2020年5月26日火曜日

青じそと三つ葉

バカップルと同居していると、心が乱されることが多い。



いろんな心配事が次々と起きて、朝目がさめると真っ暗な気持ちなのに気がつく。



それは小さなことから、人生を暗転させてしまう可能性があるほどのことまでの心配事で、私にとっては介護が終わって以来最悪のストレスになっている。



ブログを書いても書いてもネガティブなことばかりになってしまい、いや、これはいかん、と公開できないことが続いた。



心配事は次男とマリーのことに関することがほとんどだ。



彼らの様子を見ていると、本当に色々な不安がつのってくる。



『マジ?』というようなことばかり起きる。




長男とサキとは時々FaceTimeで話すし、1ヶ月に1度は彼らの家を訪問し裏庭で2メートル離れてランチを食べながら話す。

33年通っている歯医者さん助手からの手作りマスクを
長男たちにお土産として持って行った



彼らは子供を持たないと決めているので、その点に関してはそれで良かったと思う。



子供を持つことによって人生が潤う部分はあるが、心配事やストレスもものすごく増える。



彼らは近所に住む血のつながりのない遠い親戚の子供の子守を頼まれたり、これまた血のつながりのない伯母の病院通いをサポートしている。

サキの飼い猫カイちゃんも外に

長男とサキ母


こうして、彼らなりに人助けをしていて、これは嬉しい。



彼らが子供を持たないと決めたことにサキ母は、もしかしたらまだ彼らの気持ちが変わるかも、という希望と、でも孫の顔を見ることはないのかも、という失望感があるということだ。



その気持ちはよくわかるが、家族が増えることは心配が増えることでもある、と思う。



少なくとも私にとっては。

3月中旬から閉鎖されている託児所は6月1日から再開するが、
次男たちはヒロを通わせるかどうか悩んでいる



こうして、子供のことばかり心配することにとても疲れている。


私がヒロに用意する朝食は果物、納豆など老人っぽい朝食

マリーが作るチーズ入りの卵とハッシュブラウンの朝食の方を
ヒロは好む(当然ながら)


こんな時、一番慰めになるのは日本に行き美味しいものを食べ、歩いて神社仏閣に行ったり、日本の景色を見ることだが、勿論今は日本にも簡単には行けない。


次回は宇治にあるここに行ってみたい



それでもシカゴ在住のMささんは、勇敢にも使い捨てビニールレインコート、ゴーグル、手袋の重装備でガラガラのオヘア空港を今朝飛び立った。



無事日本に着いたらテキストをくれる、ということだがどんな滞在になるのだろう。




Mささんのようにご両親のお世話、という緊急性のある人の日本行きは仕方ないが、私のような気分転換のために行きたいなどと言うのは今は許されないだろう。



が、この気分の落ち込みから抜け出すために、日本にビニールレインコートを着て飛行機に乗る自分を頭に描いてみたりする。





この子たちを置いて日本に行くか?

