2024年1月20日土曜日

シリコンバレーから移ったところは・・・

言わずもがな、であるがデンバーはコロラド州の首都である。


そのデンバーから車で数十分のところに、次男一家は引っ越したのである。



1月7日、デンバー空港に着いた私はびっくりした。


飛行機を降りて、チェックインした荷物を引き取るターンテーブルが途方もなく遠い。


預けた荷物をピックアップするために、⇒⇒⇒というサインを追って行くと、着いたところは「荷物ピックアップエリア行きの電車乗り場」だった。

Southwest航空のゲートからは電車で駅4つ目、と遠い


空港から次男の家に着くまで、遠くに見えるロッキー山脈をユタの雪山と比べてしまった。


ユタの、眼の前まで迫った雪山の景色の方が、私は好きだ。


と、最初からなんだかネガティブな先入観を持って次男の家に到着した。



さて、私が到着する10日前、マリーと孫ズが到着する8日前、次男は既に単身コロラドの新居に引っ越していたのだ。

猫ズはノーストレスで猫ちゃんたちを移動させます、
という業者に頼んだ(1泊2日の旅)


次男が起業するためには大きな土地が必要で、コロラドに買った家は甲子園球場と同じ面積の土地に建つ。

夕方の歩きは裏庭、になった


床面積はサンノゼの家の2倍である。


当初私は地下室に住むつもりだったが、実際はなんだか気が滅入る空間で、バスルーム付きの地上の部屋に移った。

ベッドを組み立てる前の状態


子どもたちが新しい環境にうまく溶け込んで行くのは8歳以前、と信じていた次男は上の子ヒロが6歳の今しか転地のチャンスはない、と考えたということ。

庭には野生のウサギが多い


が、次男のことだ。


またすぐ新しい理由を作って、どこか他の地に引っ越すのだろう。

登校前の準備が毎朝大変


私がこの地を訪れて以来一昨日までは雪が降ったりやんだりで、私はとても運転なんかしたくない。


なので、美しい建築のモールに行き歩きたいのだが、運転できないから次男かマリーに連れて行って、と頼まねばならない。


好きなお店が揃っている美しいモールに行き


お気に入りのNordstromカフェで
(行き交う人は殆どが白人で、アジア人はほとんどいない)


今年は例年より雪が多かったらしいが、今後気候の変動で毎年同じことを言われるのだろう。


車が何台あろうと、新しい土地で凍った道を運転などとんでもない。


が、次男やマリーは新しい環境を楽しんでいるようだ。


若い時はラクロスに夢中で、オシャレな洋服やクルマ命だった次男が、ここまで変わるのか。

今はラクロススティックの代わりに
雪かきショベル持ったオッサン

2024年1月4日木曜日

彼の地へ・・・

みなさま、あけましておめでとうございます。


2023年は12月になって失速してしまいましたが、こんなくだらないことばかり書くブログでも、今年もまたボチボチ更新していきたいと思っています。


お互い、残りの人生、今日が一番若い!


