2017年1月16日月曜日

ポジティブなサイド

長男からテキストメッセージと写真が送られてきた。今サンフランシスコの次男のマンションで、次男、マリー、長男、サキの4人で鍋料理を食べているところ、だそうだ。長男とサキはイーストベイと呼ばれる湾の東側に住んでいて、サンフランシスコ市内に入るにはベイブリッジを渡る時間も含めて1時間以上かかる。だからそんなに頻繁にはサンフランシスコに行かない。でも、最近4人で仲良くしようと話し合ったいうことで3連休の中日の今日、次男たちのマンションに遊びに行ったらしい。

Nijiyaという日本のスーパーで材料を
買って行き、鍋を囲む彼ら

毎日テキストを送ってきてはインテリアデザインの相談をしてくる次男に比べて、長男からはほとんど連絡がない。Gチャットで長男のアカウントのライトがついていることを確認しては、元気だということがわかりホッとする毎日だ。

そんな長男だから写真を送ってきてくれるだけで本当に嬉しい。もう心にポッと灯がともるほど嬉しい。親は子供がしてくれないことよりも、してくれることを数える。それはわかっている。母も父も私がしてあげなかったことより、してあげたことだけを数えていたのだろう。

父が特別養護老人ホームに入居したのが2012年12月。ホームに入居すると3年で亡くなる、とよく聞いていたが、父はやはり3年半で亡くなってしまった。最初の2年半、私が日本にいる間は必ず毎日父を訪問した。余程体調が悪くない限り訪問した。京都に着いたらその夜ホームに行き、京都を出る日の朝ホームに行く。長いフライトで疲れていようと、それは当たり前のことだった。

ホームに入居して1年近くたった頃の父
足腰が強く、運動のためと言っていつも廊下を速足で歩いていた

ところが、最後の1年は毎日訪問しなかった。父の認知症が進んできたので、『明日また来るから』と父に言って翌日行かなくても、父は『来ない来ない』と私をひたすら待つこともなくなっていたからだ。

そして今、父を訪問しなかった日のことを悔やむ。父を訪問しても30分で疲れて帰りたくなり、父がもっといてくれと懇願しようと1時間半後には父の部屋を出たことを悔やむ。残りの22時間半父はさぞ寂しかったことだろう。悔やんでは毎日涙する。

日米をあんなに往復したのだから、父のところにも毎日会いに行ったのだから、会いに行けば1時間半も父と一緒に過ごしたのだから、とポジティブなサイドを数えようと思うのに、残りのネガティブなサイドばかりを数える。

なのに、こういうことになると能天気にポジティブに考える自分がいる。

昨日ついにスタンフォードのベーカリーでサンドイッチを買って食べるまで、
3日間グルテンフリーダイエットが続いた!

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