少なくとも次男(坊主にした)はもう『この子』ではない



いや、置いていけない子たちがいるのを思い出した。


この子たち

2020年5月4日月曜日

コロナウイルスの発生地

ベイエリアロックダウンが始まって1ヶ月半が過ぎた。



とりあえずこの状態は5月末まで続く。



夫は失業するかも、という瀬戸際。



今はテレワーク。




長男はテレワークをしているが、失業しないだろうか、と心配になる。



サキは現在失業中。




次男とマリーはテレワーク。




マリー姉婚約者は先週失業した。




ヒロは託児所が閉鎖されて1ヶ月半。



次男とマリーは先週新居を購入した。



こんなに失業者が増えているのに、シリコンバレーの不動産価格は今のところ全く下がっていない。



今後もしかして下落するかもしれないが、それは誰にも予想できない。

この庭を見た時に次男とマリーの心は決まったらしい




私の生活は、朝7時半に寝室にヒロが飛び込んできて、ベッドの上で飛び跳ねたりするという賑やかな始まり。



毎日家の片付けと5人分の食事作り。

バードフィーダーはハミングバード用


そろそろ次男たちの家具やおもちゃでいっぱいの家と、自分の時間が少なくなったこと、そして5人分の食事作りに疲れてきた。



なので、次男たちが引っ越すのはホッとする。



彼らの家は我が家から車で5分、歩いて25分のところにある。

3月後半にサンフランシスコから家具と共に引っ越して来た次男家族


これがロックダウンの生活の中、唯一の光になっている。



新型コロナ肺炎に関しても、新たな事実がどんどん解明されている。



私の嗅覚障害などは細胞がダメージを受けて、今後何かの後遺症とかが出てくるのはなかろうか、などと考え始めると怖くなる。



そもそもサンタクララ郡での最初の新型肺炎による死者は、2月初旬に出ている。



私が感染した2月後半は比較的早い時期だったのかもしれないが、やはり中国から帰国した人から感染が拡大したのだろうか。



それとももっと他のところから感染したのだろうか。




コウモリを餌として食べたヘビがコウモリから感染して拡大したかもしれない、というのは本当なのだろうか。



コウモリは我が家の裏庭にも住んでいたことだし、アメリカでもこれから新しいウイルスによる新しい病気が発生することはあるのだろうか。



第二波はもっともっと強いウイルスで、一度新型肺炎にかかっていても、もう一度感染する恐れはあるのだろうか。



などなど、考えてはビビる。



ちょっと腹痛があるだけど、これももしかしてコロナの症状?と不安になる。





が、このロックダウンにより、絶滅に瀕していた動物がところどころで見かけられたというニュースが入ってくるのは嬉しい。

ヨセミテに野生動物が戻ってきているというニュース

数十年姿が消えていたleatherback turtleがフロリダやタイの海岸で目撃されている


絶滅したと思われていたエジプトハゲタカが南アフリカで目撃された



などというニュースが毎日更新される。



我が家の裏庭に毎日色々なトンボが来るようになった。


これはグリーンと白のストライプのイトトンボ

こちらは黒と白のストライプのイトトンボ


トンボを裏庭で見たのはこの20年で初めて。



第二次世界大戦を経験した私の親世代に比べると、パンデミックはまだまだ対処できることだ、と自分の不安感をなだめる。



これから色んな昆虫がこの庭に戻ってくるのかもしれない。希望を持とう。



が、こんなものも戻ってきた!

私が感染したウイルスはこの庭で作られた?

2020年4月21日火曜日

いつもと同じが幸せなのだ!

サンノゼ市のあるサンタクララカウンティ(郡)、このサンタクララカウンティの新型コロナ肺炎感染者数は、4月18日付のStanford Dailyによれば、公式発表数の50倍から85倍だろうということだ。日本語の記事はこちら。

4月1日までの推定感染者数は4万5千人から8万1千人ということ。私のような軽症者は多かったと思うし、検査を受けることもできなかったのだろうから、この推定感染者数は納得できる。このまま経済活動が停滞したままなのも困るが、ロックダウンを解除することによって、感染者数はまた増えるだろうから、しばらくは家から出られない状況が続くはずだ。

最近朝目が覚めると身体がど〜んと重い。楽しいことが何もなく、家から出るのは散歩に出る時だけ。

次男とマリーは我が家の近所(半径7キロぐらいまで)で家探しをしているが、
次男はヒロと毎日地域を散歩することで良さそうな通りを探している

夫がCostcoに行って5人分の食べ物を買ってくると、まず車庫で全てをブリーチ消毒し、冷蔵庫と冷凍庫に詰める。このまま秋になると今度は火事による空気汚染で家から出られなくなり、2、3日の停電は日常茶飯事になるのだろう。今年こそ停電に備えて対策を練っておかないといけない。停電で5人分の食材を全て廃棄するしかなくなる羽目に陥るのは避けたい。

