2013年8月23日金曜日

床工事

朝9時からやっとフローリング工事の第2期が始まった。3人の男たちが午後3時まで休みなく働く。

2階廊下から玄関と書斎を見たところ

書斎の家具を運び出す


バスルームはタイルを残すので、ドアの下部分までフローリングを入れる
ドアをはずしたところ


書斎と玄関の家具をリビングルームに運び込む
玄関タイルをはがすと、ものすごい埃が飛ぶので家具をカバーした

書斎のカーペットをはがした状態
手前部分が玄関タイル

タイルをはがす前の状態

埃がファミリールームに飛んで来ないようにクッションでブロック

埃が飛び散らないように、薄いナイロンでテントを作る


一応開口部はカバーしたが・・・

玄関のフローリング工事が半分終わったところ

玄関終了

書斎も終了



玄関から書斎を見たところ

書斎から玄関を見る

カバーしたにもかかわらず、リビングは埃だらけ
次は階段手すり部分を、濃い色の木にしないといけない
自分たちでこの作業をしたら多分数日かかっただろう。明日は玄関から2階までの階段の工事。やはり人が家に入っていると落ち着かない上、一日ファミリールームから出られないので、冷蔵庫に何度も往復してしまった。

全粒粉で作った巨大タイヤキ風パンケーキ
皿に入りきらん

2013年8月20日火曜日

ショールーム

家作りは余り進んでいないが、日々何かの連絡、見積もり、計測は続いている。木曜日には遂にフローリングの業者が、残り半分をすませてくれることになった。前回はファミリールーム、キッチン、リビングルームだった。今回は玄関、書斎、階段の残り10段の工事だ。しかし、この工事の間1階と2階はどうやって上り下りすればいいのだろうか。

先週の土曜日にはサンフランシスコ空港のそばにある、SUB-ZERO/WOLFという家電の卸業者のショールームに行った。豪華なキッチンがいくつかあり、そこにはWOLF製品がいくつも使われている。アメリカではWOLFのオーブンや調理台は、シェフが選択するブランドとして有名なものだ。販売店では決して値引きがされないことになっている。

国内にいくつかショールームもあるが、そこでは月に2度調理のデモンストレーションがある。

シェフが作ってくれたメキシカン料理や海老料理を食べる。おいしい。このオーブンを買えば同じものができるのだろうか。












メキシカンもカラッとおいしい。今までは庭にあるグリルで肉料理は作っていたが、この調理台を買うとキッチンで作ることができる。特に気に入ったのがスチームコンベクションオーブン、日本でスチコンと呼ばれるオーブン。

毎日のお料理が面倒でたまらないけど、こういうスチコンやグリルを買えば少しはモチベーションも上がるのだろうか。


チキン、海老、そして野菜料理を食べたあとは、焼きたてのクッキーをたくさんお土産にもらって帰る。すごく得した気分。

しかし、無料と言って喜んでいてはいけない。この経費は全て製品に反映されているんだよなあ。

2013年8月16日金曜日

母の編み針

送り火の今日、母の事を少しだけ書きたい。



今まで母のことはブログに一度も書いていない。



書き始めるとつらくて、中断せざるをえなくなる。

母(左)と母の妹(右)

今でも見ると涙が止まらなくなるものがある。



38歳の時に薬害で視力を失い寝たっきりになったのに、母はいつもいつも笑っていた。



母のところに来る人は必ず『こんなに障害を持っているのに、本当に明るい人』と驚きを持って母のことを表現していた。



目が見えないのに編み物が好きだった。



いつも何かを編んでいた母は、編み物のことを考えるだけで、わくわくして毎日が楽しいと言っていた。



千鳥格子のカーディガンなどを編む母は、頭の中で製図をしていたからよく指を折って考えていた。

複雑な模様編みや編み込みもできた


『あたしは七赤金星だから、今までこんなにラッキーだったのよ。』とびっくりするようなことを母は言うのだ。



父は母と結婚した時、『箸より重いものは一生持たせません。』と言ったらしい。



『いみじくもそうなったわねえ。』と編み針を持って母は笑うのだった。




38歳から80歳まで、何一つ所有することさえできなかった母。



その母の唯一の持ち物は編み針だった。



全ての号数を揃えていて、父がいつも管理していた。



母が目を落とすと父が根気よく拾っていたものだ。




編み針は母の形見となった。



ある日その編み針を見て涙が止まらなかった。



何年も何年も手になじんだ編み針を使っていたのだろう、どれも先がすり減っていたのだ。



この編み針を持つと、母がすぐそばにいるように感じる。

この冬はこれで父の腹巻きを編んであげよう

2013年8月13日火曜日

ユーミン

宮崎駿の映画『風立ちぬ』は、ゼロ戦の設計者・堀越二郎と作家の堀辰雄をモデルに、1930年代の日本で飛行機作りに情熱を傾けた青年の姿を描くアニメらしい。劇場予告を見たらその映画を見たくなった、と長男が言うのでYouTubeで見てみた。




宮崎駿の映画を見るとどれも胸がキュンとする。片想いをしていた頃を思い出すからだ。そして、この映画の音楽は松任谷由実の『ひこうき雲』だ。久しぶりにユーミンの音楽を聴いて、他の曲も聴きたくなった。アマゾンを見るとデビュー40周年記念CDが出ていた。試聴してみる。

もう胸がキュンキュン。70年代80年代を思い出してしまった。あの頃の恋心がよみがえって来る。音楽ほどその時代をまるごとよみがえらせるものはないと思う。その頃出会った人、片想いした人へのやるせない気持ち、学校のあとのアルバイト、アルバイト先の人たち、全部思い出した。



