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2026年9月7日月曜日

老舗弁当と法令線

京都での日々が終わり、東京に移動して来た。


京都では雨が続く中、両親の眠る建仁寺にも行った。

朝は観光客も少ない

お墓は建仁寺の中の両足院にある


姉と墓参り

鴨川、加茂川、賀茂川、さてどれが正解?
答え(市街地部分は鴨川)


東京への移動日には、新幹線の中で食べられるように、お昼ゴハンは京都駅にある伊勢丹で料亭弁当を買ってみた。


私が京都に滞在する間、外食代わりに姉に何度か料亭弁当を買ってあげたのだ。


いくつか買った老舗弁当の中、姉が一番気に入ったのははり精の弁当。


下の写真は魚三楼。


美味しいが、ご飯が多過ぎる。


魚三楼の弁当は悪くない


国家公務員として数十年働いたにもかかわらず、姉の年金はこのところの物価高の中充分ではない。


今の物価高と、アプ(13歳、姉の子供)の医療費と獣医までの交通費(タクシー代は往復6千円から7千円)でかなりの出費が続いている。


なので、私が京都にいる間だけは、US$パワ=で姉に美味しいものを食べてほしかった。


私は以前ほど厳しくは節制していないが、砂糖はあまり食べないようにしている。


中でも和食は、血糖値を爆上がりさせる。

朝はコンビニや姉のキッチンからの野菜やパンを
「家政夫のミタゾノ」を見ながら食べる


東京に移動する新幹線の中で食べる弁当に、私は一番小さい「はり精」のものを買った。


それでも食後血糖値は爆上がりの191!

蓋に載せたのは、ご飯
この弁当のご飯はこれが2つのみ


私が京都に到着したのは8月末で、もう涼しくなり始めていた。


料亭弁当、こんなささやかな楽しみもない毎日だと、生きる気力もなくなりそうな猛暑の京都だった、と姉が言う。


アプもこの猛暑で一気に老け込んだ。



ほら、法令線が深くなった

2026年8月19日水曜日

なんだかものすごくネガティブな日々

ここ数ヶ月物忘れの度合いが激しく加速した。


めちゃ加速した。


3日後、カリフォルニアに帰る(これは覚えている)。


雨の日が続き雷も多い。


やはり1800メートル以上の高地のせいか、カリフォルニアのものとは全く別モノの雷鳴。


物忘れ加速の原因として、幸福感がないせい?と思っていたら、プレジデントオンラインのタイムリーな記事を見つけた。


記事を読んで、自分は今後幸福になれるのだろうか、と考えこんででしまった。


機嫌のいい人は、脳の老廃物アミロイドβが溜まりにくいそうだ。


一日をクヨクヨせず過ごすマイナス思考が、アミロイドβを増やしているのだ。


以下(ピンク文字)が記事からの抜粋、黒字は私の実際の状態。


■「最高の一日」をかなえるための5つの条件


1 )夜10時に寝る

大体夜中0時前後に寝る。

2 )一カ月単位で一日の平均睡眠時間を8時間30分以上にする

平均6時間半である。


でも、中途覚醒が多く、実際は5時間半ぐらいの日が多いと思う。


3 )朝7時45分までには起き、かつ日中の眠気はゼロ

大体は8時前に起きて、日中眠気はゼロ。

4 )日中の仕事時間、10時間の間に気分が下がることはゼロ

一日中気分はダダ下がっている。

5) 朝起きて散歩して、一日4.5km以上歩く

夏は20時から(冬は16時から)一日3km歩く(朝の光でこそセロトニンが増えるはずなので、減っているかも)。

最近は気温が高いので、午前中モールを歩くことが多い


この5つの条件は、何か一つが欠けても機嫌負債が生じる

機嫌が悪いのはデフォルト状態。


しかし、毎日実践することで以下の変化が起きるそうだ。


1 )わずかな機嫌力の低下にも気がつく

いつも機嫌が悪いから、低下してもわからん。


2 )そもそもストレスを感じなくなる

あれこれストレスを抱えているので、可能とは思えない。


3 )生きていることそのものが楽しい

本当だろうか・・・🤔


4 )夜眠るのが楽しみ

寝ることに幸福を感じないので、できれば24時間起きていたい。


5 )明日の朝、起きるのが楽しみ

朝ごはんのベーグルだけが楽しみ。

……などなど、数えあげたらきりがないほど、幸福感に満たされた日々を送ることができますということ。

・いまのあなたは本当のあなたですか?

