年のパターンだ。


が、今年はアメリカ1ヶ月日本3週間弱を基本とする。例外は初夏の1ヶ月半の日本滞在、真夏は1ヶ月半アメリカに避難という計画だ。マイレージで取れるチケットは1回分しかない。つまり5回半はチケットを購入しないといけない。それプラスエコノミープラス席の料金がかかる。ということでリサーチを始めた。


来年はプレミアゴールド会員になることができそうだ。プレミアゴールド会員になるにはまずチケット購入価格の合計が年間で5000㌦を超えないといけない。その上年間5万マイル飛ばないといけない。この5万マイルはマイレージで取ったチケットの飛行距離は含まれない。5回半の往復で航空運賃は当然5000㌦を超えるだろうし、6万マイルにはなるだろうからゴールド会員になれる。


エコノミープラス席だが、大体片道で140㌦平均と考えればいいと思う。つまり140㌦x13フライトで1820㌦かかることになる。が、よく調べると1年分のパスを買うことができることがわかった。これが699㌦。が、1月に帰国する際のエコノミープラス席はもう買っている。確かこれが120㌦ぐらいだった。つまり、今年エコノミープラス席に使う額は820㌦ぐらいになりそうだ。パスを買うことでちょうど1000㌦の節約。

プレミアゴールド会員の特典は次のようなものがある。
  1. エコノミープラス席が無料。
  2. 購入したチケットに限るが、ボーナスのマイレージが加算される。例えばサンフランシスコ成田間は5124マイルだが、50%のボーナスが加算されるので7686マイル飛んだと計算される。
  3. 会員以外の乗客は23㌔までのバック1個しかチェックインできないが、ゴールド会員は32㌔のバックを3個までチェックインできる。
  4. ラウンジが使える。
  5. フライト予約の変更料金などのディスカウントがある。
などなど。

レストランの窓から左大文字や
本願寺を見る
先週サンフランシスコ空港ではちょっとだけ特別扱いを受けた。搭乗券にTSA Preと印刷してあったのだ。つまりセキュリティーチェックが緩和される、という意味だ。靴、ジャケットを脱ぐ必要なし、パソコンをバックから出す必要なし、X線検査が簡単などなどチェックはかなり略される。セキュリティーの列も別だ。これが嬉しい。だからゴールド会員として一年間特別扱いを経験してみるのも楽しいかも。と庶民は考える。


姉とこの計画を話しながら湯葉料理のお店で食べた。このお店は大きな窓から京都の街が一望に見える。いつ行っても行列ができている。11時半に行ったらもうお店はいっぱい。


父にアンパンを買って帰り、夕方ホームに行ってみた。今日の父は最初は穏やかだったが、段々補聴器のことが不安になってきたようで、昼用の補聴器をなくしたらどうなるか、代わりがないのは心配で仕方ないと言い募る。昨日は補聴器がもうすぐ届くということで納得していたので、今日の突然の変化の理由がわからない。

説得するのに2時間かかった。途中からは姉にSOSして一緒に説得してもらう。今日はどうにもならない。明日まで待ってくれたら、朝一番に補聴器センターに電話して、どうにかならないかどうか聞いてあげる。それまでは我慢するしかない。父は不安で不安で仕方ない、補聴器だけは絶対必要だと言い張る。が、最終的にはやっと納得した。

大きな声で何度も何度も同じことを繰り返すのはものすごい体力を必要とする。我慢強くないとストレスで爆発しそうになる。だからストレスを受けないように、姉が父と話している時は無の心境になる。

それにしてもこの先父のアルツハイマーはどう進行していくのだろう、とやはり将来を憂える。先が見えない。このままホームにいることはできるのだろうか。

将来への憂いのないアプ
帰宅すると2階の窓に待っている姿が見えた
愛いやつ

2014年1月4日土曜日

年賀状

父が夜用の補聴器を使わなくなって1週間以上たった。が、父は毎日質問する。夜の補聴器がないので、修理してもらえないか。なにしろどこのお店もお正月休みで、補聴器の注文は12/28日までだったのだ。28日までに注文していれば翌々日ぐらいには手に入っていたはずなのだ。ところが壊れたのは29日。ぎりぎりで注文できなかった。