父は最近思い出話をよくする。老人ホームに入る前は、思い出話をじっくり聞いてあげる事も余りなかった。ホームに入ってからは、父と一緒にソファに座って話を聞く機会が以前に比べてずっと増えた。ホームに行くと、父に100%注意を向けてあげることになるからだ。

行くと2時間ぐらいホームにいるので、みっちり話す。母と初めて会った時の話も、最近になって聞いた。父は戦後英文タイプの学校を3つ開校した。その3つ目の学校でのアシスタントを募集する新聞広告を出した際、応募してきたのが母だった。父が死ぬ前に聞いておいて良かった、とつくづく思ったものだ。



以前は聞いたことのない話が次々と出て来る。その中にゼロ戦に乗る兵士の出撃前夜の話も出た。ところが父は思い出して泣き始める。もう話したくない、と言う。余りにもつらい思い出らしい。

この映画がDVDになった時に、父と一緒に観たいと思った。最近父は理解力が落ちているので、横で説明しながら一緒に観てあげる方がいいだろう。果たしてその頃父は映画を理解することができるのだろうか。

2013年8月11日日曜日

キャビネットの穴

市役所に行って、この家が建てられた時の青写真をもらって来た。キッチンのソフィット部分のことを詳しく知りたかったからだ。これは1階部分だが、結局ソフィットの中に何が隠れているかは、全くわからなかった。



コントラクターのトミーに来てもらう。トミーはタイ人だが60歳前後ぐらいだろう。ものすごく明るい性格でおもしろい。そして有能であることもわかる。この前キッチンのキャビネットに小さな穴を開けてiPhoneで写真を撮った。その写真を見せた。う〜ん、とうなるトミー。
電気の配線だけでなく、銅製のパイプ、水道管などなどパイプが通っている、パイプの移動は大工事になる。そこまでの大工事はやめておいた方がいい、ということ。

ソフィットは30㌢の高さがあるのだが、ソフィットの下部分10㌢だけを壊して、そこにある配線を20㌢の上部分に移動することは可能。が、とにかくソフィット全部をなくすことはとても無理だということになった。下部分10㌢を取り除いた所までキャビネットを取り付けて、上の20㌢は帯状の飾りで隠すというオプションしかなさそうだ。

キャビネット上がソフィット

まずはそれが可能かどうか、頭が入るぐらいの大きな穴をキャビネットに開けてくれ。それができたら、もう一度来て見るということ。開けた。最初は簡単な工事と思っていたのが、どんどん規模が拡大していく。費用も最初の予定の13倍になった。キッチンがない期間は1ヶ月半から2ヶ月。その間はシンクすら使えない。

本当にこの改装、進めて行くべきなのか。
進めて行かない場合どうする、この穴・・・

2013年8月10日土曜日

午後中お店を廻った日。まずはサンノゼ空港のそばにある、アジア系のお店。

御影石のお店
粗悪品だった

タイルのお店
調理台後方部分用

大理石のお店

御影石を一枚一枚見て廻る

シンクのお店

こちらの最高気温は毎日25℃ぐらいだが、それでも疲れ切ってしまった。それに直射日光を浴びて、今日の数時間でさぞかし皺シミも増えて、劣化したことだろう。

お店にいけてあったこの花。名前は何だろう。

癒される


2013年8月2日金曜日

秋の日本行き

イリノイに主張中の友人Yから毎晩電話がかかってくる。夜ホテルに一人でいるのが寂しいのだそうだ。色々と笑い話をしたあと、これで気持ちよく眠れそうと電話を切る。確かにホテルで一人というのは手持ち無沙汰だし寂しい。

やはりホテルに泊まるなら日本が楽しいだろう。例えば東京や京都のホテルなら、すぐ
そばにコンビニやカフェがある。デパートで買い物をしたあとはお弁当を買って来て、部屋でテレビを見ながら食べてもいい。

一度泊まってみたい東京ステーションホテル

9月の日本行きチケットをそろそろ予約しないといけない。関空に飛ぼうか、成田に飛ぼうか、帰りはどうするか。10月中旬の父の90歳の誕生日には日本にいてあげたい。それなら9月の終わりに行って、10月の終わりまで滞在するか。いや、今度森先生に診察してもらったあと、薬の量が変わったりするとまた何か問題が起きるかもしれない。それなら9月中旬までには行くか。

ウェットティッシュは父の必需品
何でもこうして標語を書く

と色々考えながらユナイテッド航空のサイトを見る。マイレージで取るのだが、うまく往復のチケットが取れない。飛びたい日に空席がない。サンフランシスコ空港まで送ってもらえる日のことも考えないといけない。となると往復週末にしないといけないのか。今回は東京で食べ物を買ってこちらに持って帰りたいので、できれば成田から帰国したい。でも、成田からは週末空席がない。


東京はやはり垢抜けた街だなと思う。京都から東京に行く新幹線では左側に座る。勿論富士山を見たいからだ。東京に近づくと山手線の電車が見える。ああ、東京に来たなあと思う。京都に帰る時は右側に座る。が、前回は左側に座った。すると左側に見える景色はいつも見る景色と違って、まるでアメリカのようだった。
東京を出てすぐ左側
これは一体どの辺なんですか?

やっぱり9月は成田に飛ぼうかなあ。勿論一番の目的はこれ。紀伊国屋おにぎり!


あ〜、早く食べたい。