本当の私だとずっと思っていたが、、、違うのか?


・いつの間にか自分に期待できなくなっていませんか?

全く期待できないし、お先真っ暗。

・あなたの周りに、あなたの機嫌をよくする人は何人いますか?

10人ぐらい?


でも半分が日本在住の友人なので、彼らに会ってない時機嫌は悪い・・・?


そうでもないかもしれないが、アメリカにいる時より日本にいる時の方が充足感はある。


多分短い間に友人たちに会い、美味しいものを食べて、ストレスの元となるものが少ないから?


誰か私の機嫌を良くしてくれい〜‼️なのか?


イヤ、機嫌良く過ごすには自分を高めるしかないのだ。


コロラドにいると、大雨の後濁水で水量が増している敷地内の小川に、孫ズが入るのを心配したり(一応簡単なフェンスはあるので、親も見ていない)・・・


次男が作った裏庭に作ったバイク用コースを走る二人(今週誕生日の9歳ともうすぐ6歳)を心配したり・・・

孫1(左)はダートバイクレースに毎週末参加している

人への期待は、その人が期待に応えてくれたならば上機嫌のもととなりますが、逆に期待に反する結果になった場合は、不機嫌の要因となります。他人に期待する前に、自分に期待する練習をしましょう。

自己肯定感が低すぎて、自分に期待することなど到底できない。

今までの人生、ほとんどが人の世話ばかりで、自分に期待している暇がない。

そんな声が聞こえてくるかもしれませんね。これらの声は、あなたの脳が発するSOS、あなたの本心です。

悩みのない犬が一番ハッピーなのかも

2025年5月24日土曜日

京都の実家(1/2)