問題の補聴器
メーカーはどこも1月6日まで閉店したままだ。6日に注文すれば7日に手に入るかどうか。夜用の補聴器がないことで父はかなり混乱している。昼用の補聴器は23万円なのでかなり高価なものだしそう簡単にはスペアを買うことができない。が、夜用のは去年のお正月過ぎに4万円で買った。スペアぐらい買ってあげてもいいだろう。それにアマゾンで調べるとなんとその半額だということがわかった。22000円で一つ注文したが、注文ボタンをクリックした途端に『お届け予定8〜12日』と出る。ドキッ。

父は子供に少しでも多くお金を遺したい、と思う人なので何も買わない。買い物は100円ショップでするだけ。いや、以前はお買い物大好き人間だったのだ。が、アルツハイマーの症状が出始めてからは出かけるのも面倒らしく何も買わなくなった。100円ショップで買った扇子でさえセロテープで修繕していつまでも使う。


父に買ってあげられるのは洋服、パジャマ、補聴器ぐらいだろう。昼用のは秋に注文しようと思いお店から出張サービスを頼んだ。が、最新の補聴器の音質になじめない父は試聴している間に疲れてしまった。だから注文はまだしてないのだ。このところの父の混乱を考えると、なじんだもの以外は受け入れられないことは明白だ。昼用の補聴器も今までと同じものを注文するしかないだろう。

『今の補聴器は修理に出している。だから夜も昼用の補聴器をつけたまま寝たらいい。修理からは近いうちに返って来るが、その他にも同じ補聴器を注文している。それは1月8日頃届くはずだ。』

父にこう説明する。父はそれを聞いて喜ぶ。が、30秒後に同じ質問をする。このところの父の混乱はすさまじい。アルツハイマーの中期に入ったようだ。

が、年賀状を書きたいということなのでハガキを持って行った。父は相手によって書く文章を考える。あとで見てびっくり。友人たちには『お元気でいてください』と書いているが去年亡くなった父の妹の夫、つまり義弟には『お元気でよい供養をお願い致します。』と書いているのだ。妹が亡くなったことさえ覚えていないのではないか、と心配したがその必要はなかったようだ。



それにしても父は昔達筆だったのに、本当に字が下手になったなあと思う。


今日の気分転換
御池通のカフェでランチ
京都では唯一都会風の通りだ

とにかく今日の父は穏やかで補聴器のことを何度も聞きはするが、心配はしていないようだ。このまま火曜日辺りに新しい補聴器が届くまで大丈夫だろう。

と思ったのが大間違いだった。

続く・・・

2014年1月2日木曜日

初売り

父は夕べ大丈夫だったのだろうか、と心配しながらも朝からデパートの初売りに出かけることにした。京阪電車で祇園四条まで行き、そこから四条河原町にある高島屋まで歩く。祇園四条は以前はただの四条京阪という駅名だったし、清水五条も以前は五条京阪という駅名だった。

四条大橋から南座方面を見たところ
アクセサリーなどを見たあと次は何を見に行こうかなあと考える。が思いつかない。実は何もほしいものはないのだ、と気がついた。スポーツブランドのトレーニングパンツだけを買って四条烏丸のカフェでランチ。そして藤井大丸で食料品を買って帰ることにした。それにしてもすごい人ごみ。午後1時頃の四条通は人人人だ。

夕方はいつものように父のホームに行く。父は険しい顔をして食堂に座っていた。部屋に連れて帰り着替えを手伝ったあとアンパンを食べる。父はアンパンを見て真ん中に指を突っ込む。食べ方がわからない、と一瞬混乱していた。どうも家に帰ったということで、自分を取り巻く環境が変化した数時間の後遺症から抜け出せていない。

年賀状下書きをしてみる
『変りないかよトモダチ』
とおどけて書く父
食べ終わったあと昨日来ていた年賀状を見せた。一枚一枚一緒に見ながら、差出人のことを聞いてみる。父はどの人のことも覚えていて、この人は本当に親切にしてくれた、本当に良くしてくれたと言う。つまり、父のために何かをしてくれた人しか、父は許容しなかったのではないか、父に親切にしてくれた人たちにも、父は何もしてあげなかったのだろう、と思いながら聞く。父は自分勝手な人なのだから。

小さい頃からそんな父が恥ずかしかった。『自分よりも下位』と判断した人には横柄な態度を取る父のことがいやだった。でも子供だから父への愛情があるわけで、その辺りの葛藤は子供なりにいつも感じていた。『自分より上位』の人にはへつらうくせに、それでもその人が自分に理不尽なふるまいをした、と感じた途端相手に詰め寄って謝罪を求める。謝罪させると今度は一転して自分が優位に立とうとする父を見るのは恥ずかしかった。

