2013年10月29日火曜日

やっと帰国


7週間ぶりにサンノゼに帰って来た。今回は日本滞在が長かったので、最後の2週間はかなり息切れした感じ。

勿論アプとの生活も新しいことばかりで、忙しさに拍車をかけた。それにしてもアプと別れて帰って来るのはつらかった。



今回は2年ぶりに成田から飛んだ。これが大正解。荷物を成田に送ったり、新幹線の移動やホテルの予約などは大変だが、帰りのフライトはガラガラ。いつもはエコノミープラスを買うのだが、今回はそれもなし。普通のエコノミーで飛んだ。


これでエコノミープラス席の160㌦が節約できた。荷物も2個目の100㌦を払いたくないので、本などの重い物はキャリーに入れる。

銀座で食べ物を買ってから空港リムジンで成田に着いたのはフライトが飛び立つ4時間以上前。ラフィネで1時間のマッサージの予約をしているので、それで1時間半は潰れるとしても、残りの2時間半をつぶすのはかなりつらかった。なにしろ慣れない空港。何がどこにあるかもよく把握していない。

この同じ東京タワーを見たのは
7週間前
とにかくセキュリティーを通過したあと、スタバや本屋さんに行って休もうと思ったのが間違い。成田は関空と違って一旦セキュリティーを過ぎてしまったら、スタバもレストランもないのだ。いや、レストランはあるが数少ない。セキュリティー前の方がずっと充実している。
第1ターミナルラフィネ
なかなか上手でした

それに成田はカーペットが敷き詰めてあるので、キャリーを引いて歩くのが至難の業。キャリーを引っ張って1時間ほどウロウロしたら疲れ切ってしまった。


椅子に座って自販機で買ったアイスクリームを食べる。マッサージの予約がしてある4時半までウロウロしているうちに、小さなカートが目に入る。載せてみた。これが正解。かなり歩きやすい。色々学習したので次回に生かさねば。


飛行機では必ず飲みたくなるソーダ

思いっきりガラガラのエコノミー


ジンジャーポーク、やはりまずい
サラダはパプリカが載っていたのでまあまあ
空港のコンビニで買ったおにぎりを代わりに食べる
朝食はオムレツ、ソーセージ、ハッシュブラウン
オムレツだけ食べた

さて、三越で買ったまい泉のトンカツサンドイッチも、地雷也の天むすも没収されることなく、無事帰途につく。帰り道にいつも寄る八百屋さん『いまはら』で野菜と果物を大量に買う。とにかくこうしないと、家には野菜・果物類は一切ないのだ。


一体男たちは毎日何を食べるのだろう。冷凍食品だけは冷凍庫にうなるほどあるが。多分、ラビオリ、スパゲッティ、ピザなどを野菜もなく食べていたのだと思う。聞くのがストレスなので決して尋ねないようにしている。

しかしこの野菜をやっつけるのに、毎回1週間ほど苦しむのです

2013年10月22日火曜日

淀屋橋

朝10時からのわいわい広場。もうすぐ帰国するので今回最後のわいわいだ。早くから行って父を車椅子に載せて広場に向かう。今日は運動と頭の体操だそうで、父の大好きなものばかり。


まずは手足の運動。車椅子で行ったくせに、父の足はつま先までピンと立って、先生にほめられる。まるでバレリーナのように上がる。後ろ姿しか見えないが、父が得意満面なのが見えるようだ。

その後は先生が最初の文字を示すので、その文字で始まる言葉を言うゲーム。女性たちからは食べ物の言葉が多い。父がやはりダントツで多くの言葉を言う。『お』で始まる言葉、と先生がカードを見せる。父がすかさず『女』と言う。何故『男』ではないのか・・・


父が『お前』と続ける。女性から『おでん』が出る。父が『俺』と言う。女性が『おみなえし』と言う。また父が『女』と言う。女性数人が『おでん』『お箸』『おこし』、父がそこで『おきゃん』と言えば、女性から『おせんべい』『おでん』とまた出る。父が『おねしょ』と言った時点で次の言葉に移る。

『め』で始まる言葉は『麺』『めだか』『飯』『目薬』『眼医者』と出たあと、父が『メール』『恵み』で終える。こうして言葉はどんどん出るのだが、父は何度も自分が言った言葉を繰り返す。が、自信満々な声で広場を席巻しているという感じ。毎回『謙虚ではない父の態度は人から好かれる人間性ではないなあ。』とつくづく思う。

