2018年6月21日木曜日

配食サービス

父は物を捨てなかった。そのことにイライラした私はことあるごとに捨てるように言っていた。80代の父はもう何を捨てて何を保存するべきか、の判断がつかなったのかもしれない。

父のいない今、父が捨てられなかったものを私は懐かしさを持ってながめる。

例えばこれも『父が捨てなかったもの』、母の配食サービスメニューだ。

このお弁当は1食800円でおいしかった。嚥下に問題のある母には潰してトロミがつけてあるものだ。

父は他のお弁当屋さんから500円のものを配食してもらっていた。500円の方はあまりおいしくなかった。私たちが母と同じお弁当を配達してもらうように何度言っても、父は『500円のお弁当の方が好き』と、決して変えようとはしなかった。

豪華な行事食も多かった

父の500円弁当に固執する理由は明らかに300円の差額だったのを、今でもかわいそうに思う。父は少しでも自分の娘たちにお金を遺したかったのだ。






来月のあなたの頭痛の種が一つ消えましたね

2018年6月20日水曜日

配達弁当

日本に介護のため往復していた時、一番の気がかりは家族の食事だった。2ヶ月も家を留守にすることもあり、そんな時は男たち3人が一体何を食べているのだろう、と毎日考えた。日本のスーパーのお惣菜や、オリジン弁当のようなお弁当屋さんがあれば、と何度も思ったものだ。

配達してもらえるお弁当がある、ということを聞きつけた友人が企画してくれた食事会。お弁当を食べながら、その頃のことを思い出していた。

お弁当はチップ込みで$12。メニューはエビとブロッコリーのバター炒め、揚げ麩の煮浸し、ワカメと長芋梅和え、オクラ胡麻和え、キノコと人参の混ぜご飯、鶏つくねの照り焼き、はまち大根の煮物。

こういう配達弁当があったら、もっと日本に長く滞在できたかもしれない。父は2年前の今日、6月20日に逝ってしまったのだった。両親とももういない。父のことを考えたり、その頃の息子たちのことを考えて切なくなりながら食べた。

アルツハイマーを患った父との日々を、これから少しずつ振り返ってみたい。

しかしそこまで切ない気持ちになっているのに、無意識にこんな大きなお弁当をほぼ完食する自分が怖い。

体重は先週に引き続き+3ポンドの高値安定

2018年6月17日日曜日

ダイニングテーブル

今まで一度も使ったことがない猫ベッドと、しばらく見向きもしていなかったキューブ。

ダイニングテーブルの上に置いた途端、そこが一番居心地の良い場所になるらしい。

猫ズの謎

2018年6月16日土曜日

タピオカブレッド

10日前に決意した『間食をやめる』のをやめて久しい。

最近のマイブーム。

85ベーカリーのパン(好きなのはクランベリーとクリームチーズ)
とアメリカーノコーヒー

Trader Joe'sのケトルコーン

ネーブルオレンジ
ピーツのベリーピーチスコーン

間食をやめるように催眠術をかけてくれる人がいないだろうか、と本気で考える。

やめることができないから、やっぱりグルテンフリーの間食ならいいのではなかろうか、と思いタピオカパンのミックスを買って来た。それも5箱。

韓国マーケットで買ったタピオカブレッドミックス

もちもちしておいしい。小麦粉ではなくタピオカ粉なんだから、と安心してモリモリ食べ続けた。するとこの5日で3ポンド(約1.5キロ)太りウェストがなくなった。

調べてみるとタピオカ粉は芋だということだ。知らなかった。こんにゃくのようなものだと思っていたから、いくら食べてもいいという思い込みがあった。が、タピオカはキャッサバという芋、つまデンプン、つまり太る!らしい。

前回の記事で、体重を気にしているわけではない、と書いたがそれはやはり事実ではなかった。実際に体重が1.5キロ増えるとウェストがこんなに変わり、ジーンズもきつくなった。そうするととても気分が悪い。

明日は父の日の食事会をするが、そのあとから本格的に糖質カットの生活に入ろうと思う。

まずはタピオカブレッドの残りを食べてしまわないと・・・

2018年6月7日木曜日

昨日食べたもの

朝食。



お昼は山歩きの仲間とカフェに集まったので、皆で分けあったホウレン草とケールの入ったパン半分とスコーンを3分の1ぐらい。それと緑茶。



昨日は夕方サンフランシスコに移動したのだが、お昼と夜の間の間食を我慢した。夜はマリーのリクエストによる手巻き寿司。どのくらい食べたかはっきりわからないが、多分ご飯はお茶碗1杯分ぐらい?

お寿司はネギトロ、ハマチ、サーモン、納豆
野菜は水菜、ラディッシュの酢の物
これに煮野菜とわかめのお味噌汁でもあればパーフェクト?

