が、父の状態が落ち着かないので、秋と冬の学期は教えないことにして、頼まれた時だけ代講だけすることにした。
月曜日が初日だが、この日は代講を頼まれている。
日本語の会話がかなりできる生徒が5人ということで、楽しみだ。
この『頼まれた時、代講する。』という文はどうして『頼まれる時、代講する。』ではないのか。
ちょうど月曜日の代講の日にこの文法を教えることになっている。
でも、この文法は結構ややこしい。
毎回教えるたびに自分の頭の中を整理しないと、質問に答えられないかもしれない、とびびる。
だからまとめてみよう。
でも日本語を母国語としないスピーカーには、1に比べて2はB部分が過去形なのに、どうしてA部分は現在形なのかはっきりしない。
次はもっとむずかしい。
3.『中国に行った時(A)、ウーロン茶を買います(B)。』
4.『中国に行った時(A)、ウーロン茶を買いました(B)。』
4は理解できるが、3はどうして未来に起きることなのに『行った時』と過去形を使うのか。
3.『中国に行った時(A)、ウーロン茶を買います(B)。』
4.『中国に行った時(A)、ウーロン茶を買いました(B)。』
4は理解できるが、3はどうして未来に起きることなのに『行った時』と過去形を使うのか。
生徒たちがこの3を使いこなすのはむずかしい。
まず、1と2の場合。BはAの前に起きる。
つまりBの出来事(ビザを取る)が起きる時、Aの出来事(チベットに行く)はまだ起きていない。
『寝る時、コンタクトを取ります。』『出かける時、ドアに鍵をかけました。』などの例文がそうだ。
AはBの前に起きる。
つまりB(ウーロン茶を買う)が起きる時にA(中国に行く)はもう既にすんだ出来事だ。
例文としては『疲れた時、お風呂に入ります。』『宿題を忘れた時、泣いてしまいました。』などがある。
『寒い時、頭が痛くなります。』のように。
だが、代講するのは頼まれたあとだから、やはり『頼まれた時』になる。
ほーら、簡単でしょ?
ところがこれ、教えているうちに毎回『ありゃ?ありゃ?』となるんですよね。



