こちらに来る前に気温をチェックしたら初夏だったし、姉からはアプのベットをひんやりするものに替えたと聞いていた。
だから、春用のセーターと薄いジャケットを持って来ただけ。
そういえば去年の今頃夜景を見るためにゆりかもめに乗ったが、余りに寒くてすぐ引き返して来たのだった。
来年はこのことをしっかり覚えておかないと。
しかし、来年の今頃はどうなっているのだろう。父はどういう状態なのか。
頭は去年の今頃と比べてさほどボケが進行しているようには思えない。
補聴器の管理などはできなくなって来ているが、いまだに普通の会話ができるし孫たちのこともよく把握している。
四文字熟語や計算もよくできる。
去年はしっかり歩いていたのが、1年後の今はヨチヨチ歩きだし、椅子から立ち上がるのが簡単ではない。
わいわい広場にも車椅子で行くようになった。
ズボンのチャックが閉まっているのを見たことがない。
それならウェストがゴムのズボンをはけばいいのに、父はベルトをしないと落ち着かないようだ。
だから、チャックは閉まっていないが、ベルトはちゃんとしている。
白内障も進行したせいで、父はテレビや字がよく見えないらしい。
人の顔もそうだ。
手術を受けさせてあげたいが、不安を人一倍、いや人百倍感じる父。
その父の手術に関する不安を受け止める体力が私にはない。
なにしろノンストップで不安を言いつのる。
そして、病院でも父は暑い寒い、と洋服を脱がせてくれ、着せてくれ、アイスノンがほしい、気分が悪いと言い続けるのは目に見えている。
そのたびに走り回ったり車椅子を押してあちこち歩いてあげたり、と心臓マヒを起こしそうなほど疲れる。
が、父が少しでも視力を回復するように、自分の身体を犠牲にしてでも手術を受けさせるかどうか、というジレンマがある。
これが老々介護のつらいところだ。
父は視力低下については何も言わない。
不便を感じてもいないようだ。
風邪、花粉症、時差ぼけもあったのだろう。
息苦しさ、心臓が縮こまったような感覚、唇と手足のしびれ、疲労感、身体全体がむくんだようなだるさ、に悩まされた。


