2013年7月18日木曜日

回数券と青梅慶友病院

回数券を買った。マッサージのだ。先月日本に帰る前にマッサージに行った。連日のペンキ塗りでガチガチに背中がこっていたので、天国にいるような気持ち良さだった。マッサージの間中『これに毎日来れるように、どうにか仕事をしてお金を稼げないだろうか』と考えていた。それに味をしめたのだ。

今日は肩こりなどなかった。ただ日本でのストレスいっぱいの生活のあと、飛行機で身体が疲れているだろうと思ったのだ。疲れていなかった。マッサージは前回ほど気持ちいいとは思えなかった。ただ1時間身体を誰かにもみほぐしてもらうのは『結構ですなあ〜』という感じ。

マッサージの間は不思議なもので、他ことは何も考えない。マッサージのことだけを考えているのだ。頭の中には色々な単語が飛び交う。『手の平』『肉厚』『肉と肉のふれ合い』『足の裏』『指』という言葉だ。それに気がついておかしくなる。肉と肉のふれあい?

終わって30㌦の支払いをする時、受付にマッサージ5回で1回分が無料、と書いた札があるのに気がついた。つまり6回のマッサージで150㌦ということだ。1回が25㌦。勿論チップは別料金だが。よし、買おう。受付の女性が回数券を作ってくれる。今日の日付を入れているのを見たら、『このお店が閉店したらどうなるんだ?』と心配になってきた。なにしろアメリカのお店というのは、あっという間になくなってしまうのだ。買った金券が使えなくなってしまった、というのはよく聞く話だ。

ま、もう払ったんだから仕方ない。よし、1枚はいつも髪を切ってくれる美容師さんにあげよう、そしてもう1枚は友人Mにあげよう、と決めた。う〜ん、閉店を恐れて回数券を2枚誰かにあげてしまうのでは、回数券を買った意味がないような気もするが。


隣のスターバックスに行ってメールチェックをする。このマッサージのお店は、スターバックスとサブウェイサンドイッチのお店にはさまれている。マッサージが終わったあと、コーヒーを飲まずにまっすぐ家に帰るのは至難の業だ。

姉からのメールで、青梅市にある慶友病院というところの話をカンブリア宮殿という番組で見た、とあった。少し調べてみた。この病院の基本姿勢は『病院はサービス業である』ということで、患者を患者さまと呼ぶことをスタッフに徹底している。スタッフは患者をもてなすのだ。スタッフ同士は自分以外の全員を5段階評価することで、顧客である患者さまに献身的に対応しているかどうかをチェックする。顧客を優先しないスタッフは淘汰される。


一人の患者に対して一人の担当をつけることで、患者との間に信頼感が生まれるようにする。また全部で14病棟の各病棟に毎月100万円の予算を与え、それは患者のために使い切ることを奨励する。従来の老人ホームではお年寄りに童謡をうたわせる、という的外れな対応をしがちだが、この病院では潤沢な資金を元手に試行錯誤を繰り返し、顧客満足の向上を図る。

看護師のお給料を調べてみた。経験5年の正看護師の場合、夜勤月4回で年収570万以上。年間休日107日、有給休暇の消化率は80〜90%、託児所もある。

この病院では内部効率を一部犠牲にして、家族がいつでも面会できるようにしている。また一流ホテル並みに、一切の臭いがないようにこまめに掃除をする。患者には一日2〜3時間はベットを離れてもらい、寝たきりになるのを防ぐ。トイレに3時間かかることもあるが、リハビリの一環として考える。


可能なことは患者本人にしてもらう。これは患者の自助能力を低下させないためだ。実は患者のことをスタッフがするのは簡単で、かえって手がかからない。それによって患者は自助能力が低下していってしまう。この病院はこういった個人個人に合わせたリハビリに力を入れているので、車椅子で入居してきた患者がしばらくここで過ごすうちに、歩けるようになったりするらしい。

まさに自分が親孝行するよりも、この病院に入れることが親孝行になる、と言えそうだ。それもおいしいものを食べることで人生が楽しいと思えるように、食べ物にはかなり力を入れている。コンサートなども本格的なものが実施されていて、患者はコンサート会場に行くために備え付けのケースから、好きなアクセサリーなどを選んでつける。


この病院の費用は個室の場合1ヶ月62万円。4人部屋で32万円。父が今のホームで暮らすことがむずかしくなった場合、4人部屋に入れるか、と考えてみる。父の年金では足りない。完全に足りない。しかし、今のホームでどうにもならなくなった場合、こういう病院もあるのだ、ということを知ってホッとした。


