2016年4月19日火曜日

父のシャツ

ガンバレ熊本という文字を見ると涙が出る。避難所で生活する老人を見るのが一番つらい。東北地震の時も思ったが、戦争を体験したお年寄りが晩年またこんな大変な生活を強いられるなんて、かわいそうで胸が苦しくなる。

そして今京都で大地震が起きて父が避難生活をしなければならなくなったら、どんなに大変だろうかと心配になる。認知症には環境の変化が一番良くない。

今日は毎週火曜日にあるワイワイ広場が、いつもと違う場所であった。ホーム1階にあるイベントルームは選挙会場として使われていたので、2階のダイニングルームが急遽ワイワイ広場になったのだ。

ダイニングルームが入居者でいっぱいになり暑かった

今でも女性の外見にこだわる父は、介護士実習生の美人さんに補助してもらって嬉しそうだ。

きれいな実習生に構ってもらって機嫌が良くなる父

ところが、イベントのあと父は自分の部屋がダイニングルームのすぐ横にあると主張する。父の部屋は1階上の同じ位置、3階のダイニングルームの隣にある。父をエレベーターに載せようとしても、渾身の力を振り絞って両手でエレベーターの壁を押して乗り込むのを拒否する。

ここは2階で、父の部屋は3階にあるのだから一旦エレベーターで3階に上がらないといけない、と説明してもダメだ。ほら、ここは2階だから父の部屋はないでしょ?と父の部屋と同じ位置にある2階の部屋を見せても納得しない。

階下の同じ位置にある部屋を見せても父は信じない

何度か説得を試みたが、父は自分の部屋に戻る、と2階から動こうとしない。やっと父が疲れたところでエレベーターに載せて3階に連れて上がることができた。が、ベットに入った父は混乱したまま、騒いでいる。何を言っているかわからないのだが、何かが不安らしい。

父は難聴があるので、そんな父を落ち着かせるには大声で話しかけないといけない上、騒ぎ続ける父をなだめるのには体力を使う。寒い、耳がおかしい、目が痛い、今日は何曜日?などと言いながら、自分に何かするべきことがあるのではないだろうか、と不安が募るようだ。大丈夫大丈夫と父を落ち着かせながら、ベットを起こしてみたり、寝かせてみたり、目を清浄綿で拭いてお茶を飲ませてあげたり。それでも父は手を振りながら、何かを言い続けている。

混乱し騒ぐ父

1時間後やっと少しだけ落ち着いた父を置いて部屋を出ることにした。今日は父の補聴器の修理のことで区役所に行かないといけない。こんな父にあと何年付き合わないといけないのだろう、あと何年日米を往復せねばならないのか、と暗い気分で歩いた。

が、父の様子を撮った写真をあとで見てかわいそうになる。父の気持ちを思うと涙がこみあげてきた。

父は娘たちに1円でも多くのお金を遺してやりたいという気持ちが強く、それは認知症になっても決して変わらないのだ。いまだに何かを買ってあげると、ワシのためにお金を使うな、と言う。

痩せてシワだらけになった父が着ていたシャツの袖口は、
父が自分で針と糸を使って修繕していた