2014年11月15日土曜日

家が沈下している

突然寒くなったこの頃、実家には業者の出入りが多い。

今回はさすがに回復は
無理だろうと思っていた



まずは地下室の増築部分の解体と元の部屋に戻す工事。



これは見積もりが出た。



127万円。



出費は痛いが、いつ素人仕事の増築部分が崖下に落ちるかもしれないので仕方ない。



12月の始めに工事が始まる。



工期は4週間。



これはアメリカでの工事費用を考えると信じられないほど安い。



とはいえ、あとどのくらい住むかわからない家にお金をかけるのはつらいものだ。



父はどんどん回復している。



一事は飲食ができず48キロあった体重が41キロまで落ちた。



なのに、今は車椅子で食堂に行き毎食完食しているらしい。



つまりベッドの上ではなく、車いすで正しい姿勢になればちゃんと食事ができるのだ。



だから、このところ飲み物の量も増えて、9月の父に戻りつつある。



今日の父は四文字熟語が言える、かけ算ができる、家族の名前を思い出し、エンジニアとして働いていた頃のこともちゃんと思い出した。


正答率80%


戦友の話もしたが、一番仲良くしている戦友は早稲田大学を卒業し、自分よりも何でもよくできる人だった、などと話す。



思い出話ができるまで回復したのだ。



1ヶ月以上歩けなかったのに、今日は自分で数歩歩いたという報告がスタッフからある。



一体どこまでの生命力なのか、とびっくりする。



これなら当分大丈夫そうなので、取りあえず火曜日にサンノゼに帰り、サンクスギビングを家族と過ごしたあと、年末に戻ってくることにした。



次回はこの家の沈下修理をしないといけない。



崖に建ったこの家は後ろ半分が鉄筋コンクリートの箱の上に建てられていて、前半分は木造の基礎の上に建てられている。



その継ぎ目が沈下しているのだ。



昨日岡山から来てくれた業者はジャッキアップと言って、床下から家を持ち上げる修理を提案してくれた。



これは以前にもオンラインで調べてみたのだが、400万円ぐらいかかるとわかり、とてもできないと思ったのだ。



が、業者によるとこの家は玄関から前半分が9センチの沈下、後ろ半分は1.5センチ沈下しているそうだ。



だから、少なくとも前半分は修理しないといけない。



それがいくらかかるのかは今のところ見当もつかない。

沈下状態を調べてもらう



先々週は不動産業者に来てもらい、家の査定もしてもらった。



買った時の3分の1の金額になっていた。



最初の住人が買ったのはバブルの時だった。



その時に比べるとん実に7分の1の査定額だ。



つまり二束三文。



それにしてもこの家は売れるのだろうか。



地域的にはJR、地下鉄、私鉄が乗り入れているので、売れる地域ではあるそうだ。



しかし、駅から坂道を歩いて15分、築24年の家を買ってくれる人はいるのだろうか。



不動産業者によれば、大きな家であること、そして眺望がいいことを売りにすれば買いたい人はいるのではないか、という。



本当だろうか。



そのために修理を何百万円もかけてする価値があるようには思えない。



ここには眺望を楽しむ人、じゃなくて犬がいるにはいるが・・・
(窓の桟に登って眺めようとするアプをブロックで防いでいる)

2014年11月13日木曜日

笑うアプ

父のことで疲れ切った日。父のことはある程度してあげたら、あとはホームにお任せします、と言いたい。が、それができない毎日。目が落ち込みそう。

父の状態は後日アップデートすることにして、今日は我が家で唯一元気いっぱいのアプちゃんの写真。下の写真はいつも行く公園で走り回っているアプを、プロの写真家が撮ってくれたもの。さすがに素人の写真とは全く違う。