いや、父よりも自分がいずれこういう所に入れるように、貯金しておかないといけない。マッサージの回数券などにお金を使うよりも、エクササイズとウォーキングをして、お金を使わずに健康でいることを考えるべきか。

2013年7月17日水曜日

女性の顔

あれからもう1週間。父はホームの看護師Uさんと姉の付き添いで、森先生の所に行って来たようだ。父は調子がいいので、不安や幻覚を抑える薬は引き続き飲み続けることになった。そして1ヶ月後に受診して、薬の副作用がないかどうか確認する、ということ。

父の通う病院
姉が8時半に診察券を入れて、実際の診察は11時前だったらしい。その間Uさんがずっと父と話してくれる。夜中でも何でも対応するから、連絡してくれ、信頼してくれと言うこと。Uさんは父の幻覚症状が薬のせいだと思い、ずっと自分を責めていたということだった。

Uさんはいつもおどおどしたような表情で、どんな人か以前はわからなかった。が、先週父のところに来て話している姿を見ると、朴訥ないい人だというのがよくわかった。父も「顔を見るだけで信頼できる人だとわかります。」と安心していた。でも父は女性の顔を見てはいけない、と言われて育った世代の人なのだ。とにかく女性の顔をじっと見つめるということをしない。

ホーム玄関アプローチ
ホームに帰った時、父はUさんに深く頭を下げながら「本日はありがとうございました。お世話になりましたが、私は女の人の顔を覚えられないので、もう覚えていませんがすみません。」と言ったらしい。

普段の父は陽気な人柄で、あちこちのデイサービスで友だちを作っていた。病院や老人保健施設を転々としている時も、必ず友だちを作って病棟の雰囲気作りをしている、とスタッフに言われたものだ。

中でもデイサービスに通っていたSさんとは仲良しで、しょっちゅう電話でも話していた。どうやって友だちになったか聞いてみたことがある。父はSさんに「おい、楠木正成」と声をかけたそうだ。Sさんが楠木正成に似ていると思ったからだそうだ。それから二人はとても仲良くなり、父が今のホームに入居した時には、Sさんもこのホームのデイサービスに通ってくれないかなあ、と思ったほどだ。

今父の部屋のある3階は重症の入居者が多く、特に男性は会話ができるような人がいない。2階は父のような人が多かったので、佐野さんのような仲良しができた。その点では3階にいるのがかわいそうではある。それでもある日女性入居者に話しかけている。女性の方は認知症があり余り会話ができる人ではなかったが、父は熱心に会話を続けようとしている。

以前の4人部屋

父が女性に話しかけるのは珍しい。びっくりした姉が横で様子を見守っていた。すると余り成立していない会話を続けていた父が、その女性に聞いた。

今の個室

「ところでおたく、奥さんはお元気ですか。」

2013年7月15日月曜日

機内でインターネット

今夕食を食べ終わったところ。メニューはごまドレのかかったサラダと、ビーフストロガノフ。それといんげん。まだアメリカに帰り着いてはいない。実は今UA886便の中で書いている。今日の関空はどしゃ降りだったせいか、やはり上空も大気が安定していないのだろう。飛行機はかなり揺れている。たった今機長が、フライトアテンダントに着席するように指示を出したところ。
意外にもおいしかった

今日のフライトでは、やはり一番前のバルクヘッドと呼ばれる席を予約していた。一番レッグルームの広い所だ。でも座席表を見るとちらほらと空席がある。

いつも予約する席
今日は最後まで空席だった
空港のチェックインカウンターで、通路側で隣が空席の所に席を移動してもらった。隣が空席だと、足を座席の上に置いて伸ばすことができるので、かなり楽なフライトになる。篠田節子の本と空港の無印良品で買ったお菓子で快適。空港ではいつものようにコンビニ、本屋さん、スターバックスで時間を潰した。
カフェインのないのは抹茶フラペチーノだけ

空港にまで遂に進出の100円ショップ



そして機内WiFiを買う事にした。$19.99。高い。しばらくどうしようかと迷ったが、一度は試してみたかったのだ。ただ744は機内に電源がないから、パソコンの電池の残量が気になったが。



それにしても、今朝パソコンでチェックインした時びっくりした。なんと預けることのできる荷物は1つまで、という新しいルールに変わっていたのだ。2つ目の荷物は9千円。もったいないので急遽荷物を1つにまとめた。

が、荷物は23㌔まで。洋服、靴、お土産のチョコレートなどを入れるとあっという間に26㌔になった。仕方ない。3㌔分の本を機内持ち込みの手荷物に入れた。結果空港のカウンターで測ったら22.4㌔だった。ぎりぎりセーフ。こうしてUAは次々に課金できる項目を増やしている。数年前までは73㌔の荷物を預けることができたのに。ま、仕方ない。ガソリン代もどんどん上がっているのだから。


