2018年3月7日水曜日

This is the カントリーライフ!

1年後をめどに次男家族が住むサンフランシスコのマンションと、私と夫が住むサンノゼの家を交換しようと次男が言う。3人家族になって2LDKのマンションがおもちゃであふれ返っている。ヒロのために裏庭もほしいらしい。それはわかる。私も子供達が小さい頃裏庭で三輪車に乗って遊ばせた。それにヒロに兄弟が生まれたら、もう1部屋はほしいだろう。

私は大の野球好きだから、歩いてサンフランシスコジャイアンツの試合を観に行く老後もいいかもしれない。サンフランシスコには友人がいないが、これから誰かと出会うかもしれないし、友人たちに会いに車でサンノゼ方面に行ってもいい。サンノゼの家はもう夫婦2人には大き過ぎると思っていたところだ。

が、裏庭に出てみて感じた。やはり私に合っているのはカントリーライフのような気がする。このところ感じていたが、サンフランシスコの生活に今から適応するのは無理かもしれない。この庭の木のバーゴラというかミニ四阿というか、や鳥居?は私と夫で汗水たらして作ったのだ。庭の土も掘り起こして何度花を植え替えたことか。ここで数々のバーベキューパーティも開いた。

これらのバーゴラや四阿を夫婦で作った
日傘がまだこの写真では閉じてあるのに注目

今朝歯医者さんに行くためにサンノゼに帰ってきた次男と一緒に裏庭に出る。これから花が咲き乱れる季節だ。

息子たちはこの石のベンチの裏に隠れて友人たちと遊んだものだ
次男は自分が子供の頃友人たちとここで隠れんぼをして遊んだことを思い出し、そしてヒロをここで遊ばせることを想像して嬉しそうだ。

が、日傘を開いた途端、とんでもない動物が目に入った。次男も私もひいいいいい!!と叫びながら家に入った。

初めて見たなんともグロテスクなこの動物。狂犬病を運んでくる危険極まるこの動物。悪夢に出てきそうなこの動物。しかし、これこそがカントリーライフなのだ。


日傘を開いたこの時、そのグロテスクな動物はこの日傘の中にいたのだ
どうも閉じた日傘の中で冬眠していたらしい

では、その動物とは何かをお見せしましょう。

でもね、見ない方がいいですよ。いえ、絶対見ないでくださいね。こんな気持ち悪い動物、もう二度と遭遇したくないですよ、私だって。

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見ましたね、あなた

2018年3月5日月曜日

七面鳥が歩く

先日恐怖のハイキングを一緒にしたK先生によると、息の上がるような運動をしないと脳に酸素が行かないので、どんどんボケて行くそうだ。このところ自分の物忘れがどんどんひどくなってきているのに気がついている。ほら、2文連続で『どんどん』という言葉を使ったことに気がついていないことに気がついた。

恐怖ハイキングのあと食べたタイ料理ランチ
この玄米が本当に本当においしかった

その上LDLを下げる食生活を誓ったのに、まるでそんな事実はなかったかのような食生活が復活してしまった。

2月生まれの友人たちと集まって食べたサンドイッチは980カロリーだそうな

おいしいものを食べたいという食欲を抑えるのは無理だ、と気がついた。だから、サンノゼにいる時は夕方家の近所を歩く。恐怖ハイキングではコヨーテに遭遇したが、今日は鹿だ。

見えます?
鹿はかわいいのだが、庭の花などを食べてしまう

鹿の横では七面鳥が行列を作って歩いている。鹿も七面鳥も群れを作って移動するようだ。




七面鳥とはいえ結構大きいし、8羽ほどが群れを成して歩いている姿は少し怖い。なにしろ体調は1メートル以上もあり小学生ぐらいの大きさだ。それに時々尾を扇状に開いたりして、人間を威嚇しているように見える。ヒッチコックの『鳥』を思い出す。七面鳥って人間を襲うのだろうか。