日曜日Costcoの入り口にあった看板には、
品切れの物と在庫の物のリストがあった

今年こそ発電機を買おうと夫がリサーチしている。

5人分の食材で冷凍庫はいっぱい
車庫内にある予備の冷凍庫も満タン(ベーグルが多いが・・・)

とにかく、去年の今頃、いや、2月の下旬には想像もしていなかった生活が続いている。実際今頃は日本にいるはずだった。日本で眼瞼下垂のセカンドオピニオンを聞くために、2軒の形成外科医の診察も予約していたのだった。

なのに、出国できないばかりか(いや、できなくはないが)家からほとんど出ることもなく、ヒロの育児手伝いと家事に加えて、食料品の消毒や整理にも時間がかかる生活。夜ホッとする時間になると刺繍を始めることにした。クリスマスストッキングはマリーとサキにも作りたい。が、刺繍糸が足りない。普段$1もしないDMCの糸が今はAmazonで$10する。

もう無理はせず、シンプルなストッキングに徹することにした


だから刺繍も中断し、夜はコロナに関する記事ばかり読んでしまう。新しいウイルスなので、日々新しい情報が更新され、以前の情報が訂正され、と不安が煽られるので読まないようにするのに、それでも気になる。

とにかく、いつもと変わらない生活を送れるということはどんなにすばらしいことか、ということがしみじみと感じられる。食べ物があり、家族が健康で一緒に笑うことができる毎日は幸せなのだ。

今年も雨季が終わり暑い日々が始まった

庭のパラソルを開けると今年もいた〜

塀の上部分にコウモリ(去年と同じ?)が見えますか?
今年も同じコウモリに会えて、幸せ〜〜😑

2020年4月12日日曜日

せせらぎで遊ぶ

新型コロナウイルス感染症は、アメリカでCOVID-19あるいはSARS-COV2と呼ばれているが、ニュースを読むと毎日新しい情報が出てくる。今日のニュースでは、韓国で91人のコロナウイルス感染者が、回復したあと数週間後に受けた検査で、また陽性が確認されたというものだった。これはもう一度感染したということなのか、以前感染したウイルスが残っていてまた発症したのか、まだはっきりとはわかっていないらしい。ということは、一度かかると抗体ができて、あとは心配しなくてもいい、というわけではない可能性もある。

また、3月のグーグル検索では、『目が焼けるように痛い』などの目の問題に関するものが多かったということ。コロナ感染者が多い地域では、過去7日間目の痛みに関する検索が多かったらしく、これが初期症状の一つではないかという記事があった。

私の症状が出る前に、目の痛みで泣き叫ぶマリーを救急に連れて行ったと書いた。マリーはその数日前から目やにが出始め、その日は朝から目を開けることもできず、痛い痛いと叫ぶように泣いていたのだった。

救急病院でマリーは痛みが激しくて一刻も我慢できない、と泣き続けていたのだが、その時点で私には咳などの症状がなかった。私が咳の苦しさで救急に行ったのはその10日後。もしかしたら目の痛みで救急に行った時点で、マリーはコロナウイルスに感染していたのかもしれない。その後ほとんど無症状だったが、その可能性はある。

その1ヶ月後にベイエリアのロックダウンが始まったのだった。その日から生活が一変し、届いた小包は全て消毒し、外出はほぼしなくなり、なによりも変わったのはヒロの託児所が閉鎖され、毎日ヒロが家にいることだ。

が、生後8ヶ月から託児所に預けられ始めたヒロにとって、この両親と一緒に過ごす生活は次男とマリーにとっていい思い出になるのではないか、と思っている。数年後この期間を振り返り懐かしく思い出すことだろうと思う。

毎朝ストライダー(自転車にブレーキとペダルがない)に乗るヒロと散歩に出る次男

朝歩きに行く私は歩き終わる頃、次男とヒロと合流し一緒に帰宅する。こうして毎朝ヒロと二人で歩いた日々を、次男は将来ずっと慈しむと思う。

近所の小川をただただヒロと見つめる次男に、落ち葉を落として下流に流れていくのを見る、という遊びを子供は喜ぶ、と教える。私が子供だった昭和30年代、私は朝から夕方まで近所の和子ちゃんと一緒に川に行き、手拭いを使ってメダカをすくったものだ。何時間も何時間も飽きもせず熱中した。