突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる。


去年読んだ本


5月9日に日本から帰国したばかりなのに、6月にまた日本に飛ぶことになった。


その間にコロラド1往復。



また巨大なデンバー空港に戻ってきた


今年は推定26回飛行機に乗ることになる。


そんなに乗っても航空会社は何かご褒美をくれるわけでなく、ひたすら来週はどこにいるのだ?と考えている。


なぜ日本から帰って来たばかりなのに、また日本にUターンするのか。


実は実家の整理をして売りに出すことにしたからだ。


2023年の11月、売りに出る直前に次男が京都の家がほしい、と言った。


が、その後日本に来たのはたった一度。


京都の家に滞在したのはたった3夜。


コロラドでビジネスを始める準備を着々としていたが、2025年1月に大怪我。


1月末から仕事を始め、2月に京都に来る予定だった次男のスケジュールは、全て変わってしまった。


当分日本に来る予定は立たない。


顎骨折で顔の下半分にズレがあったが、今回見てほぼ治ったなと思った。


やはり若いからいずれ完治するのだろう。


まあ、何はともあれ再来週コロラドからサンノゼに帰ったら、その1週間後に日本に向かう。


京都に1週間滞在し、家に泊まり込んで片付けをする。


こういう感じで、まだまだ家具も残っている
床はアプ(犬)のためにコルクタイルを敷いている


今まで家のメンテは隣人に頼んでいた。


庭の手入れは都度3万円、空気の入れ替えや水道などのチェック1万円、とお金もかかる。


が、隣のご夫婦が始終目を光らせてくださり、それは本当にラッキーだった。


次男は京都の家が大好きで、いずれマリーと子どもたちを連れて日本で休暇をとることを楽しみにしていた。


とはいえ、殆ど来ない上、メンテが大変過ぎる。


なので、もう姉が管理するのも限界、家は日に日に古くなり売りにくくなる。


あなたたちがキープしたいなら、自分たちで管理してほしい、と伝えると次男は「わかった、売ってもいいよ」と即答。


意外とアッサリした返事だったなと思ったが、あとで聞いてみると心の中では本当に辛かったようだ。


が、今自分には収入がない。


そんな自分が家をキープしてほしい、なんてことはとても言えないと落胆していたらしい。


そこにマリーが来て、私が家のことを話すとものすごく怒った。


あの家に今後家族で滞在するのが夢だったのに、なんで売るの!と。


「姉はあの家の維持に大変な思いをしている。庭のメンテ、崖に建った家のメンテ、例えば屋根の瓦が台風で飛んで誰かを傷つけたら誰が責任持つ?誰が保証金を払える?」と色々諭したが、通じない。


タイミング悪く、そこで夫登場。


空気の読めない夫だけには、この場に来てほしくなかった・・・と思ったが後の祭り。


突然だが、今の私の夫への気持ちはこれに尽きる

2025年2月3日月曜日

満州からの帰還 2/4

終戦から4ヶ月後、12月26日に妹が亡くなった。


妹は奉天でもよく入院していた。


昔から病気ばかりしていた、身体の弱い妹だった。


薬もなく、医者を見つけるのも大変な世の中だったのだ。


その悲しみのせいもあったのだろう、母が翌年1月18日早朝眠るようにして亡くなった。


寒いからお母ちゃんのへり(そば)に寄って寝なさい、と私に言ったのが最後の母の言葉だった。


母が死んだのは悲しかったが、周りは親を失った子も多く、皆で暮らす楽しさもあった。


中の一人の笑い方がおもしろいので、その子が笑うと伝染したように周りが笑うのだ。


朝鮮の年配の男性が、約100人の日本人たちに家や学校を確保してくれていた。



皆でそうやって暮らしているうちに、1947年になった。


私は日本に帰りたかったが、朝鮮を出る手段がない。


が、ある日その年配男性の計らいで船を雇い、夜中にこっそり沖に出ることになった。


家を出る前に、同じグループの皆で家を掃除した。


どこからともなく、「松XX之」という名前と住所を書いたクシャクシャになった紙が出てきた。


母の弟、つまり私の叔父の名前である。


私はとっさにその紙を自分のポケットに入れた。



航海中、私は隠れながらも時々デッキに出た。


1週間ほどたった頃だったろうか、小さな漁船が来た。


漁師が魚を買ってくれないか、と言っている。


誰かがお金を出した。


が、漁師は「ここは韓国だから朝鮮のお金は使えないよ。」と言った。


(朝鮮が北朝鮮と韓国に分割されたのは1948年なので、この時点ではどういう通貨が使われていたかは定かではない。)


漁師の言葉で、ここは南だ!とどよめいた。


遂に韓国に着いたのだ。


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞


つくづく思う。


なんでいがみ合うのだろう。


なんで戦争するのだろう。


なんで殺し合うのだろう。


ここで縄張り争いをしているのは、アイドルだけ

2024年9月20日金曜日

トレジョのミニトートバッグ

トレジョ(トレーダー・ジョーズ)のトートバッグはアメリカでも日本でも人気がある。


左が大きいトートバッグで、以前はどこのトレジョにもあったが、今はあまり見ない。


小さいトートバッグは大人気の限定販売品で、プレミアムがついてヤフオクやメルカリでも販売されている。


小さなトートバッグは、年に2度ほどお店で販売される。


ちょうどパソコンが入る大きさ

両面に外ポケット付き
日本の買い物バッグと比べると2周りほど小さい


その限定販売が9月18日の朝8時から、という情報を得たので7時45分に夫と行ったら、もう行列ができていた。



しばらくすると、店員さんがお店から出てきて、お一人様5つまでです、皆さんに行き渡るだけの数が充分あるので、大丈夫ですよ、と説明がある。


このバッグは、アメリカでも日本でも場合によっては高額で転売されるらしい。


私はこの大型版トートバッグが好きなので、小型があると聞いて以来ずっとほしかった。


家族連れで来た人たちも含め、どの人(子供)も腕に5つ抱えてお店を出てくる。


夫と私で10個買った。


その後姑を東京ベーカリーに連れて行く約束をしていたので、50キロほど運転して姑が住む義妹のを家でピックアップ。

東京ベーカリー前の道


そこからまた20キロほど離れたところにあるベーカリーに、まず姑を連れて行く。

持ち帰り用のパンやサンドイッチとコーヒー
(はっきり言って日本で食べるパンとはかなり違う)