デザートに切っておいたオレンジを少し。

食べたのはこの半分

その1時間後にSee's Candiesカフェラテ味。



この食事で今朝の体重は.6ポンド(270㌘)減。が、体重減を狙っているのではない。コレステロールが下がることと、血糖値が上がらないように糖分摂取を控えた食生活にしたいだけだ。でも、これは典型的な血糖値が上がる一日ではないだろうか。

今日の目標。昨日山歩きの仲間からいただいたミニ羊羹を・・・

3本一気食べしないこと

2018年6月6日水曜日

間食やめます(一応今日は)

年を取ったら腹八分目と言われているのは知ってる。いや、腹六分目でもいいぐらいだと聞く。が、それはできない。

なら間食をやめて3食をきっちり食べるだけにすればいい。が、それもできない。

でも友人に聞くと間食は3時のおやつのみ、あるいは一切しないという人も結構多い。

先週友人と食べたタイ料理は量が多かったが、二人で分けあって完食

それを実行するには、ブログに毎日食べたものを載せるのが一番だと気がついた。

最近のお気に入り#1 Trader Joe'sのケトルコーン

だから、今朝の決心をこうして公にすることで、継続できるかもしれない。が、(一応今日は)というのは何なのか・・・

今日はお昼時に山歩きの仲間とカフェに集まるので、ランチは甘いパンになる
ということでPalo Alto Firefighters Pepper Sauceをかけたオムレツとパンの朝食
(でもパン2個は多すぎない?)

では明日、今日の結果を報告します。


最近のお気に入り#2 サンフランシスコのSTEEPの抹茶アイス
これも今日から存在しない(一応今日はそう思っている)

2018年6月4日月曜日

母 幸福な一生

母の最期も納得できるものではなかった。あの時シーツ交換をしていた看護師さんたちは、母の心拍数がどんどん下がり始めたのがわかっていたはずだ。そこまで下がって母が蘇生できないのもわかっていたはずだ。

が、もう誰のことも恨んでいない。

あの時ああしていたら、と後悔しても自分が不幸になるだけだ。後悔の感情は何も生み出さない。過去を変えることはできないのだから。後悔を引きずれば次に進めない。母は自分が死んだあとの父を心配しては大泣きしていた。姉や私にも後悔の感情を持ってほしくないだろう。

母が亡くなった9月24日は突然気温の下がった日だった。その前日まで京都は酷暑が続き、病院への往復は大変だった。母が荼毘に付されるのは9月27日。涼しくなってよかった。母と3晩も一緒に過ごせる。

母の死に顔は本当に安らかで、母が一番綺麗に見えた日だった。

そしてその日は過酷な介護が終わった日でもあった。

今晩から寝られる。アメリカと日本の介護往復も終わる。母には悪いがホッとする気持ちもあったのだ。

過酷とはいえ、もっともっと過酷な介護をしている人は多いだろう。認知症の介護の過酷さに比べると母の介護はなんでもない。夜中じゅう痰吸引をしないといけない介護もある。母は2時間続けて眠ってくれることもあった。毎晩15分置きに起きていたわけではない。一番つらかったのは、先が見えないことで精神的に追い詰められていくことだった。

母の一生は何だったのだろう、とこの8年間考え続けた。ずっとずっと母のことがかわいそうでたまらなかった。母はスモン病という理不尽な病で半生を失ったようなものだ、目も見えない、歩けない。なのに国は母が一家の大黒柱ではないから、という理由で保証金さえ殆ど出さなかった。大人になってそれを聞いた私はなんて理不尽なんだ、とやるせない気持ちになった。

が、最近気がついた。

母は不幸ではなかったのかもしれない。

なぜなら母には何よりも打ち込める編み物という趣味があった。ある日、目が見えなくても編み物はできる、と気がついたと言っていた。そしてそれから少しずつ編み物をし始めた。いつも頭の中でセーターなどをデザインしては、模様編みもしていた。編み物に関してはいつも驚くほどの記憶力だった。よく考え込んでいた。フィッシャーマンズセーターまで編んでいた母だから、頭の中は編み目の カウントでいっぱいだったはずだ。

朝起きると、あ〜、今日も編み物ができると思い嬉しかった、とよく言っていた。

袖ぐりなどの減らし編みなどうまく作ったものだと思う
父のプロポーズの言葉『箸より重いものは持たせません。』は「いみじくもそうなったわねえ。」と母が思い出してはよく言っていた。

70歳近くまで趣味で忙しく、賑やかな家族に囲まれていた。いつも時間が足りないと言っていた。母がのめり込んだような趣味もなく時間があり余っている私の方が、もしかしたらずっと不幸ではないか。と思ったりする。

慶応大学院で幸福学を研究する前野隆司教授のインタビュー記事を引用する。

長続きする幸せは、環境に恵まれている幸せ、健康である幸せなどの他に『心の要因による幸せ』が多く含まれています。私は因子分析によって、心の要因による幸せを『4つの因子』に整理しました。この4つを満たせば、私たちは長続きする幸せを手に入れることができます。

1つ目は『自己実現と成長』の因子。夢や目標ややりがいを持ち、それらを実現しようと成長していくことが幸せをもたらします。

2つ目は『つながりと感謝』の因子で、人を喜ばせること、愛情に満ちた関係、親切な行為などが幸せを呼びます。

3つ目は『前向きと楽観』の因子。自己肯定感が高く、いつも楽しく笑顔でいられることは、やはり幸せなのです。

4つ目は『独立とマイペース』という因子。他人と比較せずに自分らしくやっていける人は、そうでない人よりも幸福です。

編み物が生きがいだと常に言っていた母は1つ目を満たしている。あとの3つの因子も母の性格にぴったり当てはまる因子だ。


母は幸福だったのだ。

この細胞の中にも母が生きている
(脂肪の中にも?)