2017年8月19日土曜日

そして父になる(母の様子は後ほど)

ヒロ君です(3885g、53センチ)8月17日

2017年8月17日木曜日

そして予定日が過ぎた

陣痛が始まったら次男もマリーと一緒に病院に行かないといけない、その時猫が心配ということで、いつでも猫の世話ができるように、私はもう1週間近くサンフランシスコに滞在している。予定日(昨日8月15日)が過ぎてもなかなか生まれそうにないので、家に帰りたくなった。友人にも会いたい。が、帰ってもすぐ呼び戻されそうで踏ん切りがつかない。

今日は昨日の中華テイクアウトの残り物プラス野菜とエビの夕食
いつでも用意できるように、あらかじめ下準備をすませておく
(サンノゼにいる時はもっと手抜き)

次男とマリーは突然巣作りを始めて、猫の抜け毛始末を含めた大掃除、自分たちの古い洋服の片付け、家具の移動などを始めた。それを手伝うことで私の一日が終わる。ふと気がつくと今日は部屋から一歩も出ていない。

黒い手袋で撫でるとギョッとするほどの量の毛が抜ける

まあ、良い。かわいい猫たちもいることだし。

いつもタイタンからじゃれていく

上:タイタン
下:アイドル

アイドルが『シャー!!』と威嚇して、
タイタンが逃げるという結末が毎度のパターン

昨日の検診では、マリーの子宮口は3センチ開いていて、70から80% effacedだったらしい。来週の火曜日、つまり8月22日(41週)の時点でまだ生まれていなかったら、陣痛促進剤を使って分娩を誘発しましょう、ということになった。

腰痛に苦しむマリーを次男がマッサージ
妊娠線に悩むマリーのお腹はぼかしてあります

興味津々のタイタン


遅くとも1週間後にはまだ子供に毛がはえたような次男が親になるのか、と少し感傷的な気分になる。

若者よ、今のうちに眠りをむさぼっておきなさい

君たちも

2017年8月14日月曜日

男たち

予定日まであと5日の先週木曜日の検診で、マリーは子宮口は2cm開き、50% effacedと言われたらしい。翌週の火曜日(つまり明後日・予定日)の検診でまた会いましょうね、41週になったら陣痛促進しましょうということだ。

39週の検診に向かう二人
マリーは足もパンパンにむくんでいるらしい

Cervical Effacementというのは子宮頸管展退という意味で、つまり子宮頸部消滅ということ。赤ん坊が子宮頸管の半分まで降りてきたら、50% effacedと表現される。あとの50%は消えているという変な表現だが、これが90%とかになったらいよいよ、という意味らしい。

お腹をテーブル代わりにするマリー
全ての食べ物をお箸で食べる人

マリーの場合7月25日、つまり37週の時点で子宮口が1cm 開いていて、25% effacedと言われた。早ければ今週末生まれる可能性もあるけど、現実的には39週ぐらいで生まれるかもね、と。なのにいまだに陣痛の前兆もない。

私自身、自分が出産した時のことはもうほとんど覚えていない。陣痛室で横にいる夫が映画を見ながら笑っていた姿以外は。自分がこんなに苦しんでいるのに、なんでこの人は映画を見て笑っているんだ!と腹が立って仕方なかった。

今上げ膳据え膳、毎日の背中、足、肩のマッサージ、本やネットでの調査、数々の妊婦アプリのダウンロードとフォロー、とマリーをサポートしている次男も、マリーの陣痛が始まった時が本当の勝負だろう。その時男は妻への最大限の心遣いをしないといけない。(じゃないと後々恨まれる・・・)

次男はもう絵本を揃え始めた

何と言っても体重の増加に怯え、寝苦しさに耐え、陣痛を促すと言われるスクワットをし、出産時には信じられないような痛みを我慢しないといけないのだ。

とは言ってもやっぱり男たちは気楽

2017年8月6日日曜日

情報過多

マリーによると、次男は毎日少なくとも3時間赤ん坊のケア、妊婦のケアについてのリサーチをしているそうだ。出産の時妻の陣痛はどういう過程を辿るか、という動画も毎日のように見ているらしい。