食後買い物に行きたいという姑を、朝行ったトレジョとはまた違う姑の家の近所にあるトレジョに連れて行く。


そこにはまだトートバッグが残っていた。

1つ$2.99


コロラドで家族に、そして日本の友人へのお土産が買えたと思うと、大きな達成感がある。


なにしろ、毎日毎日食事作り、片付け、孫と遊び本を読んであげて寝かしつける、という単調な日々。

右は先日7歳になった孫の靴、左が私の靴24㌢

夜は私のベッド横で、7歳と4歳の孫ズが寝る
4歳の方は寝たあと、子供部屋に移す


トートバッグ三昧の一日の終わりに、孫1のために注文していた、ゴーグルと革手袋がアマゾンから届く。


ゴーグルはこんな感じで7歳児の目をちゃんとカバーする
革手袋もピッタリ


が、トリクシーがこの革手袋を気に入ってしまって、数分後には裏庭に持って行き、クチャクチャになっていた。


次男はトリクシーがかわいくてたまらないので、ヤレヤレという顔はするものの、トリクシーを裏庭に連れて行きシャワータイム。

ぬるま湯でシャンプーしている間、大人しく立っているトリクシー


私はその間、孫1のバックパックから宿題を出して、一緒に終わらせる。


バックパックから、黄色いポストイットが出てきた。


女子クラスメイト・ハナちゃんから孫1への、「Your (You're)  funny」というメッセージである。


幼少時、おもろい男がモテるのは万国共通である

2024年8月9日金曜日

最近起きている事

さてさて、ネトフリ沼にハマってた時(今もだが)にも、当然だが普通に時間が流れていた。


7月・8月初旬に起きたこと/考えたことを書いておこう。



1️⃣ 7ヶ月ぶりに血液検査を受けた。


結果、総コレステロール値は300!!



