2018年5月19日土曜日

母 最期の日々 ④ リハビリが始まる

母が入院していたT病院はいつも混んでいた。たくさんの団地に囲まれている人口密度の高い地域なのと、地下鉄駅に隣接しているということで待合室は常に人であふれていた。ここに以前母は一度入院したことがあったが、スタッフのお粗末さに辟易して、二度と入院させたくないと思っていた病院だ。が、救急車が母を運んだのはこのT病院だった。

集中治療室を出る日が来た。前回の脳梗塞の時は3日後に『おうどんが食べたい』と言うほど復活した母も、今回は劇的な回復は見込めないのがわかっていた。何よりも閉じたままの右目が母の深刻な状態を物語っている。水分は一滴も受け付けない。

でも少なくとも母は今回も生き延びることができたのだ。まずはそれで充分だ。

今後は大部屋に移り言語療法士によるリハビリを始めます、という説明があった。リハビリはまたしゃべることができるようになることが目的ではない。生きるためのリハビリなのだ。まずはお水を一滴飲むことができるように訓練を始めないといけない。

が、大部屋は困る。家族が交代で泊まり込むことができない。母は微かに意思表示ができるようになってきて、足を動かしてほしい時は少しだけ右手を動かす。表情はあまりないが、時々ほんのちょっとした感情の動きが目に現れるようになった。

では、と病院が提案してくれる。

二人部屋はどうですか?二人部屋ですが一人が入っていただいて、空きのベッドはご家族が休息をとるために使っていただいていいですよ。ただ二人部屋を一人で使うということで、ベッド差額は倍になりますが。

T病院のベッド差額は一日4200円だ。それまで他の病院ではいつも個室の差額が1万円以上かかっていたので、これはびっくりするほど安い金額だと言える。

二人部屋に移ってからは母に付き添うのが少し楽になった。母の感情の動きや要求は家族にしかわからないものだったが、状態が少しずつでもよくなってきていることに安堵した姉と私は、向かいにあるコンビニで買ってきた物を食べながら、毎日母のベッド脇でペチャクチャしゃべり続けた。

リハビリはなかなか思うように進んで行かなかったが、私たちは久しぶりにとてもポジティブな気持ちになることができた。今まで家で介護をしていた時、母を1分も一人にすることはできなかったのに、今はコンビニに行ったりする時間ができた。母には悪いが、私たちには少しだけ息抜きをする時間ができたのだ。

母を車椅子に移動させてシーツを替えたり、夜中も15分おきに起こされることもなくなったのだ。(母は数時間まとまって寝てくれることもあったが、15分おきに起きて咳き込んだりすることもあって、家族は長年睡眠不足の状態だった。)母の状態はかわいそうだったが、これから少しずつ回復できるかもしれないし、私たちには休む時間ができたのだ。なんだか光が見えるようになってきた。

少なくとも母に関しては、だったが・・・

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