2017年12月15日金曜日

日々後悔

日本での生活があと1週間で終わる。楽しい日々が終わる。

カリフォルニアにいる間はよく働いた。代講をしていない時は、息子夫婦の子守りを手伝い、疲れが極限状態になっていた(いつもながら大げさ)。友人に会うと『なんだか疲れてるね〜。』と言われるほど顔に出ていた。

今は美味しいものを食べてゆっくりしたい。クリスマスイブに帰国した途端、その午後はクリスマスパーティを開き、1月からはまた子守りを手伝う。マリーが産休を終え仕事に復帰する。その前に1週間は家で仕事をするのだが、その間の子守りは全面的に私に降りかかってくる。家で仕事なんて赤ん坊がいてできるもんじゃない。授乳以外は全て私がすることになりそうだ。

1週間の家での仕事期間が終わったら、次は次男が4月までの育休第二部(第一部はヒロが産まれた後6週間取った)に突入する。これは完全にお休みなので次男が子守りをすることになり、私は時々手伝ってあげるぐらいで大丈夫だろう。

ヒロは『いないいないバー」に声をあげて笑うようになり、毎日Google Photoの共有アルバムに写真が10枚平均追加されていく。ヒロを見つめる次男の眼差しに涙する。が、このヒロの写真を見て、アッと目を見張った。

みなさま、このヒロの写真で何かお気づきの点がありますか?



そう、ヒロは歯が生え始めている!

次男に指摘すると、そうかあ、昨夜泣き叫んで寝付かせるのが大変だったのはそれが理由なのかぁ、という返事だった。そういえば長男も次男も3ヶ月で歯が生え始めたのだった。

冷蔵庫に入れて冷やしたタオルを噛ませるように提案したあと少し暗い気分になる。あ〜、カリフォルニアに帰ったら、泣き叫ぶヒロに対処しようとする次男たちをノンストップで手伝ってしまうのだろうな。それが私なのだ。見ると手助けしないではいられない。だから、両親の介護でも自分の首を締めてしまったのだ。手を抜くということができない。

これは父の気質を受け継いでいる。父は何かをしたあと『自分のしたことの何が悪かったのか。』とクヨクヨ悩む人だった。そのことを日々何かを反省している、と言葉に置き換えて自慢する父がいやだった。なのにそんな父に私は似ている。何かを後悔することが多い。

水曜日の後悔

木曜日の後悔

2017年12月13日水曜日

萌え

父がいなくなった京都の街は悲しすぎる。もう二度と来ない、と思っていたのに京都がどんどん好きになる。

土日に最後の観光をして、

この冬3度目の法然院
人がいる山門も味がある

高台寺前から法観寺五重塔と京都タワーを見る

高台寺ライトアップ最終日

やはり三千院が好みと改めて認識

わらべ地蔵四尊見えますか?

わらべ地蔵はヒロ(10キロ近し、坊主頭)に似ている

アプのお見送りを受けて、


体重はヒロの3分の1以下
背中の毛が白くなってきた4歳のアプ

京都の良さを再認識しながら、最後はやはり拝観料無料の東本願寺で締めた。

修復の終わった本堂

東本願寺には素敵な根っこはなかったが、新たな『萌え』ポイントを見つける。



2017年12月6日水曜日

友人の視点

人によって好きなお寺、好きな風景、好きな食べ物など違うのは当たり前だ。だから、人の視点や意見を知って『ほほう〜』と学習することは多い。特に私は好きな食べ物をリピートし続け、他の食べ物を試すのがあまり好きではない。おいしくなかった時の失望感が尋常ではないからだ。

淡路島から友人のNみさんが、京都に遊びに来てくれた。淡路島から京都は結構遠い。が、京都で鯖寿司を食べたいと思い始めたらいてもたってもいられない、ということだ。鯖寿司???どこで???おいしいわけ???と思った。が、こういうことでもない限り新しい事に挑戦しないのが私という人間だ。今回はNみさんと一緒に鯖寿司を食べてみようではないか。

まずは出町柳にある 満寿形屋で鯖寿司を食べるのをメインイベントにする。そしてMAKIでコーヒーを飲み、ふたばの豆餅を買うという出町柳の王道コースのあと法然院というコースだ。

満寿形屋に11時45分に着いた時にはもう6人が並んでいた。12時2分に開店した小さなお店は、鯖寿司を食べに来た約15人ほどが入るともう満席だ。このお店、鯖寿司は一本6千円するのだが、ランチだけは2個の鯖寿司とうどんのセットが千円で食べられる。このたった2個の鯖寿司が端っこだったら、と皆戦々恐々としながらセットを待つのだ。

テレビでも時々紹介されるらしい

今日の私には使命がある。淡路島から鯖寿司を食べに来たNみさんにこの鯖寿司の端っこが当たったら私のと交換してあげなければ。二人ともちゃんと真ん中が来ますように・・・と祈るような(?)気持ちで待つ。

私が食べたのは鯖寿司ときつねうどん(1200円)

が、幸運にも私たちは二人とも身の厚い鯖が載った部分が来た!鯖がフレッシュな厚いお刺身でおいしい。おうどんもなかなかいける。Nみさんが誘ってくれなかったら私はこの 満寿形屋で鯖寿司を食べることは一生なかっただろう。良かった。こうして友人のおかげで新しい何かに挑戦できた。