そんな父の性格は一生変わらない。子供の頃は恥ずかしい思いをするだけですんだが、今度はホームや病院でちゃんと生活していけるように、子供が面倒を見ないといけない。父の面倒なんかもうみたくない、と日々思う。が、人間として子供として父を捨てることができない。


明日は父に年賀状ハガキを持って行ってあげて、一緒に書こうと思う。父にそのことを言うと破顔して、それは楽しみだと言う。父と少し練習してみる。が、明日になったら険しい顔で、そんなことはしたくないと言い始めるだろう。去年は父もかろうじて宛名を書くことができたが、今年は無理だろう。一文だけでも書ければ万々歳だ。

帰り道スタッフに呼び止められた。夕べ父は補聴器のことで混乱して、娘に電話してくれとかなり騒いだらしい。スタッフも若い女の子で今晩のことが不安らしい。「大丈夫でしょうか。」と聞いてくる。気持ちはわかるがこちらもできることはしたのだ。重苦しい気分になる。

が、重苦しい気分もアプの顔を見ると少し晴れる。2階廊下にラグを敷いて作ったドッグランでアプと遊んでやる。



最近一気に体重が増えたアプ
全速力で走っているのがおわかりでしょうか

2014年1月1日水曜日

父との元旦

多分今年が父の最後の家での元旦になると思ったから、昨日から家に帰って2泊する計画をしていた。が、父はお正月に家に帰って風邪をひくと大変なことになる、病院も閉まっているし、と不安がる。結局元旦の朝父をホームに迎えに行って、お昼と夜を家で食べてからまたホームに帰る、調子がいいようなら一晩家に泊まり明日帰る、という計画に変更した。

我が家で用意したおせち料理

11時に父を迎えに行く。父は何か忘れ物があるんじゃないか、と不安がる。何かを忘れたら取り返しがつかない、とでもいうような不安がりかたでイライラするが、我慢する。自分がこんなことでストレスを受けるのはバカバカしいからだ。なにしろ父の不安の訴えは度を越している。対処していると気が狂いそうになる。

家に帰っておせち料理、おかゆ、お雑煮と用意する。父はお酒を少し飲みたいようだったが、ビールにしよう、と言ってこっそりノンアルコールビールを用意した。父はビールと信じて飲んでいたが、やはり味に物足りなさを感じたようで、お酒が飲みたいなあと3分おきに言う。お酒は薬の副作用が出やすくなるからダメ、と納得させるのだがやはりまた3分後に同じことを言う。ここでもまた気が狂いそうになる。

父用おせち
電気毛布を膝に乗せてあげて、その上から毛布をかけても父は寒い寒いと言い募る。食後お布団に入らせたが、父の頭の中では『寒い、風邪をひくかもしれない、病院は開いていない』ということがぐるぐる廻っているようだ。ベットの中から、そばにいてほしいと言う。勿論そんな父の不安に付き合ってはいられないので、断って2階に上がる。

しかし、すぐ父の呼び声が聞こえる。不安なのだそうだ。家にいたくない。ホームに帰りたいと言い始める。まだ1時半だ。ホームには帰るとしても7時頃がいい。なにしろ夕食は家で食べて来ますと言ってあるのだ。

実はおせち料理はできあいのものを買ったんです
が、父は5分おきに階下から呼ぶ。もう家にいられない、寒過ぎる、風邪をひく、と念仏のように唱えているのだ。

結局ホームに帰ったのは4時半。おにぎりを作っておせち料理を詰めて行っていたので、それを部屋で食べさせて5時半に帰宅することにした。が、父は不安でいてもたってもいられない、という状態になっている。

が、こっちももうストレス飽和状態で、父とあと5分も一緒にいるのも耐えられない、という気持ちになっている。スタッフが大丈夫、心配ないからと父に声をかけてくれているのをいいことに、着替えなどの手伝いを頼んで帰ることにした。

父が死んだあと『父がまだ完全にボケてなかった最後のお正月にもっと我慢してつきあってあげたら良かった』と後悔するんだろうなあ、と思いながらの帰り道だった。いつもそうだが、そういう気持ちの時家に直帰できない。元旦にも開いている近所のスーパーに寄ってカプチーノを飲んで帰ることにする。何とも言えない重苦しい気分だった。

スーパーにあった超小型コタツ
アプが入ったらいっぱい、というぐらいの大きさ
このかわいらしさ、なんだか和む・・・