2018年6月2日土曜日

母 最期の日々 ⑩ 主治医との話し合い

9月23日の夜、姉が母のいる部屋の近くにある病室に泊まり込んだ。婦長さんの計らいだ。

痰吸入のミスの話をして以来、婦長さんは何度も様子を見に来てくれ、何かと便宜を計らってくれた。

9月24日の朝は私が病院に行き、姉と交代することにした。母の足はますます紫色になっていた。もうおしっこも出ていない。姉が自宅に帰る前に二人で主治医と話すことになった。

父は病院に来ずに母と毎日過ごした部屋で一日中宙を見ていた。母の状態を受け入れることができないようだった。

私は主治医に認めてほしかった。母がこういう状態になったのは、痰吸入のミスによるものだ、と認めてほしかった。

脳出血を起こした母は生きようと頑張っていたのだ。母は戦い始めていたのだ。なのに、病院のミスで母は死ぬかもしれない。母の名誉のためにも、母はあのまま生きることができたのだ、ということを認めてほしい。あんなにも強く生きてきた母がこんなに簡単に諦めるなんてありえない。

そして認めてくれるなら、それを世間に公表しよう。母を犬死させてたまるもんか。あの私たちに何の感情もなく『人工呼吸器をつけるんですか。』と面倒そうに言った医者のことも、投書しよう。そうじゃないと悔しさが晴れない。

数年前母がこの病院に入院した時、母にイラついた看護師さんが捨て台詞を残して部屋を出て行ったことがある。また母がMRI検査をした時、検査技師が母を人間としてではなくただの物のように扱ったこともある。決してここには母を入院させたくないと思っていたのだ。

そういうスタッフや医者たちが、これからも他の高齢者や障害者を軽く扱い、同じことを繰り返す可能性を思っただけで許せない気持ちになっていた。

カンフェレンスルームで主治医と話してください、と言われた。

写真は母38歳ぐらいの時のものだろう
ステロイド治療でムーンフェイスになっていた

私はハンドバッグの中にボイスレコーダーを入れた。


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