楽しんでいきましょう。



と、3日前ここまで書いたら地震と航空機の事故が起き、本当に元気で生きているだけで感謝せねば、と心を引き締めています。


避難所では、高齢者はもとより、母乳をあげるお母さん、若い女の子たちは特に大変だということ。


一日も早く、被災した方々が、心穏やかに暮らせる日が戻ってくることを願ってやみません。




我が家では、大きな変化が起きつつある。


次男夫婦が揃って仕事を辞めた。


二人が仕事を辞めたのは、数ヶ月前のことである。



そして、次男は起業した。


いや、既に起業したのかどうかは知らんが、寝る間も惜しんで起業に向けて準備をしている。



8年間GAFAで働いていた次男。


彼が起業するのは、もう大企業に組み込まれて働いていても、自分は幸せになれない、と悟ったからだ。


なので、彼は勝負に出ることにした。


ここ数年、次男から以前のような明るい笑顔が少なくなったなあ、と私は感じていた。


が、ゼロから始めるにもかかわらず、今は高揚感に満たされているのがわかる。


新しい土地で起業するための家を探し始めたら、なんと希望の地域に、起業するために必要なものが全て揃った家が見つかった。


また一からリフォームを始める計画らしい


奇跡だ、と皆が感じるほどのタイミングだった。


が、昔から次男には、「このタイミングで、なんとまあうまく事が運んだことよ」と思わされることがよく起きていた。


なので、全てがうまく行くと信じたい。


まず、1週間前に次男が引っ越した。


家族が移って来たらすぐ生活を始められるように、と次男は一足先にに引っ越したのだ。

クリスマスは長男夫婦、Mよさん、私と夫の5人

長男が7時間半かけて焼いたプライムリブの夕食

お正月はマリー、孫ズ、上記の面々、計8人の食事


マリーと孫ズは明後日、新しい家に移る。


同じくGAFAで働いていたマリーは、次男の会社には加わらず、これからは今までと全く違う分野で仕事をしたいそうだ。


まあ、若いうちに色々経験するのは良いことだろう。



起業にあたって、次男を信じて一緒に仕事をしたい、という友人たちが数人集まった。


そのうちの2人、次男、そして通訳として私が、1月末日本に行く。


しばらくは、ベイエリア、次男家族の引越し先である彼の地、そして日本、と3つの場所に生活圏が拡がることになりそうだ。


服装計画においても忙しい。


ベイエリアでのユニクロ


日本でのマックスマーラ(20年着ているもの)


 彼の地でのスノーブーツ

2023年12月24日日曜日

次男家族の引っ越し

早いもので、一昨日日本から帰国した。

朝焼けがきれいだった


最初の1週間は具合が悪く、その後は歩き回ったが、遠出もせず、京都市内と東京をウロウロするだけで3週間半の旅は終わった。

毎日姉とアプと御所を散歩した


が、美味しいものはたっぷり食べて来た。


下の写真は、東京在住K子さんに案内していただいて行った、赤坂見附のレストラン。


数年ぶりに食べたオニオングラタンスープにとろけた


パンも魚のメインディッシュも美味


今回は日比谷公園が気に入り、朝に昼に夜に、と何度も通った。

美しいイチョウの絨毯


今月通い続けた日比谷公園


R子さんと食べた西京焼き定食も今回のハイライトの一つ


さて、私が日本に行く前に色々なことが起きた。


まず、次男が引っ越すことを決め、家を売ることにした。


裏庭には、これから植える予定の花や木々がポットに入ったまま置かれていたのに。


11月20日、市場には売家の少ない今、売りに出した途端3家族が競り合い、希望価格より高く売れた。


リフォームがすんだばかりだったのに・・・


地価の上昇を寿ぐ隣人たち(実際、隣人たちからそう言われたそうだ)が、お別れパーティを開いてくれた。


そしてある州にある家を買った。


引っ越しの準備は2週間で強行された。

ドデカイトラックが、荷物を入れる箱PODを2つ運んで来た

この箱2つでは荷物の半分も運べず(最終的には3つ)、
ほとんどの物は友人たちに譲ることになった


なので、私も手伝ったのだが、だから日本に行く頃にはクタクタになっていた、というわけである。

夜遅く、買ったばかりの物置小屋を我が家に運んで来た


そして車は次男自ら運んだものあり、トラックに格納され運び去られたものもあり。


ついに全てが終わり、今日から4日後次男がまず新しい家に向かい、10日後にはマリーと孫ズが飛ぶ。


猫ズは、ペット移動業者がストレスを最小に抑えながら、新しい地に運んでくれるということだ。


これで、私は次男一家の世話もない、ゆったりとした老後生活が始められるのだろうか。


いや、どうも私に時々来て孫ズの世話をしてほしい、と思っているようだ。


私のために一部屋用意する予定だということ。


半地下である。

1月からパラサイト(半地下のワタシ)生活、デアル

2023年12月5日火曜日

東京での生活1週目

東京は思ったほど寒くない。


なのに、体調を崩してしまった自分にがっかりした。


やはり普段から暴飲暴食の生活、近所を歩くだけの運動でお茶を濁す毎日。


やはり来たか、体調の悪い毎日。

東池袋の休日診療所のお医者さんは、大変感じの良い外国人医師だった


よし、これからは健康的な食生活に変えるぞ、と思いながらも毎日外食ばかりの日々。


これが、楽しいのよね〜〜〜

サンノゼの自宅は、日本に出発する日にこういう状態だった


孫ズの世話もなく、夕食は何にしようかと考える必要もなく、今日は何を買って来て食べるか、と考えるだけでいい毎日。


ドル高なので日本の食べ物は安く感じるだろうなあ、と思っていたがそうでもなかった。


日本に来ると日本の金銭感覚になるので、400円のお惣菜は600円のお弁当を見たあとではとんでもなく高く感じる。

日本のみなさん、こういうの普通に買うんですか?


いちいちこのお惣菜は、3ドルもしないのだ、などとは考えない。


でも茄子とエリンギのおろしサラダが食べたい。


50㌘では買えないのだろうから、100㌘買って2度に分けて食べることにした。

西京焼き弁当に、茄子とエリンギのお惣菜100㌘で
1200円使うと、タケ〜よ!とビビる


なのでハーブスで、千円近いミルフィーユを食べている人々を見ると、「彼女たちにとっては安いものなのか?」と驚く。

池袋ハーブスの店内はコーヒーとケーキを食べる
人々で満席


日本で生活すると、多分日本の物価が高くなった!と感じるようになるだろうことは容易に想像できる。

ケーキは高い!110円の大判焼きで充分


今日は京都に移動せねばならない。


レールパスで西日本だけではなく、東北まで行っていた日々が遠く感じられる。


京都まで無事移動できるのか。


練習のために、昨日は目白庭園まで歩いてみた。



以前は楽々と歩いた飛び石。


今は足元をしっかり見つめながら、こわごわと歩く。

これが結構怖くなってきたお年頃


全てクリア!