まずは素人(私)の撮った写真。

元気いっぱいのアプを撮ったつもり
これがプロの撮った写真。



犬も嬉しい時は笑うんですね。

2014年11月11日火曜日

マイブーム

アメリカの友人で今介護のため帰国している友人Fが、名古屋から京都に遊びに来てくれた。



3日前に行った所なのに、何度行っても飽きない醍醐寺にまた今日も行くことにした。

左上にある空中経路を歩く
Fは初めてで喜んでいた

空中経路からは京都が見渡せる


京都には何度も来たことのあるFも、醍醐寺は初めてだそうだ。



とても気に入ってくれたようで嬉しい。










3日前と比べるともみじが紅くなってきているのがわかる。



その後南禅寺を駆け抜ける。



南禅寺では観光バスから修学旅行生がわらわらと降りて来て、大盛況の観光地という感じ。



南禅寺はいつ行ってもそう感動しないのは何故だろう。


ただ、水路だけは何度見てもきれいだなあと思う。


南禅寺もこの2年間で3度目だ。水路を見るだけのために行ってしまう。



自分でもわかっている。



好きなものが見つかると、大ブームになってしまう性格。



そして今日もまた行ってしまった。

こけこっこ
過去3週間で3度目

2014年11月8日土曜日

五重塔

実家からそう遠くないのに行こうとしなかったお寺に醍醐寺がある。



先週初めて行って以来お気に入りになってしまった。



なにしろ醍醐寺はエラいのだ。



200万坪の境内を持っているし、951年に完成して応仁の乱で醍醐寺の山が消失した時も、奇跡的に残った五重塔が美しい。



この五重塔は京都最古の建築物だそうだ。




なのに、先週は近くに行って見ようともしなかった。



今日は五重塔をじっくり見ることにした。



地下鉄を降りて10分ほどテクテクと歩くと醍醐寺が見えて来る。



カップルが手をつないで歩くには楽しいお散歩コースというか。



土曜日なのにやはり人は少ない。



観光客に取っては少しマイナーなお寺なのだろう。



なにしろ醍醐寺は桜で有名なのだ。



紅葉狩りには余り人気がないのか、それともやはり2週間ほど早いのか。






来年の春には是非とも桜を見に来たい。

今日のところはこのしだれ桜の木に
満開の桜が咲いているところを想像するだけにしておこう

2014年11月7日金曜日

昨日の気持ちとは裏腹に

昨日はあんなに重苦しい気持ちだったのに、今日は気持ちが180度転換してしまった。

朝9時から床下の下水パイプ工事

キッチンの水栓も交換してもらう

アプと庭で遊ぶ

小型犬とは思えない運動量


2時頃ホームに行くと父は寝ていた。



スタッフに聞くと『今日は朝ご飯もお昼ご飯も食堂で完食した。』ということ。



やはり車椅子に載せて食堂に行くことで、身体もまっすぐ伸びて嚥下しやすいのだろう。

11月なのに暖かい京都


起こして話すことにした。



ところが、今日の父は表情が険しくノンストップで、暑い、寒い、毛布が重い、顔を拭いてほしい、枕がうまく頭の下に入っていない、顔が熱い、鼻が詰まるなどなど訴える。



横で次々と父の要求通りに世話をしているうちに、オシッコがしたいと言う。




スタッフが父をポータブルトイレに座らせようとするが、父は抵抗して大きな声を出している。



怖い、落ちる、骨が折れるなどなど叫んでいる。



今日の父は感情的にかなり不安定になっている。



その後も父の横にいるだけで疲れてしまった。



ひっきりなしに布団が重い、ちゃんとかかっていない、など身体の不都合を訴える。



1時間一緒にいるだけで帰りたくなってしまう。



これではスタッフも父にかかりっきりになってしまうだろう。



申し訳ないという気持ちで、頭が上がらない。



スタッフ3人、看護師、作業療法士、相談員と計6人が入れ替わり立ち替わり父をなだめている。

おやつにゼリーを食べた父


その父を見ているだけで気疲れする。



う〜む、この状態で長生きする?と不安になるほどだ。



昨日はあんなに悲しかったのに。


帰り道に食べたソフトクリーム入りコーヒーゼリー
ストレス緩和剤

2014年11月6日木曜日

随心院(貸し切り)