いやいや、そんなことはないだろう。2、3分観察してみてどうも七面鳥はとても礼儀正しい鳥なのだということに気がついた。

ずっと歩道を歩いてる

2018年3月4日日曜日

シリコンバレーの保育所・託児所 2/2

皿を洗いながら、かう考へた。

情に棹させば流される。

確かに次男が言う通り、昨夜ヒロは夜中じゅう泣いたり叫んだり、時々は笑ったりしていた。夜7時半から3時間寝たあとノンストップで大声をあげている。今日はサンフランシスコのMission Bayの住人にとってAcademy of Science Museumの入場料が無料の日だ。ヒロも入れて5人で朝9時半に行く予定で、夫も昨夜からサンフランシスコに来ていた。

はい、昨夜はチキンひき肉、レンコン、青ネギでつくねを作りましたよ

が、昨夜ほとんど寝ていないから今日の外出は無理、とヒロを朝5時に抱っこして寝室から出て来て遊ばせている次男が言う。心中私は『甘い!』と思う。親になるというのはそういうことだ。そうか、やはり私や夫が手を差し伸べてはいけないのだ、と納得する。マリー母は訳あってヒロにもう3ヶ月会っていない。

夜ほとんど寝ないのに、どうして昼間こんなに元気なのか・・・

だから今一度宣言した。(次男が職場復帰したあと)私にはヒロの子守りはできない、とても体力が続かない。次男はわかってるわかってる、と言う。ちょっとかわいそうになるが、ここは心を鬼にしないといけない。距離を置いて見守るのだ。

それに私は3月から4月にかけて桜を見に日本に行くんである。

ストーブの前で尻を温めるアプにもやっと暖かい季節が到来した

アメリカの保育所はDay Care Center(いわゆる保育園のようなところ)とHome Day Care(個人宅保育所)がある。ベイエリアで評判の良いDay Care Centerに入るのはむずかしく、申し込んでからの待機期間は長い。

次男が調べた他のDay Careリストは以下。括弧内は月額料金。職員や園児の数が把握できていないのは、メールを出しても返事が(まだ)ないから、あるいは資料に詳しく出ていないからだ。
  1. Palo AltoにあるHome Day Care、職員3人、子供は13人前後($2100)。
  2. Palo AltoのコミュニティーDay Care Center、職員や子供の数は不明($2800)。
  3. San JoseにあるDay Care Center、職員や子供の数は不明($2400)。
  4. Palo AltoとSan Joseの間にある、次男の会社が経営している託児所。ここが一番安心感があるが入園の倍率は7倍($3300、毎年7%値上がる)。次男いわく、この金額はとても支払えない。当然だ。
もちろんヒロの保育所はもう決めてある。そこはマリー母の従姉妹の娘の夫の母(ややこしい)の経営する保育所、つまりHome Day Careだ。1週間に$300。1ヶ月で$1300足らず。勿論安くはないのだが、シリコンバレーでは破格の料金と言えよう。ここは親戚か友人関係の子供しか保育しないからという理由で、こういう料金設定がしてある。

いや、私はあまり保育所の料金を知っているわけではないが、サンフランシスコの保育所の平均料金は月額$3000前後ということだ。

2015年の統計によればベイエリアの保育所の平均料金は月額$1900、フルタイムのナニー(乳母)を雇うと$3300、ということだ。3年後の現在はもっともっと値上がりしていることだろう。これは情報が入ったら随時ここでアップデートしていきたいと思う。

近所の図書館で午前中に開かれる子供のための読み聞かせ会は
毎週大盛況で長い行列ができる

親戚の家が保育所で、しかも月額$1300。場所はサンフランシスコのマンションから南に20キロぐらいのところで、職場に行く途中に位置する。理想的ではないか。

が、2人の保育士さんが確か8人ぐらいの幼児をケアするのだ。どんなに優しい保育士さんでも親ではない。次男もマリーも心配でたまらないだろう。が、もうすぐ7ヶ月になるヒロはDay Careデビュー適齢期のように思う。