ヒロは何枚も何枚も落ち葉を浅瀬に落として遊ぶ。なるほど〜、とうなずく次男。

ミレニアム世代ってシンプルな外遊びをあまり知らないのね

2020年4月11日土曜日

ロックダウンで変わったもの

ベイエリアがロックダウンされて3週間半になる。時々カフェに行きたくなるが、それでもそんなに不便を感じない。そもそも日本のように、ちょっと電車に乗れば神社仏閣や美術館やおいしいレストランがある、という地域ではない。

これは12月に訪れた上賀茂神社
こうしてバス、電車で簡単に楽しめる観光地がこの辺りにはあまりない
(サンフランシスコは別として)

外出はあまりしないが、毎日歩きに行くようにはしている。スーパーには時々行くが、友人たちに比べると私にはコロナに対する危機感があまりない。

サンノゼにある日本食品スーパー、マルカイの行列(2メートル間隔で並ぶ)
他にもミツワ、ニジヤとあるがどこも朝一番から行列ができる

一度コロナに感染したのだから抗体もできているし、などとついつい思ってしまう。今は抗体検査を受けて、プラズマ(血しょう)のドナーになるのもいいなと思っている。

米国立アレルギー・感染症研究所所長、ドクター・ファウチによると自分に抗体があるかどうかを検査し、確認できれば今後感染源にならないという免疫獲得証明書(Immunity Card)を携行することを政府が検討しているということだ。抗体のある人は職場にも復帰できる。こういう人が増えればロックダウンも少しずつ解除できる。(免疫がどのくらいの期間持続するかはまだわかっていない。)

私の症状の主なものは今まで経験したことのないようなひどい咳(空咳から始まった)、倦怠感、かすかな頭痛、嗅覚を無くしたこと(すっぱさや苦味などはわかったので、味覚は失っていないかもしれない)。症状が出始めたのは2月。熱がなかったせいか食欲はずっとあった。

とにかく世界は全く変わってしまった。失業者も増え、私の夫もリストラされる可能性が高くなってきた。無事マンションも売れたことだし、経済が盛り返すまでは必要なもの以外は買い控えしよう、という気持ちになっている。

ダウ株価暴落中に契約終了、
バイヤーが株価うなぎ上りの製薬会社の社員だったことが幸いした

ロックダウンはこうして、辛い状況を引き起こしているわけでもなく、私たちは普段とあまり変わらなく淡々と生活している。

激変したのはエンゲル係数と体重

2020年4月3日金曜日

デマとフェイクニュース

世界が一変した。3月17日からロックダウンが始まり、四六時中家族と一緒に過ごす生活にも慣れてきた。時々このメッセージが突然携帯に送られてくる。東京で有楽町線電車に乗った途端、スマホに突然送られてきた地震警報の音に似ていて、やはりドキッとする。




Shelter in Placeつまり、よほどの用事がない限り家にいなさい、というメッセージだ。5人が毎日家で3度食事するので、大量の食材が常に切れないようにしておかなければならない。朝ごはんはそれぞれ自分で作り、お昼はヒロの分は私が、そして夕食は毎日私が5人分作る。

Trader Joe'sの行列
食料品調達は夫の仕事になり、Costco、Trader Joe's、Whole Foodsに行く。Trader Joe'sはお店の前に長い行列があるが、緑色のテープで待つ人の立ち位置が決められていて、お店の中は混雑していない。3月初旬に消えていた冷凍食品もかなり手に入るようになった。以前のブログ記事にTrader Joe'sの空の冷凍食品棚の写真を載せたが削除することにした。こういう写真は人々の不安を煽り、フェイクニュースやデマを産む。私のところにも友人から、『これは友人からフェイクニュースじゃない、と言われて送られてきた情報』という前書きと共に送られてきたフェイクニュースがあった。