銀閣寺や東福寺は華やかで美しくいつ行っても感動するが、やはりひなびた風情のある所もいいなあと思う。



随心院もその一つかもしれない。



行ってみることにした。



地下鉄小野駅から歩いて6分だが、駅に降り立った時はお腹がすいて歩くのもつらいほどだった。



それでもこの辺りで、女一人で入れるところはなさそうだ。

地下鉄東西線小野駅前はこんな感じ


やはり随心院も紅葉は始まったばかりで、鮮やかな美しさはなかった。



観光客は誰もいないようだ。



庭園で一人座っている時間は心地よい。



色々と考えたいことがあったので、頬づえをついてボーッと池を見る。

随心院

父がどんどん食べたり飲んだりできるように、もっと長時間付き添ってあげるべきなのだろうか。



脱水状態から回復すれば頭の中もクリアになって、思い出話とかまた一緒にできるようになるのだろうか。



もっともっとおいしいものを食べさせてあげれば良かった。



少なくとも京都にいる間は夕食時に毎日行って、父の部屋に食事を持って来てもらって、おしゃべりして食べさせてあげたら父はもっと楽しかっただろうに。



考え始めると涙が出る。

このひなびた感じ

良いのう


母が脳出血を起こして入院した時のことを思い出した。



スーパーに行って母の好きだったお刺身を見ると涙があふれて、だらだらと涙を流しながら歩いた。



誰に見られようと、そんなことはどうでもいいほど悲しい。



母が集中治療室に入ってからは、胸がいっぱいで毎日食べ物が喉を通らなかった。



かろうじてコンビニのおにぎりを一日一つ食べるのが精一杯の毎日。



数日後には母とお別れかもしれない、と思うと苦しくて苦しくて胃がひっくりかえったようだった。






小野小町の化粧井戸

それでも母の死後4年、母のことを思い出して泣くことは殆どなくなった。



父のこともいつかは同じように穏やかに思い出すことができる日が来るのだろう。



そう考えながら重苦しい気持ちで地下鉄駅まで戻り京都市役所駅まで行き、御池通に面したカフェでサンドイッチを食べることにした。

カフェの窓から眺める景色もきれいになってきた


お腹がいっぱいになると気持ちもポジティブになるものだ。



このところいくつかのお寺巡りをしたが、一番紅葉がきれいだったのはもしかして・・・



御池通かも

2014年11月5日水曜日

父の状態の謎、答えが出た

森先生の診察室では久しぶりに父の明瞭な受け答えを聞いた。



信じられない。



ここまでちゃんと話せる父をしばらく見てなかった。



夜は寝られます、などとしっかりした言葉で先生に返事する父。



待合室でもかけ算、引き算などがちゃんとできたし、自分の順番を待つ間の意識がはっきりしている。



他の患者さんが先生の診察室に入るたびに、自分の番はまだかとがっかりしている。



父は1ヶ月前に軽い転倒があり、発熱があった。



この因果関係ははっきりしないが、その頃から突然幻覚が増え会話ができなくなった。



1週間食べられない日が続いたあと点滴をして回復に向かってはいるが、その後も微熱が続きコミュニケーションが全く取れない日が多い。



飲食も殆どできない。



1ヶ月前の父からはどうしてもこの突然の変化が理解できない。

待合室での父



10月中旬にはO病院で内科医の診察を受け、首の痛みと幻覚は髄膜炎からの症状という可能性がある、腰椎穿刺検査をしましょう、大きな病院に行ってくださいと言われた(これは痛い検査で父がかわいそうなので受けなかった)。



抗生物質も処方されたが、全く父の状態は改善しない。



CT検査、血液検査、尿検査からも結論は出なかった。



森先生の病院では血液検査、CTとレントゲン検査を受けた。



以下が検査結果から診断した先生の答えだ。



老人で怖いのは細菌感染症と肺炎ですが、白血球の数は正常で腎機能も問題ありません。身体に関しては大きな問題はなさそうです。検査結果が示しているのは脱水ですが、これは食事も殆ど摂れないところから来ています。

今日は会話が成立している。つまり意識が清明であれば成立する、混濁していると成立しない。ベッド上の生活になると意識の清明さは下がる。言うこともとんちんかんになる。せん妄状態になる。意識が清明になってくれば今のような会話は可能です。出発は転倒なのか発熱なのか、どちらが先かはわからないが、身体の中に何かの異変が起きた。結果横になって過ごす時間が長くなり、それで睡眠などのリズムを失い、昼となく夜となくという状態になっている。
問題はちゃんと食べられるかどうか。水分が取れて食べられれば段々回復して行く。床についてしまうと入る量も減るので悪循環になる。



眠りが浅い、というスタッフからの報告への答え。



昼ちゃんと起きていないからです。この上夜ぐっすり寝ると下手すると危ない。普通睡眠時間は一日の4分の1ぐらいです。高齢者になればなるほど睡眠時間は減る。



ここで父が『はっはあ〜〜』と大きな声を出したので、診察室で皆が笑いをこらえる。


いかにも聞いていて理解できているかのようだ。父は引き続き会話に加わろうとする。

  
昼間ウトウトする時間が増えて6時間になると、夜はゼロ時間になるのが普通です。昼となく夜となくというのが正常だとは思うが、これで昼間ベット上の生活が増えてウトウトしている時間が増えたら、睡眠がシフトしているというだけです。今は睡眠にはこだわらなくてもいいです。

CT検査技師のおっちゃんが横柄ですこぶる感じ悪かった!
もっと高齢者に優しくしてくれ!