法然院のそばまで来るとやはりひんやりしている。数日前に行ったばかりなのに、やはりワクワクしてきた。

山門の表側からはまだきれいな紅葉が見えた


が、反対側に廻ると紅葉は殆ど終わっていた(12月4日の時点)
うわあ、ええなあ〜、とNみさんが感心してくれる。これから法然院に時々来たいな、と言いながら写真をたくさん撮っているNみさんを見ると、自分の持ち物を褒められたようでとても嬉しい。

この景色もまた良いのだ
突然『あ〜!ねじりドーナツ食べたい!』と言いながらNみさんが目の前の木を指差した。

新たな視点

2017年12月3日日曜日

世代交代

子供たちが小さい頃サンクスギビングが終わるのが待ち切れなかった。サンクスギビングの翌朝は、サンタクルーズにクリスマスツリーを切りに行くからだ。子供たちがのこぎりを使ってツリーを切り、車の屋根の上に載せて家に持ち帰る。家族4人で飾り付ける。

クリスマスが過ぎ、お正月も過ぎ、ツリーをしまう時は本当に寂しかった。

去年まで我が家に飾ったツリー

子供たちがティーンエイジャーになる頃には、ツリーを飾るのが面倒でたまらなくなっていた。子供たちは友人と遊ぶのが忙しく、ツリーにはほとんど興味を示さない。でも、リビングルームに飾ってないのは寂しい、と言う。

12月の2週目ぐらいに重い腰を上げて夫と二人でツリーを飾り、クリスマス翌日にはしまった。なんとまあ面倒なこと、とこの頃は憂鬱だった。

今年は長男とサキが手伝いを要請されて、次男、マリー、ヒロの5人でツリーを持ち帰ってきたらしい。交代でヒロを抱っこしながら4人がツリーを飾る早回しの動画が送られてきた。

木を選び

固定するためにドリルで孔を開け

飾り付けて


完成、猫たち(タイタン)が木に飛びかかったりしないか心配

そうか、今年からクリスマスツリーの憂鬱がなくなったんだな。

ちと、しんみり

2017年12月2日土曜日

ポリシー(南禅寺)

南禅寺の最寄り駅、地下鉄蹴上駅は地下深〜くに改札口があるのだが、いつもよりずっと混んでいた。だからちょっと期待してしまったが、やはり紅葉は完全に終わっていた。

だが、南禅寺には元々あまり興味がない(偉そうですんません)。身悶えするほど好きなのは、水路閣だ。この水路閣はこのブログにも写真を何度か載せたが、いつ見ても素晴らしい。この色合いはヨーロッパを思い出す(行ったことはないが)。

この水路閣さえ観られれば紅葉は必要ありません

とにかく、いつもお寺を素通りしてこの水路だけを見に行く。

このところ撮った写真の角度が必ず4度曲がっているのは何故なのか

だから山門にも上がってみたりはしない。

山門からの景色は五右衛門さんによると絶景らしい

なにしろこの山門に上がるという行為は私のポリシーに反するのだ。


ポリシーに反する部分

2017年12月1日金曜日

木屋町割烹

京都に実家があると言うと、美味しいものが食べられるお店教えてください、とよく聞かれる。でも、私に聞いてはいけない。私は京都で美味しいものをが食べられるお店なんてほとんど知らない。

特に料亭なんか近寄ったこともない。ランチが3000円なんて聞くと、高い!と思って行かない。ランチで使っていいのは1500円までかなあと思う。1600円となるとちょっとつらい。

東京でも1500円あると美味しいランチが食べられる。京都だと尾張屋のお蕎麦で1100円前後。それぐらいが私の中では平均的なランチ価格と言える。

今日食べに行ったお店は割烹竹うち。木屋町にある小さな小さなお店だが、板前さんが一人で切り盛りしている。

木屋町御池に近い

前菜の数々(美味しかったが何しろ舌が肥えていないので、
何を食べていたのかわからなかった・・・)

舞茸のてんぷら

卵焼きにはワサビと柚子が添えてありおいしい

目の前で土鍋で炊いてくれたご飯

わらび餅のデザート

30代前半のこの板前さん、無口だがおこげのお茶漬けなんかを提案してくれる。若いのにここまでおいしい食べ物を作り、お店を切り盛りしているのがすごいなあ、と感心する。このランチのコースは1500円。お刺身がつくと3000円になる。これから歳を重ねてどんどんいいお店にしていくのだろう。


若いって素晴らしい。京都も素晴らしい。私もこれからはあちこちの料亭でリーズナブルな価格の食事をしながら、少しずつ味覚を磨いていきたいものだ。

でもその後帰宅して柿ピーを食べる私って何?

2017年11月30日木曜日

法然院

好きで好きでたまらん、というものがある。法然院がその一つだ。

哲学の小径を歩いている時は汗ばむほどの暖かさだったのに、法然院に続く橋を渡り終わった途端冷んやりとしたポケットに入ったのがわかる。だから法然院は北の方にあるにもかかわらずまだ紅葉が残っていた。

石段の上に鄙びた茅葺の、しかし洗練された山門を見た途端に湧いてくる法然院への愛に身悶えしてしまう。

若い時には素通りしていた法然院

そして法然院には、いつもながら身悶えしてしまうもう一つのものがある。

根っこ