現在進行中の新型コロナウィルスに当局が適切に対応できなければ、世界的な食料危機が起きるとFAO(国連食料農業機関)、WHO(世界保健機関)、WTO(世界貿易機関)が警告を出した、というのはデマではないらしい。これを聞いて少し怖くなった。なにしろ我が家には今2歳7ヶ月の子供までいる。冷蔵庫と冷蔵庫についた冷凍庫、ガレージにある冷凍庫も常に満杯状態。裏庭で野菜を育てるべき?ヴィーガン生活?と全く新しい生活を想像する。デマやフェイクニュースに惑わされないようにしながら、パニックにならないよう早め早めに準備しておきたい。

長男がサキとサキ母と住む家に大量の食料品と日用品を届けた(玄関先に置いた)ら、
3人から喜びのテキストメッセージが届いた

アメリカでは無症状コロナ患者が多く、マスクをしない文化なので感染が日本よりも広がっていくと思う。私自身もコロナの検査もしていないし、治ったあとかかりつけ医にメールして、コロナだったかどうか調べたい、周囲の人間に感染させたかもしれない、と考えると不安だと相談した。が、救急で病院に行った(症状が出て3日目)時も、今の私の状態も検査対象にならないし、検査はできないということだった。

2月から3月にかけてのひどい咳は、99%新型コロナウィルスだったと思うが、もしかしたら1%のそうではなかった可能性を考えて、これからも感染しないように気をつけるべきだろう。今まではマスクをすると不快感を表す人もいたので、なるべく自然な感じでタオルを鼻と口を抑えるようにしていたが、アメリカでもマスクが推奨されるような風潮になりつつある。

アマゾンからの小包はほぼ毎週届く。ダンボールについたウィルスは24時間、プラスチックだと72時間生存するということなので(もちろんウィルスの数は時間と共に減っていくが)、届いた荷物はすぐにガレージに入れ、開けるのは24時間待ち、その後消毒して使う。

ヒロの洋服、おもちゃ、本なども全てオンラインで注文

一番心配なのが、私が誰かに感染させていないかどうかだ。潜伏期間中には友人3人に会って、一緒にご飯を食べて私の車に乗り会話をしている。その3人が感染していないことは確認した。また症状が出て3週間目には鍼に行っている。鍼の先生には症状を話してコロナの可能性がある、と言った。その時、咳や熱のある人に鍼を打つのは慣れている、とのことでマスク着用が条件で受け入れてもらえたのだが、やはり感染が心配だ。その旨を伝えるメールを送ると、先生からは大丈夫という返信がすぐあった。が、毎日同じ時刻に熱を測り毎週日々の熱の変化の報告をしてほしい、ということだ。鍼に関しては次回詳しく書きたい。

そうか。やっぱり新型肺炎と呼ばれる病気。回復後はしっかり体力を保つために運動と食事と睡眠が大事。これが今回学習したこと。そういえば今回学習したことがもう一つある。味覚も嗅覚もなかった時、食感がよく楽しめたものは餅アイスクリームだった。

これを毎日食べることにより新型肺炎が重症化しません
(こういうのがデマ)

2020年3月29日日曜日

私は隠れ新型コロナウィルス患者だったのだろうか 2/2

歯医者さんが私の歯の治療をする時、助手にいつも言う。

「ほら、彼女(私のこと)を見てごらん。注射針が歯茎に刺さっても頰の筋肉がピクリとも動かない。」と。心の中でつぶやく。『当たり前でしょ。日本人だもん。日本人はいちいち騒ぎませんよ。』と。

日本人は我慢強いのだ。日本人は偉いのだ。

が、アメリカではそれが仇になることもある。我慢することで大した苦しさではない、と思われたりするのだ。

一日中出る咳があまりに辛くて、これはただの風邪による咳ではない、これは死につながる咳ではなかろうか。肺の中は菌に侵されていて、その菌を四六時中空気に排出していて、家の中は菌だらけではなかろうか。肺の奥底から出る咳、数分おきにタンが出てこれは尋常ではない、と感じ続けていた。

