そのことにイライラした私は、ことあるごとに捨てるように言っていた。
80代の父はもう何を捨てて何を保存するべきか、の判断がつかなったのかもしれない。
父のいない今、父が捨てられなかったものを私は懐かしさを持ってながめる。
例えばこれも『父が捨てなかったもの』、母の配食サービスメニューだ。
このお弁当は1食800円でおいしかった。
嚥下に問題のある母には潰してトロミがつけてあるものだ。
父は他のお弁当屋さんから500円のものを配食してもらっていた。
500円の方はあまりおいしくなかった。
私たちが母と同じお弁当を配達してもらうように何度言っても、父は『500円のお弁当の方が好き』と、決して変えようとはしなかった。
父の500円弁当に固執する理由は明らかに300円の差額だったのを、今でもかわいそうに思う。
父は少しでも自分の娘たちにお金を遺したかったのだ。
お元気ですか。
返信削除お父様は何でも残しておきたいお気持ちが強かったのですね。高齢な親にたいする言葉、態度は気をつけているつもりが、やはり親子なのでズバリ言ってしまうことありますね。
ケイさん、
削除コメントのお返事が遅れて申し訳ありません!このところコメントを残そうとすると送信できません、というメールをいただくことがあり、調べたのですが私にはよくわからずお手上げでした。
このいただいたコメントもお知らせメールが入らなかったんですよ。
無知な私には理解できないことが多くてむずかしい〜^^;
父に対する言葉、態度はやはりイラついた感情を表せてしまっていたと思います。
認知症なのだということを忘れてきつい言葉を父に投げかけたこともあり後悔しています。
でも渦中にいるといつも親に優しくするのは難しいですよね〜。