どうやら4月になれば猫たちにも平和な日々が戻ってきそうだ。



どんでん返しがない限り。


兎角に人の世は住みにくい

2018年3月1日木曜日

焼き芋 - インスタ版

友人から最近東京のホテルのアフタヌーンティー巡りにはまってる、今度一緒に行こうね〜とメッセージが来る。

う〜む、iPhoneで撮ったという写真がすばらしく、インスタ映えするのう〜、とその撮影技術に感心する。



が、友人の特にお気に入り大手町パレスホテルのアフタヌーンティーは、調べてみると4633円と出ている。食べたいけど私のコンフォートゾーンは1500円までである、と返信する。

この友人と私の誕生日は3日違いなのだが、友人と私の誕生日の食事、そして日々の食べ物はなんというか微妙に違う感じ。

友人のお誕生日アフタヌーンティー
東京の高層ビル群の景色がよさげ〜

私の誕生日ははEmeryvilleにある飲茶レストランで
左側にベイブリッジ、右方向にゴールデンゲートブリッジが小さく見える

友人が普段行くレストランはプレゼンテーションもおしゃれだ。これはラディッシュらしき美しきディッシュ。

これって赤カブ?

私が飲茶で食べた大根ディッシュ。

これはこれで抜群においしいのだが

友人のデザートはこれ。



よし、私もインスタ映えする写真を撮るぞ、と奮起した。

しかし、私のデザートと言えばこれだ。

今日もこれ

量で勝負!は無理?

2018年2月27日火曜日

大事なもの

土曜日サンフランシスコのファーマーズマーケットで果物を買ってからサンノゼに帰ろうと思い、フェリービルディングまで歩いた。マンションからAT&Tパークまで歩き、そこからは信号ナシで湾沿いを歩いて行けるので、散歩道に適している。

バギーにはヒロを乗せて夫が押し、次男とマリーはベビーフリーの歩きを楽しみ、私は何を食べようかと考えながら一人離れて歩く。が、ポケモンGOのイベントの日だったようで、フェリービルディング近辺は混雑している。インフルエンザが流行っているので長居するのもいやで、ランチだけ買って帰ることにした。

ベイブリッジの向こう側にフェリービルディングがある

ヒロは最近バギーに入れても15分ぐらいたつと泣き始める。6ヶ月現在身長72cm、体重10Kgあまりの横綱だから、泣き声もすさまじく耳が潰れそうだ。急いでCowgirl Creameryでサンドイッチを買う。私と夫のランチも買い無事帰路につく。


ターキーサンドイッチはおいしいと思った

サラミサンドイッチ、こちらは試していないがチーズがおいしいそうだ

フェリービルディングからの帰り道ヒロは次男が抱っこし、夫はヒロの次に大事な物をバギーに入れ押して帰った。




そんなに大事なものとは・・・


RF1のお弁当でっせ〜〜

2018年2月26日月曜日

有楽町

父の本を数冊アメリカに持って帰ってきたのだが、今日その中の一冊を読み始めた。


姜尚中の『悩む力』



読み進めていくと紙切れがはさんであるのに気がついた。



父が昭和1980年の8月に書いたメモだ。



この本は2009年7月に印刷されたものだから、父の認知症が始まっていることに私が気がつく少し前のものだ。



何かのタイミングでこのメモが数十年後にはさまれたのかもしれないが、見ると悲しみが襲ってきた。




これは私が最初に英語を習うためにサンノゼ大学に留学(遊学?)したあと、また違う学校に通っていた頃のメモだった。



父がいつ私の学費や生活費を送金するかという計画を書き付けたものだ。



私が能天気にアメリカで遊びながら生活していた時、父はどうやってお金を捻出するか悩んでいたのだろう。



当時は1ドルが227円だった時だ。



ドルが185円から260円まで変動することを想定して計算してあった。



父は不安だったのだろう。



9ヶ月だけアメリカに留学すると言って日本を出た私が、いつまでたっても帰ってこない。






このメモを父が書いた少しあとに、一時帰国した私は父と有楽町で待ち合わせたのだった。



どんな用事があって有楽町にいたのかはもう思い出せない。



が、その時の会話をはっきり覚えている。



その数ヶ月前にアメリカで初めてパーマをかけた私は、チリチリのアフロヘアにされて悩んでいたのだ。



父は有楽町の駅前で私に言った。



『銀座に行ってカツラを買おう。』


有楽町駅、ここに立つと私と父の姿がいつも見える




結局カツラは買わず、うどんを一緒に食べたあと別れた。




有楽町の駅前に立つ時いつもあの日の父と私を思い出す。



あの数日前に、父は私に会ったらお金の話をしようと思ったのだろう。



費用を捻出するのが難しい。



一体いつ日本に帰ってくるんだ?