あとで気がついたが、女性の数人からは次々と言葉が出て来るのだが、男性の中で言葉が出て来るのは父一人だったのだ。

来年の今頃父は全く違う人間だろう。言葉は殆ど出ず、ただただ俯いているだけの父の姿が想像できる。

さて、わいわい広場から父を部屋に連れて帰ったあと、大阪の淀屋橋まで行くことにした。ホームから歩いて京阪電車に乗り特急に乗り換えると40分ぐらいで着く。

ホーム最寄りの駅から各停に乗る

中書島で特急に乗り換え

木津川を渡るところ
外の景色はのどかな田園

淀屋橋Odonaに行く地下道
Odonaビルにはレストランやブティックが多く入っている

このカレー屋さんはいつも行列ができている

目当てのお店に行くのに一度Odonaの2階に上がる
2階から外を見てやっとどちらの方角に行くのかわかる

淀屋橋のオフィス街
ビジネスマンを見るとなんだか緊張する
今日も世間では皆仕事をしているんだなあ

美々卯本店

レディースランチ
小鉢4つと栗ごはんとおそば

この豪華さ
これで980円

目指すお店
このために京都からわざわざ来たんです

ドトールのカプチーノを飲みながら帰る

帰り道もう一度父のホームに寄る。ちょうどヘルパーのMさんが来てくれた。Mさんにあとを頼んで帰る事にした。疲れた。今日の交通費は1000円ちょっと。そこまでしてどうしても行きたかったお店は・・・

パン屋さんでした。土曜日に淀屋橋に行った時買ったパンが余りにもおいしくて、また買いに行った。全て全粒粉。が、高い。でもこのアンパンのとりこになってしまった。甘みの抑えてある黒ごまアンパン。

実はアンパン1個は帰りの電車の中で食べたのでした

2013年10月20日日曜日

誕生会

先週父は90歳になった。今日は父のホームで今月お誕生日を迎えた人たちを祝う、誕生会。父は1階まで行くのが日に日に億劫になっていくようで、今日も車椅子を使う。


それにしても、子供の頃親に誕生会をしてもらっていたのに、今度は親の誕生会に行くのか、と複雑な気持ちになる。

色鉛筆教室で描いた絵
額に入れて飾られている
花束贈呈のあとプレゼントをもらう。ギターとマンドリンの生演奏が始まるが、父には何も聞こえない。皆で数曲歌ったあと、父が疲れた気分が悪いと言うので少し早めに部屋に帰った。ホームに入居して以来父は本当に弱々しくなってきた。

が、部屋ではプレゼントにもらった読書用ルーペを見ながら、いい記念になる、と嬉しそうだ。今日の父は比較的穏やかで、もっといてほしいとも言わない。帰るよ、と言うと『はい、ありがとう。』と手を挙げる。とてもニコヤカだ。とりあえず父の方は安心。

しかし、家では野獣が待っている。アプだ。

どうもこのところ甘噛みがきつくなってきて、一緒に遊んでいてもすぐ噛み付いて来る。本や犬のしつけのサイトで調べると、どれもアドバイスが違う。噛まれたら喉に指を突っ込め、口を握って閉じさせる、無視して部屋を出る、などなどだ。どれも今のところアプには効果がない。

アメリカのしつけサイトには
指にバターを塗れというのもある
噛まずになめるから、ということ
甘噛みというよりは本当に痛い噛み方になってきている。そしてケージから出している時はかなり興奮している。一体どうしたらいいのか。どうやって噛むのをやめさせるのか。

アメリカのしつけのサイトを色々見た。が、これも余りにも色々な方法があって混乱する。日本のに比較すると、アメリカのしつけはもっと優しいやり方だ。お水を顔にスプレーしなさい、とかリードを踏んでしまって、犬に自由を与えないようにする、などなど身体に触らずにしつけるようだ。

明日もアプという野獣のしつけで一日が終わりそうだ。

しかしこのブチャイクサが、よい

2013年10月19日土曜日

今週後半

アプが来て以来落ち着いてブログを更新する時間がなかなかない。家のこと、アプ、父のことで毎日本当に忙しい。特にアプのしつけに時間がかかる。ケージから出すと噛んだり、ティッシュを箱から抜き取ってくわえて逃げ回ったり、とやんちゃ盛りだ。


オシッコのしつけ、掃除、食べ物の用意なども手間がかかる。

この4日間を写真で振り返ってみよう。一番の変化は父の食事が『ソフト食』になったことだろう。咀嚼する力が衰えて来た父には、普通のご飯とおかずの食事が負担になってきたようだ。しかし、ソフト食なんて全てがゴマ豆腐にしか見えない。が、父は食べやすくなった、と喜んでいる。

父の食事は一口大サイズから
ソフト食とおかゆに移行した

ホームで毎週金曜日にあるふれあいコンサート
しかし、父はこの集まりに行くと、疲れるようになった

乃木神社
まだ殆ど色づいていない


今日のランチ
淀屋橋玄三庵
39品目の健康定食
今日の太陽光発電量は5KW

そして癒しのアプちゃん。かわいい。

しかし現時点では完全な野生動物

2013年10月15日火曜日

父の年金

またわいわい広場の日が来た。1週間が過ぎるのがものすごく速い。今回の滞在は4月と7月の日本に比べるとずっと長い。先週は体調を崩したこともあり、ひたすらサンノゼに帰りたいと思った。やはり、この高温多湿の気候は、サンノゼの穏やかな気候に慣れた身体にはキツい。すっきりしない体調で、父のお誕生日に外泊させてあげられるかどうか不安だったが、無事それも終わった。