でも、かかりつけ医との電話では普通の風邪、咳はそんなもの、と言われ続ける。そんなはずない、と思い続けながらも何もできない。レントゲンでは肺炎の症状はなかったんだし、咳止めの薬を飲むしかない、と言われる。

現在このあたりの病院の患者は半数がコロナ患者だそうだ


実際コロナウィルスに感染しても、何もできることはない。ただ休むだけだ。が、頭の中にはなんども危険信号が灯った。コンコンという咳ではなく、ゴンゴンという濁音の咳。喉を引っ掻くように咳き込むから、喉も赤くなってきた。喉を麻痺させる塗り薬を処方される。喉は麻痺しないが舌先が麻痺する。一度使ってすぐやめた。対症療法しかないのだ。胸も痛む。

この6日目が最悪の日だったのだが、ここで私が踏ん張れたのは元々の免疫力があったせいかもしれない。でも私だってもう殆ど高齢者だから、危なかったのかもしれない。この日、最悪のポイントに達し、その最悪ポイントから4時間後ぐらいに突然悪化してventilatorつまり人工呼吸器が必要になっていたかもしれない、とMささんに言われた。Mささんのご主人は高名なお医者さんで、コロナウィルス有識者でもある。Mささん自身もコロナウィルス解説者としてCNNに出られそうなほど精通している。そのMささんに、次にかかったら危ないかもしれないから気をつけた方がいいわよ、と言われた。ビビる。

Mささんご主人によると、コロナウィルスは強力なウィルスで、一度かかったら免疫ができるかどうかはまだわかっていない、変異を重ねていく可能性もある、だから私がまたコロナ感染する可能性はあるかもしれない、ということだ。マジ、ビビる。

それを聞いて、シリコンバレーはロックダウン中だし、家事は少しさぼってもいいか、と思うようになった。なにしろ病気の間も夕食の支度をしなかったのはたった3日ぐらいで、あとは毎朝掃除機をかけ、猫の世話をし、午後2時になると夕食の下準備をする。夕方6時に家族がご飯を食べられるように、と午後5時には重い体をひきずるようにして階下のキッチンに毎日降りて行ったのだった。

騒がない私だから、家族は私の苦しさを把握してなかったのだと思う。もっとさぼってもいいのだ。もう年寄りなのだ。

だから昨日Mささんと話したあと、私はサボることにした。引っ越しの荷物が片付いていないのももう気にしないことにした。

Shelter in placeの規則を調べて引っ越しはできることを確認したあと、
先週末サンフランシスコのマンションの荷物を夫と次男がトラックで運んだ


が、家事はサボることにしたが、庭の雑草は気になる。

雑草を抜きながら、両親ともにもう生きていないことを悲しく思いながらも安堵する。特に父がまだ生きていたら、と考える。アルツハイマー病で特養で暮らしていた父は、毎日会いに行って安心させてあげないと、不安になり私や姉に電話をしてくる人だった。そんな父にこういう状況の中会いに行くわけにはいかなかっただろう。そう思うと、今家族が施設にいる人たちはどんな思いを抱えているだろう、と同情する。親が心配だから会いに行きたい。でも、それは叶わない。その大事な親がコロナに感染し、呼吸困難に陥る。ICUに入り死に近づく。それでも会いに行けない。想像を絶する苦しみだと思う。

これから日本は、アメリカは、世界はどうなるのだろう。暗い暗い気持ちになる。暗い気持ちで雑草を抜いていてふと気がついた。

雑草と思い無心に抜いたこれ・・・


さっきから雑草と思って抜いていたのは、もしかしてカリフォルニア州のstate flowerであるポピー・・・道に咲いている花を抜くのは違法と言われている、あのカリフォルニアポピー・・・では?

私は隠れ犯罪者でもあるようだ