時間の感覚がなくなっていると思う。夜は夜だと思っていないのでしょう。何を優先するかといえば、できるだけ起きるようにする、できるだけ食べるようにするということです。日中は座らせること、手引きで歩かせること。体力が落ちてしまっているので前と同じにすることは無理だろうが、食卓に連れて行く、離床時間は従来よりは短くするがこまめに起こすようにして様子を見る。



意識レベルを上げて、今の状態から引き上げるようにする。このままでは食べられないし、悪循環で負の連鎖が起きる。脱水が進む、脳の循環が悪くなる、さらに意識が曇る。せん妄がふえる。昼と夜がわからなくなる。悪循環でどんどん弱って行く。



離床の拒否が多いというスタッフからの報告。



離床は無理のないように、楽に過ごしてもらわないといけないが、だからと言ってどんどん弱らせてはいけない。ご飯は起こして食堂で食べてもらう、ということをできるだけ追求してはどうでしょうか。
                  
後ろに倒せる車椅子


どれだけ起こしてどれだけ寝たらいいのですか、というのは臨機応援にしましょう。こういう状態は熱を出しやすいし誤嚥しやすい。(車いすを倒した状態の姿勢を見て)この姿勢だと唾液で誤嚥する。小さなレントゲンには写らない炎症が起きる。そうすると熱が出やすい。そこから悪循環になっていくでしょう。



これで元気になっていくかどうか。元気になれないとじり貧になっていく。やるだけのことをやってダメだったらそれはそれで覚悟をする。下降線を辿って行きます。寝込んでしまってからは本当に急激でした、ということはよくある話。寝込むというのは色んな意味で条件が悪くなって行くということです。



誤嚥の反復、臥床が多くなる、臥床したままで食べようとすると詰まる、肺炎になる。肺炎になると病院に居場所を移す、一気にがくっとくる。一回の肺炎は治るが、1ヶ月ベットの上で点滴だけで生活をすると、食べるのがむずかしくなる。次の段階は胃瘻になる。そうすると一気に、という展開になる。



最後のチャンスですね、まずは離床させて食べさせる。悪循環に入ってまだ1ヶ月なので取り戻せるかどうか、というところです。しかしやっぱり表情が変わってしまっている、やつれたのは間違いない、体力は10月と同じではないということです。戻れるかもしれないし、戻れないかもしれない。年齢が91歳なのでこういったことから悪循環に入って行く。そういう一つの山場に来ているんだという理解でいいかと思います。



もう一回元気になれるチャンスをできるだけ探ってみましょう。それが どうしてもうまくいかなかった時は、できるだけのことはやった、ということですね。

最近の父とは会話が成立しないことが
多かった


いつものことながら、お見事と言いたい診断だ。



やっとクリアな答えが出たことに安堵した。



何が原因だったのか。



どうして父は突然変化したのか。



森先生の理路整然とした一㍉の迷いもない明快な答えを聞いたので、これからの指針が見えた。



これで父が回復できなかったとしても、仕方ないと覚悟を決められそうだ。



明日はホームのケアマネに今日の診断をもう一度確認し(相談員、看護師、スタッフが同行してくれた)、できるだけ離床し飲食量を増やすことを目標にしていきたい。


それにしても、今月の中旬にサンノゼに帰ってしまってもいいものなのだろうか。



それとも12月まで滞在を延長するべきなのか。



あるいは、一度帰って12月にまた来る?



いや、いくら日米往復が余り苦ではないとはいえ、時差ぼけは身体にキツい。



いやいや、やっぱり再来週帰国して、もう一度12月に来るのがベストだろうか。



ならいつがいいのか。



初旬?中旬?それともホームのスタッフに任せられる?



一体どうしたらいいのか。



わからん。

ゼリー粥を食べたがらない父
練り梅とふりかけを買ってスタッフに預けた



森先生の答えがほしい。