プレゼントには老眼鏡とテレビを買ってあげた。テレビは13㌅のシャープアクオスだ。が、予想通り父には新しいリモコンの使い方が覚えられない。とにかくNHKだけしか見ないだろう父のリモコンには、電源ボタンが必要なだけだ。それ以外は紙を貼って隠すことにした。


今朝10時前に行くと、その紙ははがしてあった。父は電源ボタンがどこにあるのかわからなくなり、紙をはがして探したようだ。とにかく取りあえずわいわい広場に行くことにした。父はスタッフに『ここからは誰も行かないんでしょうね。』と何度も聞く。やはり一緒に行ける人がほしいようだが、そこまでの機能を残した人は同じフロアにいない。

1階のわいわい広場に行く途中、日本年金機構から、父が昭和17年から数年間働いていたことを確認する郵便が来ていた話をする。父はこういう話がすぐ頭に入る。年金がもらえる可能性があるのか、と嬉しくなったようだ。「そりゃ思いのほか多い金額がもらえるで。いや、欲をかくとがっかりするか。」とうきうきした口調になる。


わいわいではスーパーの袋を縦割りに切って、たこのような形になったものを、うちわ2枚を使って天井まで飛ばすという遊びをしていた。これがおもしろいのだ。皆夢中になってうちわで飛ばそうと風を送る。


エアコンももう切ってあるのでかなり暑かったが、父は楽しいのだろう。何も文句を言わない。30分ほど遊んだあと、しばらく1階のリビングルームのソファに座って話すことにした。父は開口一番『年金がもらえるんか。」と言う。多分わいわいの間も年金のことを考えていたのだろう。

昭和17年頃どこで働いていたか聞くと、「三井造船株式会社」とすぐ返事がある。その頃は軍事関係の仕事をしないと刑務所に入れられたそうだ。日本は本当につい最近まで軍事国家だったのだなあと驚く。父は三井で設計図を描いていたのだが、下宿して会社に通っていたそうだ。会社のあった住所も覚えている。会社名と住所を記入して日本年金機構に送り返すようになっているので、すぐ送っておくと言うと父が嬉しそうな顔になる。

父がお風呂にちゃんと入るかどうか確認するために、今日は1時半までホームにいないといけない。また、近所の大手筋にランチを食べに行った。先週と同じVeloceに入る。向かいのベーカリーでおいしいサンドイッチを買って、Veloceではアイスカフェオレだけを注文する。さすがに店内で食べるのは気がひける。外で食べることにした。が、オープンカフェと呼ぶには余りにも田舎臭いこの地域。


何なんだろう。ここを歩くと何故か毎回気がめいる。昭和にタイムスリップしたような。いや、それはそれで楽しいだろう。昭和の街、昭和の食べ物、昭和のファッション。楽しむことはできると思う。が、この大手筋はどうも歩いているうちに、悲観的な気持ちになってしまう。


多分貧しくて洋服を買えなかった中学時代を思い出すせいだろう。あるいは、未来がないような気分になるせいか。

いや、未来はあった。いつも驚かせられるこの商店街。

この電光掲示板の小さな数字『1』
これは日本で初めての太陽光発電パネル
現在の発電量のうち1KWが太陽光から来ているらしい

2013年10月12日土曜日

シメイ・ブルー

今日は父の90歳のお誕生日。4月以来の帰宅で1泊した。大好きな鰻を買って来てうな丼を作ってあげたが、どうも上の空で何を食べているのかよくわからないようだった。久しぶりにビールが飲みたいということ。30ccだけついであげた。


が、父がおいしそうに飲んでいる時に『しまった』と思い出した。父についだビールはベルギーのシメイビール。これはアルコール度が高い。シメイ・ブルーは9%だ。抗不安剤の薬など食後の薬をアルコールを飲んだあとすぐに服用してはいけないだろう。父は不安になって手がかかるのではないか、と心配になった。


が、一緒に大岡越前と鶴瓶の『家族に乾杯』を見てあげたら、父は穏やかな夜を過ごせたようだ。テレビのあと9時頃薬をのんで着替えを手伝ったあと、父は問題なく眠りについた。

今日はホームで散髪もしてもらっていた。お風呂にも入りさっぱりした所に園長さんが訪ねて来てくれた。散髪した父を見て『さっぱりしましたね。』と声をかけてくれる。父は園長さんを見るとぱあっと顔が輝く。それまで険しい顔をしていても、どんよりした顔をしていても、園長さんを見て目に光がともる。園長さんは父と波長を合わせるのがうまいのだ。

父は応える。『はい、私の頭はどうも左巻きのようでして、右巻きに直してください、と頼んだんです。でも無理のようでした。』機知の電気がつくようだ。


果たして外泊ができるのは今回が最後なのだろうか。それともお正月にも家に帰って来れるのだろうか。全く先が見えない。

できることなら100歳ぐらいまで生きてほしい。が、そうなると老々介護になってしまう。

まあ、とにもかくにも良いお誕生日だったということにしておこう。