いや〜〜、冗談冗談。



本当は、295だった。


変わらんがな❗




思えば日本滞在中は、朝に昼にとトランスファットだらけの甘いパン。


ベーカリー沢村のクリームパン、DONQのコーンパン、The City Bakeryの全粒粉クロワッサン、などなど悪行の限りを尽くした。


ジャガイモ嫌いな私も、銀座ライオンのジャーマンポテトだけは好きである


今回ドハマリした西京漬け弁当(飯田橋改札内の弁当屋さんで見つけた)には、巨大な卵焼き、天ぷらも入っていた。

コレステロールたっぷり弁当


これがLDL180という結果を作った。


当然の報いだろう。

タイタン(猫)も私の腹の上に乗るのを好む


高コレステロールにはアトルバスタチンという薬を飲み始めた。


アメリカでは一番少ない10㎎。


なので、今後も脂っこいものを食べても良いのだろうか、と凝りもせず考えているところ。


一昨年まで、服用していた薬は甲状腺の薬(チラージン)のみだったのに、今は喘息の吸入薬とコレステロールの薬が増えた。


今後、薬がもっと必要になり、病院にももっともっと行かないといけなくなるとしたら、アメリカに住むのは辛い。


改めて日本で、近所のクリニックに歩いて行けることの便利さを思うようになった。



2️⃣ サンノゼとコロラドを6月8月9月と往復して(今はコロラド)忙しいのだが、日本に行く(かもしれない)計画を立て始めた。


ZIP AIRが運航し始めてからは、サンノゼから成田に飛ぶことができるし、運賃もかなり安いのでホッとしていたのだが、大幅に値上げされた。


しかも、秋はサンノゼ便がない(10月第4週目以降12月まで運休)。


なので、ユナイテッド航空のマイルを使って行く(かもしれない)。



ユナイテッド航空マイレージプラスプログラムでは、新しくマイルプーリングというプログラムができた。


誰かがこのプールのリーダーになり、最大4名をのマイレージプラス会員を招待できる。


つまり最大5人が1つの紐づけられたアカウントでマイルを共有できる、というプログラムだ。


私がリーダーになり、長男夫婦を招待しプールを作った。


彼らは50万マイル持っていたので、全部共有プールに入れ、私がそれを使って日本往復の便を予約した(キャンセル無料)。



3️⃣ 次男のビジネスでは、ポジティブなこととネガティブなことが起きている。


お金が儲かるようになるまでには、3年、あるいは5年ぐらいかかるのかもしれない。


儲かるようになるとして、だ。


次男はさぞかし大きな不安を抱えていることだろう。


私もかなり心配している。


心の中では、全てがポシャってしまったら・・・という大きな不安がある。


なにしろもう1年近く収入がない。


引っ越した家では、暖房とエアコンのシステムが壊れていて、これを直すには大金がかかる。

勿論孫ズは何の心配もせず、トランポリンで遊ぶ


その上、配水のシステムも壊れていることがわかり、これを直すにはもっともっと大金がかかる。


配管工さんに修理を依頼するのは、とてもとても高い。


スーパーカーに乗っているのは、配管工さんだと言われるぐらい高い。


冷蔵庫=冷凍庫状態。


芝生に散水するスプリンクラーは機能しない。

初めて見たシェルターから引き取って来た猫
私が近づいたら、全速力で逃げた

トリクシーは皆に可愛がられているが、兎や鳥を捕獲してしまう


マリーもコロラドで働き始めたが、収入はカリフォルニアでのものと比べると半分だ。


私はネガティブなことは一切言わず、大成功する将来が見える、絶対大丈夫❗と励ますことに徹している。


母親が信じてあげなくて、誰が信じてくれると言うのか。



4️⃣ みきみぃというハンドルネームは、大好きな映画「オースティン・パワーズ」に出てくるミニ・ミー(Mini-me)をもじったものである。


なんで今更?

2024年7月1日月曜日

犬と猫

 今年の前半181日のうち、65日しか自宅にいないと気がついた。


つまり、2024年の最初の半年は116日をコロラドか日本で過ごし、65日はサンノゼにいるということだ。

デンバー空港名物の屋根はテント張りである


とにかく空港は巨大で歩く歩く


コロラドでは、現在全てにおいて過渡期の次男夫婦を助けたい気持ちがあり、2ヶ月に1度の頻度で飛ぶ。


起業の準備に半年以上費やし、6月17日にやっと第一歩を踏み出したところ。


昼も夜も、次男は弁護士、会計士、Webデザイナー、その他カウンティー(郡)の係員、一緒に会社を始めた仲間たち、そしてクライエントと夜中に電話で話している。


その合間に、6歳の子どもの世話をし、日中仮眠を取る。


そして、犬トリクシーの散歩をする。

トリクシーはまだ推定1歳なので、
プラスチックを噛みちぎってしまう

私はモールか裏庭を散歩するが、トリクシーが必ずついてくる
この方角は甲子園球場(裏庭)における一塁側


Working Catsと呼ばれる、シェルターから引き取った3匹の猫は、裏庭の離れで飼っているのだが、次男たちも引き取って来て以来一度も姿を見たことがないそうだ。


それでも餌や飲料水は毎日なくなり、トイレも使われているので、生きていることがわかるだけ。


以前から飼っているアイドルとタイタンは、夜だけその姿を見ることができるようになった。


トリクシーが来て以来、猫ズは階下に夜まで降りて来ない。


日中2階の次男たちの寝室にいるので、私はまず彼らを目にすることがなくなってしまった。


トリクシーが夜ケージ(こちらではクレートと呼ばれる)に入ると、2分後に猫ズが1階に降りて来る。


このケージには自分からも入っていくことが多い
くつろぐ場所なのかも


なんで犬がケージに入ったことが、猫には確信できるのか。


それが不思議で不思議で仕方ない。


つくづく犬の単純(時々アホ)、猫の「全てお見通し」という性格の違いを感じる。

いうなれば「犬は男、猫は女」ね