2013年9月16日月曜日

父の記憶

朝10時半から2時過ぎまで伊勢丹と京都駅近辺のお店で過ごした。



まずは洋服を少し見たあと、自然食ビュッフェでランチ。




その後なじみのお店に行き、店長がお母さんの介護のために仕事を辞めることを聞く。



店長はお母さんを施設に入れるという選択に罪悪感を持ち、何度も眼に涙を浮かべる。



介護に伴う感情は介護をしたことのある人にしかわからない。



共感しながら元気づけたあと、帰ることにした。



が、駐車場に車を入れた時刻を見ると、ちょうど新たな30分単位に入った所。せっかくお金を払うのだから、あと25分ぐらいブラブラして時間をつぶそうとフェンディのお店に入る。

すぐ眼に入ったのがカーフ素材でできた上品なトートバック。



一緒にいた姉が一目惚れした。



しかし安くない。



こういうものは衝動買いするべきでないだろう。



明日まで考えてそれでもほしければ帰って来て買おう、と(姉が)決めた。



その時姉の携帯が鳴る。







ホームからだ。父が『眼がゴロゴロする』と不安がっている、とのことだ。



電話を終えた姉が帰って来る頃には、『明日まで考える』は『今すぐ買う』に変化していた。



これも介護のストレスから、と言えるだろう。



ここまで苦しい思いをしているのだから、ちょっとした楽しみを持つのが何故悪い、と開き直りの気持ちになるのだ。



3時頃帰宅して本を読んでいるうちに眠くなった。



泥沼の底に入ってしまったような、時差ぼけ特有の眠気だ。



それでも5時には起きて父の所に行って、夕食の時一緒にいてあげたい。



どうにか起きた。



なんというか気分は水面の上に浮かび上がろうとして、必死でもがいている感じ。



父はリビングにポツンと座っていた。



話す人もいない。



他の入居者は皆重症の認知症で、言葉も出ないからだ。



スタッフも一人一人の世話で忙しく、父に声をかける人はいない。


やはりうつろな眼をした父と部屋に戻り、暑い暑いという父を薄いシャツに着替えさせ、アイスノンを顔にあてさせる。



その後部屋で夕食。



父はひたすら食べている。



余り話もしないし、昨日と同じく感情は一切伺えない。



質素な食事をひたすら口に運ぶ父を見ていると、胸が詰まる。



とにかく昔話から始めることにした。



母が長い年数入院していた病院の名前、その頃のリハビリの先生のこと、病院の隣の花屋さんのこと。



父は何も思い出せない。



2ヶ月前は全てクリアに覚えていたのに。



ここでふと気がついて父の一番好きな話題に変えてみた。



お金のことだ。



父にやっと表情が出た。



父は何よりも投資や預金のことに興味があったからだ。



それからはどんどん色々なことを思い出し始めた。



母が入院していた病院で、リハビリの先生がどんなに母に親切にしてくれたか。



でも先生は脳梗塞で若くして亡くなってしまった。



本当にいい人だった。



話は母のことになる。



ついこの前まで父は母の誕生日は勿論、孫の誕生日、義母の亡くなった日、などなど全て記憶していた。



ところが今日、父は母の誕生日さえ思い出せない。



しばらくヒントをあげているうちに思い出した。



そしてそのまま母の思い出を話し始める。



父の学校で働いていた母は、ある日厳格な伯母にお見合いを薦められる。



相手は郵便局に勤める人だった。



話はどんどん決まって行く。



父のことが好きだった母は、その人をいやがって、仮祝言の前日父の所に逃げて来た。



父との結婚を認めるから一旦は家に帰りなさい、と(母の)母親が母を連れ戻しに来た。



その後母と結婚した父は、母が亡くなるまで母を崇拝し続けた。



なにしろ父はこの世の中に母ほど美しい女性はいない、と信じていたのだ。



母にとっては最高の幸せだったろう。



ある日神社でのお祭りに父は一人で行っていた。



すると母が父の妹を伴って現れた。



その母を見て父はびっくりした。



母は新しい着物を着ていて、ハッとするほどきれいだった(と父には思えた)。



どうもそれは、父の母親の演出だったらしい、と父は思い出す。



母亡きあとも、父は母を崇拝し続ける。



何とも幸せな夫婦ではないか。