良かった〜。




なのに、庭園出口のこの石に蹴つまづいた・・・

2023年12月1日金曜日

東京で具合が悪くなる

日本に到着したのが、11月25日の夜、空港のそばにあるホテルに泊まり、翌朝東京に移動、朝9時前にチェックイン。


今回は搭乗日前日まで体調が悪かった。


日本に着いても、友人に会えないかもしれない、と誰とも会う約束はせずに来た。


前回5月も、あらかじめ誰とも約束はせずに日本に来たのだった。


こうして、年をとるということは体調が悪い日が増えるのか、あるいは喘息を発症したから体調が悪いのか。


多分喘息を飼い慣らすまで時間がかかるのだろう。


到着翌日、夫、夫の親友夫妻と和食ランチ。

特に日本で食べる蕎麦が美味しかったらしい


夫以上にリサーチをしてきた友人夫妻が、一番感銘を受けたのは、京都の旅館でのおもてなし、他にも一保堂の玄米茶の香り、川越の野菜、広島の平和記念資料館、だそうだ。


そして、日本の街全体の清潔感、治安の良さに驚いたということ。


しかし、彼らが日本を楽しめるのは白人夫婦であることも理由の一つである。


JR待合室でも、白人の彼らが椅子を探していると、日本人シニア女性が「どうぞどうぞ」と席を譲る。


日本のイタリアンなども美味しいことに驚いたそう


とにかく、この友人夫妻に目一杯日本を楽しんでほしくて、夫と彼らが帰国する日まで、私はテンパった毎日だった。


ルノアールの朝食の安さに驚く彼ら。


毎年のようにヨーロッパ旅行をする彼らは銀座に泊まり、毎朝美味しいコーヒーの朝食を楽しみ、どこのベーカリーに行ってもフランスやイタリアと同レベルのパンが楽しめることに感動した。


誰に頼まれたわけでもないのに、初来日の彼らに最高の思い出を持って帰国してほしい、と無理をした私は、彼ら(夫も含めて)が帰国した日の夕方から体調を崩した。


気管支炎なのか、怒涛の咳が押し寄せる。


しかし、今回はかかりつけ医から、「もしもの時のために」薬を一揃い処方してもらってきていた。

パクスロビドも!


その内の一つ、アジスロマイシン(抗生物質)を服用してもいいのではないか。


素人判断ではいけない、と思い、京都のA本呼吸器内科に電話してA本先生の意見を聞いてみたい。


が、日本で使える電話はない。


普段アメリカで使っているiPhoneは、eSIMをインストールし日本国内で使えるようにはしているが、電話機能がない。


30年ぶり?ぐらいに、電話ボックスに入りありったけの10円玉を入れ、A本医院に電話するも、受付の方に状況を説明するうちに電話は無情に切れた。




そうか、100円玉が必要なのだな、と2個ある100円玉を投入しかけ直した。


なんと、電話にはA本医師が直接出てくれて、もう状況を把握していた医師は「それ(アジスロマイシン)を飲んだらええし」という返事。


アメリカでは医療機関を予約するにも時間がかかり、かかりつけ医のオフィスに電話して、予約ナシでかかりつけ医と直接話せるなんてことはありえない!


感動に浸りながらホテルの部屋に戻ったら、R子さんからメールが来ていて、アジスロマイシンの服用の仕方についての注意点が書かれている。


ありがとう、R子さん!もう完治した気分になる。


その後、東京のけいさんからも電話があり、話しているうちにエネルギーが湧いてきた。


R子さん以外誰にも日本に来る、と伝えてなかったのにブログを読んで連絡してきてくれる友たち。


彼女たちに励まされ、一気に元気が出る。



よし、今日は羽田空港に、日本で使える電話を確保するため、SIMカードを受け取りに行こう。


そのために、古いiPhoneを持ってきている。


これを日本の電話専門の携帯にしよう。


山手線と京急電鉄を乗り継いで空港に行くが、喘息があるせいか途中で怒涛の咳の波が押し寄せてくる。


マスクはしているが、人前で咳をしてはいけない、と電車内やターミナル内では必死で我慢する。


その咳を我慢する方法とは、昔とった杵柄の手法だった。


30数年ぶりのラマーズ法