と言うつもりだったのかもしれない。





が、父は言わなかった。



私の顔を見ると言えなくなったのだろう。



アメリカをエンジョイしている娘。



どうにかしてもうちょっとアメリカにいさせてやろう、と思ったのかもしれない。






父に対する申し訳ない思いと、父の愛を感じて涙が止まらなくなってしまった。


東京滞在費5万円と書いてある



そうだ。私も自分が死んだあと息子たちに私を思い出してもらうために、一冊の本にメモをはさんでおこう。



息子たちが母を思慕して涙するのは一体どんなメモなのだろうか。




が、問題があることに気がついた。

彼らは本を読まない

2018年2月25日日曜日

R子さんの運

今朝3時に目が覚めた時から胸が苦しい。


病気ではないが胸が苦しくて眠れない。




明け方トイレに行きたくて目が覚めた。


まだ暗い部屋を歩くのに、手元にあるiPhoneを懐中電灯の代わりに持って行く。


するとスクリーンに静岡のR子さんからのメールが浮かび上がった。


私のブログを読んでくださったのが縁で、仲良くさせてもらっている美女医さんだ。




そのR子さんのメールを読んだあと眠れなくなったのだ。




翌日の学会のために京都入りしたR子さん、建仁寺、京都国立近代美術館でゴッホ展と廻ったあと午後1時半になった。


以下R子さんの了承を得てメールを抜粋させていただく(前後の関係で少し編集させてもらっています)。



さて、xxx(私の名前)さんお勧めの鯖寿司うどんセットを食べに行くぞと決めましたが、ここからは交通の便が悪いのでタクシーに乗って(出町)商店街の入口へ。店はすぐに見つかりましたが、7、8人並んでいました。これが2時くらいかな。飾ってあるお寿司の皿が数少なくなり、もしかしてもう終わりかなと一抹の不安。

ちょうど3人前にいるのが少し年上の女性、つぎが私ぐらいの女性、そして私で、私の後ろに20代の女性がおり、みなお一人様。お店の人が、3人前にいた女性に、『お鮨はお客さんのツレまでですよ』と言ったら、女性が『私ら4人はバラバラだけどみんなひとりもんだから、相席でいいねん』と言う。ということで、結局おすしは私の次の女性までセーフでした。その後ろの老婦人はうどんだけでいいとのことで、そこまでで終わりでした。

ギリギリセーフで鯖寿司ランチにありつけたR子さん、相席になった横浜から来た同年輩の女性とも話が合い、一緒に下鴨神社に行ったあと二人で京都駅まで帰ったということ。


ずっとおしゃべりが楽しくて運がいい一日だったのかな。

とくくってあった。




実は先日鯖寿司のシッポ部分に当たってしまった姉が、先週東福寺そばの鯖寿司セットを提供する食堂に入ってうどんセットを食べたのだが、まるで別物だったということ。


その時の写真を見ても何も感じなかった。


姉が食べた鯖寿司うどんセットは1370円


が、R子さんが送ってきてくれた写真を見て眠れなくなったのだ。

やはりうまさはこの鯖の厚みから来ているんですね
出町満寿形屋鯖寿司うどんセット1000円



苦しい。


何かが食べたくて狂おしい気持ちになったのは初めてだ。


12月に鯖寿司が食べたいと思い始めるといてもたってもいられなくなった、と淡路島からはるばる京都に来てくれたNみさんの気持ちがやっとわかった。

恋ってこんなにも苦しいものだったのね