陣痛の過程チャートだそうです

赤ん坊のケアも情報が入れば入るほど心配になったらしい。このソックスは、心音や酸素量をモニターするものだ。

隣人から譲り受けたブランコは、古いものだ。だからもしかしたら危険かもしれない、と不安になってしまったそうで、結局他の隣人にあげてしまった。

このピンクのブランコのことです

去年購入した机も鉛が入っている可能性がなきにしもあらず、危険だ!とマンションから我が家に移動することになった。

アンティーク加工のしてあるインダストリアルデザインの机は次男の大のお気に入りで、
去年手に入れた時は、毎日愛でていたのに

マリーが入院する時病院に持って行くバッグも次男が準備した。なんと0−3ヶ月用の服が30枚以上ある。

チャイニーズカレンダーで、胎児は男の子と最初から確信していた二人は
男の子の洋服ばかり用意していた

ここまで入れ込んでいる次男に比べて、マリーはとてものんびりしている。早く出産したい、と毎晩マンションの階段を7Fまで3往復してはいるが、次男のように始終何かをリサーチしているわけではない。

予定日まであと10日
あまりにも情報が入って来すぎて神経質になるのもどうか、と思う。次男の準備の仕方は徹底していて、今日はCPRの個人教授に来てもらった。赤ん坊に接する可能性が高い、私、夫、マリー姉、姉ボーイフレンドを含めて6人で3時間のクラスを受ける。

赤ん坊を蘇生させるためのCPR
蘇生の手順がうまくいくと、おむつの電気が点灯する仕掛け

確かに知っておくといつか役に立つかもしれない情報ではあるのだが。大人が脳梗塞や心臓麻痺を起こした時、そして食べ物が詰まった時の対処法なども学ぶ。

食べ物などが喉に詰まった時のCPR
インストラクターの胸についている袋をうまく押すと
黄色い弾丸(スポンジ)が飛び出してくる仕掛け

1時間に何回以上の胎動があればちゃんと育っている、ということまで読んで心配になった次男はひっきりなしにチェックしている。いざ生まれて来たら24時間態勢で赤ん坊を見張っているのではなかろうか。

なんか最近座りづらい・・・

毎日毎日、しょっちゅうお腹をチェックしている次男を見て、なんとアイドルまで真似するようになった。

ウソ

2017年8月5日土曜日

性差

タイタンはすっかり元気になって、走り回っている。アイドルは相変わらずゴロゴロしていて、運動量はタイタンの10分の1以下に思える。

タイタンの方が体はずっと大きい

現在は2匹とも朝晩2度ウェットフードを食べる。タイタンはプラス夕方6時にウェットフード。が、カリカリは置き餌として食べ放題になっている。アイドルの体重は10ポンド。タイタンは11ポンドちょっと。置き餌が気になるが、次男とマリーが飼い主なのでガミガミ言いたくない。

アイドルはテーブルの上、タイタンは窓際で食べる

しかし、アイドルはあまり食べているように見えない。なのに、太っている。このままでは糖尿病になるのではないか、と心配になる。

ふと思う。私は夫ほど甘いものを食べていない。夫は妊娠7ヶ月の妊婦か?というぐらい腹脂肪量がすごい。私は4ヶ月相当・・・?

腹が立つのは、血液検査の結果を見ると夫の方のがずっといいことだ。コレステロール値、ヘモグロビンA1cも正常値。私のコレステロール値は280近く、ヘモグロビンA1cもボーダーラインの5.9%で、血液はドロドロだと思う。

夫の布袋腹を見ると腹が立って仕方ない。なんで甘いものを食べまくっているのに、血液検査の結果は私のよりずっといいのか。

夫が毎日食べている甘いものとポテトチップ

確かにいつもガサガサと動いていて、怠け者の私よりは運動量が多いようにも思える。タイタンとアイドルの運動量ぐらい違うかもしれない。やはりそのせいなのか?

呼んだ?

いや、多分運動量は関係ないのだろう。性差から来るものに違いない。(と信じたい)


2017年7月31日月曜日

ここ48時間のできごと

昨日からサンフランシスコに来ている。マリーのお腹を久しぶりに見るよりも、息子たちに会うよりも、猫に会うのが一番の楽しみになってしまったことに、胸がチクリと痛む。

ウェットフードをたくさん食べるようになったタイタンは元気
お裾分けをもらうアイドルは相変わらずデブ子

マリーもほとんど38週でもう今にも弾けそうだ。

あと1週間ぐらいで生まれそう

タイタンは赤ん坊がやって来ても気にしないだろう。

10ヶ月が近づいてきたタイタンはテーブルと同じぐらいの大きさになりそう?

