2013年9月18日水曜日

父の涙

父がはらはらと大粒の涙をこぼすのを初めて見た。

父が数年通っていた眼科は近所のモールの中にある。K院長は平日しか診察しないのだが、院長のことが好きな父は毎月歩いて通っていた。眼圧が高い、緑内障の恐れがあると何年も前に言われた父は、この院長に会うと安心していたらしい。

ホームに入所してからは、ホームに近い眼科にスタッフが連れて行ってくれた。それが先週の金曜日だ。7月には姉が週末このお気に入りの眼科に連れて行ったが、やはり他の医者の代診だった。

前を歩くお年寄り
日本の高齢者は歩くのが速い

夕べから眼がゴロゴロすると不安になっていた父を、今朝はホームのスタッフと一緒にK院長のいる眼科に連れて行った。やっと院長に会えると安心した父は長い待ち時間もじっと我慢していた。順番が来て視力検査をする。裸眼は同じだが矯正視力は7月よりも少し良くなっています、と言われて父は『そうですか。』と破顔する。



さて、いよいよ院長の診察だ。カーテンを開けて薄暗い部屋に入った父は、院長の顔を見た途端に「先生、ずっとお会いしたかったんです。でも今ホームにいますから、なかなか来ることができませんでした。」と大粒の涙をこぼす。その涙がはらはらとシャツの胸元に落ちて、シミになる。余りにも感極まっている父を見て院長も眼に涙を浮かべる。

父はホームに入ってからは新しいスタッフ、新しい生活環境にやはりかなりの我慢を強いられているのだろう。月に2度往診してくれていたN医師、泌尿器科の医師など昔からなじんだ顔から突然引き離されて、新しい住まいで新しい医者から診察を受ける。

母の介護を40年以上続けていた父にとって世界は狭かった。父にとって外の世界との唯一のつながりは医者だったのだ。そして中でもK院長のその気さくな人柄に、父は圧倒的な信頼感を持っていたのだろう。いわばこの院長は、父の故郷にいる友人のような存在だったのかもしれない。

モール入り口から車椅子
院長は父の白内障は進行していない、眼の傷も完治している、と太鼓判を押してくれた。ただ新しい眼鏡の度があってないようなので、新しく処方箋を出します、ということだった。

帰り道の父は心の底から安心したようで、穏やかだった。これからもこの院長の所に父を連れて行ってあげたい。新しい環境の中で必死に適応しようとしている父の、癒しの場所に。

父をホームに送り届けてから、昼食を食べるのを見守ったあと電車で帰った。午後2時半。駅を出ると余りの暑さにびっくり。お腹もすいていることだし、このまま家まで歩くのは無理と判断して、取りあえず何か飲み物を飲むためにスーパーに入った。この界隈にスターバックスやドトールなどはない。あるのはフードコートのマクドナルドぐらいだ。アイスコーヒーを買った。


上の写真の1分後
その後本屋さんで平積みしてある本に目が留まる。全米・カナダで130万部のベストセラーになっている『小麦は食べるな』という本だ。全粒粉信仰への警鐘でもあるらしい。おもしろそうなので買ってみた。

しかし、ランチに買ったのはサンドイッチなのでした