今朝の関空はどしゃ降り
これが乗った飛行機
それにしても、隣の通路で時々立ち上がってはエクササイズをしている男性がいる。これがちょっとしたストレッチというようなものではない。ラジオ体操だいい〜ち、というかけ声が聞こえて来そうなほどの、フルエクササイズなのだ。


いいなあ。人の目なんか気にせずに自分のしたいことができる人。

2013年7月14日日曜日

内覧会

朝9時40分から姉が買ったマンションの内覧会が始まった。会場には数十人の職員や業者が集まり、物々しい雰囲気。30分を与えられる。普通は2時間から3時間ぐらいかかるらしいが、エアコンも入っていない部屋では30分でも長い。ただ京都は昨日の大雨からぐっと温度が下がったので、まだ息苦しいほどの暑さではなかった。


一番気になったのが窓からの景色。向かいに保育園があるので景色がかなり遮られることはわかっていた。それでも少しは大文字山が見えるのだろうか。抜け感はあるのか。景色が全くなかったらこのマンションはキャンセルするつもりだった。手付け金は失うことになるが、向かいの保育園の壁を見ながら暮らすよりはいいだろう。保育園は2階建て。マンションの部屋は3階だ。

リビングルームに入ってホッとした。保育園の壁は見えるがその後ろには山が広がっている。送り火の日はさぞかしきれいだろう。送り火はちょうど1ヶ月先。今年は部屋から見ることができるのだ。



壁、床の傷などを調べる。水を流してみる。大丈夫だ。別に問題はない。しかし小さい。70㎡にちょっと足りないぐらいのスペースだが、構造上の梁などが目につく。思ったより天井が低く感じる。ここにダイニングテーブルが置けるのか。和室の畳はちょっと安っぽい感じがする。狭いのになぜかお風呂だけがばかでかい。もったいない、と二人でブツブツ文句を言う。

でも、新しいマンションは嬉しい。誰も住んだことがない部屋に入るのは楽しいだろう。狭いがシンプルに住めばステキな空間になるだろう。


ただ、父のホームは父の家のそば。それは京都の南の端。マンションは北の端。職場は西の端。メインはやはり父の家に住むことになるだろう。マンションの維持費、父の家の維持費などを考えると2軒を所有するのは大変だ。これからどうするかじっくりと考えてみないといけないだろう。

まあ、とりあえず父は知性の光も少し戻って来たような気がするし、明日はちょっと安心して帰ることができそうだ。



残念なのはリンスカムのノーヒットゲームを逃してしまったこと。


明日からまたGO GIANTS!!!

2013年7月12日金曜日

近所の家

最近こんなにほしいと思うものがあっただろうか。思い出す限りない。日々ほしいものはある。洋服、ネックレス、旅行鞄、ヨーロッパ旅行、裏庭の家具などなど。それは決して手の届かないものではない。

しかし、家は容易には買えるものではない。喉から手が出るほどほしくても。

サンノゼの我が家の近所の家が売りに出た。この3枚は売り家の写真だ。$1.65M、つまり1億6500万円だ。勿論手が届かない。でも我が家を売って、預金をはたいて、老後資金もはたいて、姉から借金をして、銀行ローンを組めば買えるかもしれない。などと考えてみる。


それでも無理だとわかっている。何故ならこの売りに出た家はあっという間に10人ぐらいの買い主が現れて、競争になって価格はつり上がって行き、最終的には1億8千万円ぐらいで売れることだろう。それも10人は現金を用意するのだ。

仮に我が家を売って現金が用意できると仮定してみる。しかし、家を売って手続きをすませるには、最低でも1ヶ月ぐらいかかる。つまり条件つきのオファーを出すということになる。売り主は当然1ヶ月待たない。一切の条件抜きで1億8千万円の現金を出してくれる人がいくらでもいるのだから。

広大な主寝室
まあ、夢は見ても誰も文句はないのだから、この家を現金で買うことができた、と仮定しよう。次は何か。固定資産税だ。これは年間1.25%。つまり1億7千万円で買えたと仮定しても、年間2万㌦以上の税金を払うことになる。月額は18万円足らずだ。

調べてみた。この家は1998年の新築時に727万㌦で売れている。この頃1㌦は値動きが激しかった。98年の最高値は147円。最低値が112円。間を取って130円で日本人がこの家に投資したとしよう。9500万円だ。駐在を終えて帰国する。家を売らないといけない。1億7千万円で売る。不動産業者に手数料の1千万円を払う。そう、アメリカの不動産業者は売り値の6%の手数料を取る。純利益は6500万円だ。
2階のファミリールーム