が、アイドルは違う。嫉妬しそうだ。だから、次男とマリーはアイドルがまず赤ん坊の声に慣れるように、とiPhoneで赤ん坊の声を聞かせる。

赤ん坊の声にかなりの興味を示している

医療関係の仕事に従事しているマリー母が、マリーのお腹を見て『あら、男の子か女の子かわかったわ。』と言う。が、性別を知りたくないマリーが『言わないで!言わないで!』と叫ぶ。『はいはい、わかったわ。』と言った直後に母は『男の子だったらなんて名前にするんだった?』と聞く。

タイタンにお座りを教えている長男

その後、エコー検査の写真や書類を毎日見る職場で働いているマリー叔母が、マリーのエコーの写真を見て、『あら〜、男の子が生まれるのになんでピンクのブランコを買ったの?』と聞く。

マンションの住人からもらってきたブランコ

入れ替わり立ち替わり人が出入りするこの家。アイドルのストレスはマックス状態。

現実から逃避中

2017年7月26日水曜日

父を偲ぶ

昨日アメリカに帰国した。

アメリカに帰った途端これですよ
友人と食べに行ったランチ(おいしくなかった)
チキンサンドイッチとポテト、チップ税込でほとんど$19

父の1周忌にはやはり日本にいてあげたい、と思っての日本訪問だった。日本にいるとおいしいものが多すぎて、父にこれを食べさせてあげたかった、と思うことが多かった。

今回の東京滞在では父の好きそうな所を訪問した
すみだ北斎美術館(なぜかこれを見て父を思い出した)

父のことでは後悔も多い。

最期の瞬間に父のそばにいながらも寝てしまい、父が一人で逝ってしまったこと。あの時父にずっと声をかけてあげてたら、父は聞こえたのだろうか。娘の声に安らぎを感じることができたのだろうか。そうじゃなかったかもしれない。父はもはや何も聞こえていなかったかもしれない。でも、もしかしたら聞こえたかもしれない。

などと延々とそのことを思い悲しむ。

夕方の散歩は特に父のことを思い出し物悲しい(迎賓館)

それでもやはり一番の後悔は、ホームの食事がまずかったのに、もっとどうにかしてあげなかったことだ。父はまずい、と文句を一度も言わなかった。が、何度もおいしいかどうか聞くと、ワシは味は気にならん、腹に入ればそれでええ、と言うのだった。つまりおいしくなかったのだろう。

姉がおいしい金ごまを見るたびに言う。ごまぐらいもう少し高いのを持って行ってあげれば良かった。あまりにホームのご飯がまずかったから、ごまを持ってきてくれ、と娘に頼んだのだろう。なのに、安いゴマしか持っていかなかった。父はまずいご飯に少しでも味をつけたくて、ゴマをかけていたのだろう。と二人で思い出しては涙する。

両国の江戸博物館よりも

貨幣博物館の方が個人的には好み(無料のせいか?)

夜父を訪問する時は、お寿司、うなぎ、和菓子、果物などを持って行ったが、訪問しない日もあった。そんな日、父には楽しいことなんて何もない一日だったのかもしれない。

父のお墓はまだない。母と一緒にアメリカに連れてきて散骨するか、あるいはお墓を作るか。日本では父のお墓の代わりにここを訪ねる。

初七日と一周忌に行った泉岳寺

赤穂出身の父を思い出すお寺だ。父のと同じ家紋が石に彫り込まれていた。なんだか父とのつながりを勝手に感じている。

父が亡くなる数日前に、父は初めて『もう生きる気力がなくなった。』と姉に言った。姉が父に長生きできるよ、と言ったことに対しての返事だった。その頃姉はもう1週間に1度の訪問しかしていなかった。もしかしたら、娘も以前ほど来てくれなくなって、生きる気力が失せて行ったのかもしれない。私が日本にいる時も、父は私のことも忘れ始めていたので、2日連続で訪問しない日も多くなっていた。真実はもうわからない。

もう後悔はやめよう。楽しかったことだけを思い出して父を偲ぶことにしよう。

そして父の代わりにおいしいものを食べてあげよう