ホームに行くと、今日はわいわいに使われる部屋で検診が行われていた。
ということは、いつもの部屋が使えないから2階の廊下であるのだろう。
2階の廊下は狭い所に大勢の入居者が集まるから、ものすごく暑くなる。
でも、7月に比べてものすごく認知症が進んでいる父に、こういうイベントに参加することは大切だ。
父は歩行機能も低下して始めて、ヨチヨチと歩くようになった。
自分の足が一番高く上がる、と自慢していたのはつい2ヶ月前だ。
9時45分に、3階に上がると父はリビングでうつむいて座っていた。
わいわい広場に行こうかと誘ったが、険しい顔で「今日は絶対行かん。暑いのがわかっとるのに、行ったら具合が悪くなる。先週も暑かった。気分が悪いと言ったのに誰も聞いてくれんかった。その後ずっと調子が悪かった。」と取りつく島もない。
アイスノンを持って行こう、薄着をして行こうと誘っても今日は頑固に動かない。
自分が体温を調節できない時、スタッフがすぐに自分のために動いてくれないことを責める。
こういう父を見るとホッとする。
余りに弱々しい父を見るのは、家で面倒みてあげないことへの罪悪感が高まるからだ。
とにかく一人で家にいることが不安な父は、ホームに住んで家族が毎日通うという方法しかない。
医療機関、介護施設、家族がお互いにサポートし合っていくしかない、と自分を納得させる。
わいわい広場に行かないのなら、一度家に帰って夕方また出直そうと決めた。
なにしろ父が寂しそうに時間を持て余しているのは夕方だ。
重度認知症のグループの中で話す人もいない父は、リビングで頭を落としてただただボーッとしている。
毎回その姿を見ると胸が痛む。
途中スーパーに寄って鰻を買ったあと、家で本を読んでゆっくりする。
そして4時半になったのでまたホームに行くことにした。
涼しくなったとはいえまだ最高気温は30度を超す京都は暑い。
父は何か食べても「おいしい」と余り言わなくなって来た。
何に対しても感動の度合いが低くなって来ているように感じる。
しかし今日は食後に楽しみが待っている。
母の写真だ。
食べ終わってベッドに入って座っている父に、母の写真のコピーを渡した。
果たしてコピーを見た父は「こんなコピーでは役に立たない。」と言うのか。
母の写真を見た父は「あったんか。」と呆然と写真を見ている。
本物ではない、コピーだと言うと「そうか、コピーか。」と言いながらもじっと見つめている。
そして「あったんか。」と繰り返す。
どうも写真とコピーの区別も余りついていないようだ。
何度も洗面台で目を洗う。
そのあとティッシュペーパーを濡らして目を拭く。
それでも気になるようで何度も何度も洗う。
父は目がおかしい、と言い続ける。
このまま父を残して帰宅したくない。
目に異物感を持つ父は夜電話してくるかもしれない。
スタッフに声をかけた。
父が夜、目の事で不安になるかもしれないが、目は大丈夫、明日には眼科医に連れて行くから、と声かけお願いします、と頼んだ。
明日は父が長年なじんでいる眼科医の所に行けるかどうか、ホーム看護師さんと話してみないといけない。