などと別に日本の駐在員を想定して考えるのも別に意味はないが、日本の家と比べてアメリカの家はとにかく年月を経て値上がりする、ということが違いだ。バブルがはじけた時少し値下がりしたが、それでも長期的には確実に少しずつ値上がりしている。だから家を買うのは競争になる。確実な投資など他にないのだから。

とはいえ、もう家を買い替えることなど夢の夢なので、取りあえずは帰国したら家の改装に励む事にするか。
テラスを拡げているところ
椅子の下部分にセメントを入れた
次はブルーストーンという石を入れる

2013年7月11日木曜日

超高速ディナー

父は日に日に元に戻って来るようだ。今日も午後4時頃ホームに行くとリビングルームに
座っていた。表情は穏やかだ。スタッフの一人と一緒に歌をいくつかうたった、と嬉しそうに言う。田畑義男のCDを買ったよ、と言うと嬉しそうだった。



今部屋にはCDプレーヤーが置いてあるが、携帯用のがあればほしいなあ、と言うこと。そんなもの今時あるのだろうか。
⇦これ?

2時間ほどしゃべってホームをあとにする。今日はこの前長男を連れて行った居酒屋に行きたい。ホームを出た所で電話した。7時から2名で予約できるかと聞くと、8時50分までで良ければ取れるという返事。ホームまで迎えに来てくれた姉と二人で、レストランから近い高島屋に車を停める。5000円買い物すれば駐車料金がただになるので、化粧品を買って居酒屋に行くことにする。化粧品を買って、急いでエスカレーターに向かっていると好みのシャツとワンピースが目に入る。これを試着したいけどもう7時5分前だ。諦める。

居酒屋ではもも酒ソーダを注文した。食べ物は山芋とホタテのサラダ、野菜と一緒に食べる冷や奴、茄子の生姜醤油、新ごぼうのうに味噌和え、鳥もも肉のわさび醤油。食べながら姉と洋服の話をしていると、やっぱり試着したいということになった。高島屋の閉店時刻は8時。ということは食事を7時40分までに終えて走らないと間に合わない。

最後のもも肉がなかなか来ない。来たのは7時半を過ぎていた。それにしても居酒屋で30分で殆ど食べ終える人は余りいないだろう。


もも肉を5分で食べ終えてお勘定を頼む。かなり恥ずかしかった。もうしばらくは行けないなあ。

2013年7月10日水曜日

いらないペット?

京都は息ができないほど暑い。ような気がする。いや、やっぱりホントに暑い。

今日も移動はタクシーを使う。もったいないがここで脳梗塞とか起こしてはいけない、と2度使った。1度目は朝10時に父のホームに行く時。途中踏切でひっかかったので890円。スムーズに行く時は820円。


父の森先生の予約が1時なので、早めに一人で診察券だけ持って行くことにした。ホーム隣の駅から電車に乗り、電車を降りた所で病院までタクシー。これが650円。電車はICOCAを使うようになってから、いくら払ったのかわからないことが多い。多分190円。今日の交通費は計1730円。

父のお出かけファッション
診察券を11:11に入れて父の到着を待った。姉が仕事を午後休にして父を1時10分に連れて来る。結局1時半には診察を受けることができた。父は木曜日の夜の電話以来穏やかに過ごしている。ただ今は安定剤を朝晩飲んでいるので、それをやめるとどう変化するか、が心配だ。来週の水曜日にまた診察を受けることになった。それまでは薬は減らさない。来週の時点で夜だけに減らす。そして最終的には安定剤をやめる方向だ。

2時に病院を出てホームに向かったが、なにしろ車の中でもじりじりと焼け付くような暑さ。ホームのそばのコンビニでソフトクリームを買って、ホーム1階で食べる。30分ぐらい父の部屋でおしゃべりしたあと帰ることにした。次は明日の夜来るからと言っておいたが、24時間以上ホームに行かないのはこの3週間で初めて。心配だが少しずつ慣れていってほしい。来週から姉一人で父の世話をするようになると、毎日行くのは大変だ。今でも姉は自分の時間がない状態。


サンノゼの我が家では、裏庭の石でできたテラスを拡張する工事が始まっている。拡張予定部分の写真が送られて来た。右側に見たことのない木が植えられている。一体どこから来たのかと思えば、隣の家族が裏庭工事をする際いらなくなった、と我が家にもらわれて来たらしい。う〜ん、これ楓?余り好きではないなあ。



なんと言うか、まるでいらないペットを押し付けられたような・・・